第27話 密談?

 善は急げということで、私の帰宅にドーマ神官長も付いてきた。

 そして書斎の祖父と三人で話し合った。


「ドーマ……すまんな。はあ、妻が生きておれば、そういうところまで目が配れただろうに」


 祖父は背もたれに頭を乗せて、天井を見上げた。


「だがしかし、中央大神殿とことを構えるのは面倒だ。あの生臭坊主どもとやり合う時間と気力は無駄でしかない」


 この国の宗教は一つ、単一神ジーノを祀る神殿が各町や村に一ヶ所あり、人々はそこで祈りを捧げる。百はある大小の神殿を統括するのが王都の中央大神殿だ。


 国民の日常に深く入り込んでいる神殿は強大な権力を持ち、中央大神殿にそれは集中する。その力は王家といえど無視できない。

 そしてその権力を自分のものだと勘違いしている神官がうじゃうじゃ大神殿にはいるのだ。自分たち利益ばかり考え、不利益になることは、神の名において排除するその神官たちは、大抵貴族の出で、王都を出たこともないくせに生家の力で高位神官になっていて、厄介そのもの。


 そんな輩が大きな顔をしている神殿のジーノ神の教えは、『子は授かりもの、子は宝』

 まさしくその通りではあるが、世の中どうしようもない場合もある。

 しかし、母親の体が弱く、出産に耐えられない時も、人に言えない理由で妊娠したときも、産む以外選択肢がない。神殿が許さないからだ。

 そして、前世、噂として聞いたことがある。多額の寄進を神殿にすることによって神に赦され、子どもを天に返す方法もある……とか。恐怖しかない。


 そんな大神殿と避妊薬は真っ向から対立するのだ。ローゼンバルクだけでこっそり使用などしたら領ごと破門される。

 大神殿の運営にはいろいろと思うところがあるものの、ジーノ神の教え自体は悪いものではない。我らの領民も、ジーノ神を、ドーマ様のローゼンバルク神殿での祈りを心の支えに生きているものも多いのだ。

 どうしたって一度、話を通す必要がある。


「文句を言わせぬ権威が欲しいな。ドーマはこの件で、中央に恨まれようが構わんのだな?」

「とっくに嫌われておりますよ。今更です」

 ドーマ様はサバサバと言ってのけた。


「避妊薬を売るとなると……金のある貴族の奴らが買い占めて好き放題するかも知れん」

「それでは本当に必要な貧困層に使えなくなります」


 二人して難しい顔をして考え込む。


 綺麗事すぎるかな? と思いつつ、提案する。

「お金持ちからは代金をたくさんもらって、そのお金を苦しい生活をしているかたの代金に充当してはどうでしょう?」


「そんな奇特な人間ならば、避妊薬が必要な目にあうようなことはしないだろうねえ」

 ドーマ様が苦笑しながら私の頭を撫でた。

「うむ。金持ちほど、人より多く金を出すことに不満を感じるものだ」

 大人の世界は難しい。


 王様に命令してもらうことが、一番かもしれない。でも、王は避妊薬が必要な下々の事情など知りもしないし、同情もないだろう。逆に避妊薬を作れる私を、権力の駒になると考えて差し出せと言いかねない。


 私の存在を伏せて、金額や流通方法に文句を言わせないで済む、王のような権力……。


『クロエ〜! ジュードの魔力じゃ全然足りなーい』

 帰宅後、兄のところに行ったエメルがトントンと窓を叩く。慌てて窓を開けるとふわふわと私の肩にとまり、私の魔力が一気に抜けていく。思わず背もたれに寄り掛かった。


 ……そういえば?


「ドーマ様、うちのエメルって、神話に載ってるんですよね」

「ええ、神殿の教本に、神がドラゴンとともに悪しきものと戦う章があるのです」


 エメルに向き直る。

「エメル、姿を現したり、消したりできるよね?」

『いつも、オレのことを知らない人間の前では消してるでしょ〜』

「数分間、ガイア様くらいの大きさになれる?」

『なれるよ。でも魔力をたくさん消費するから、あんまりしたくない』

 魔力は私が補充すればいい。


「エメルの命令にしちゃったら?」

「「『うん?』」」


「エメルがドーマ神官長に神言を託したことにするの。『貧困層の現状に心を痛めているので、避妊薬を配るように。そして仕事をもった高所得のものからは、100,000ゴールドを対価として受け取るように』との命令を下されたと。そして、『避妊薬の製法はその資格のあるものに伝える。そのものがなんらかの不利益を被ったら、王都を破壊する』……とか?」


「「『いいねえ!!』」」

 老人二人と、子ドラゴンの声がバチッと揃った。


『つまりオレが、ドーマのばーちゃんの後ろでデカくなって、偉そうに周りを睨みつけていればいいんだな!』


「そんなエメル様の威を借りて、私は神託を受けた古の聖女の如く、堂々とあの、すっかり権力を好き勝手使うことしか能のないの大神殿のやつらに、堂々と命令すると!」


「ふむ。ローゼンバルクにドラゴンが出たとなれば、王都のこざかしいやつらも、簡単に我が領に近寄れまい。時折神託を携え現れる……とするのがミソじゃな。当面静かな生活になるか? 一石二鳥だな!」


 思った以上に三人? ノリノリになってしまった。

「えっと、エメル、嘘をつくことになるけど、清いドラゴン的にはokなの?」


『結果、不幸な子どもがこれ以上増えなくなるんだろう? ならばいいことだ。ドーマのばあちゃんもいいやつだしな』


「エメル様……」


 ドーマ様が、不意にはらりと涙をこぼした。

 立場のある人だからこそ、ずっと褒められる機会がなかったのかもしれない。一生懸命頑張っても、誰も認めてくれない悲しさは、前世で身に染みている。


「ドーマ神官長様。私を含め、ローゼンバルクのみんなは、ドーマ様のこと、大好きだからね!」

 私とエメルはドーマ様を両脇からギューっと抱きしめた。彼女もまたぎゅっと私たちを抱き返した。


 その後、涙の止まったドーマ様含む三人と1ドラゴンで細部まで打ち合わせをした。ドーマ様の晴れ舞台? 出来るだけドラマチックになるような演出やセリフを考える。


 決行は私が実際に薬を生産してから、すぐにということになり、いつでも出発できるように各自準備をしておくことになった。


 それと、エメルの存在を現時点で知っているものには、今回の計画を伝えることにした。いずれも祖父に忠誠を誓ったものばかり。問題ない。


 私の薬師への一人前計画は、いきなりお休みになったなあと思ったけれど、避妊薬を作り、必要な人に届けるのも薬師の使命。そして独り立ちするには、あらゆることが社会勉強だ。この行動が遠回りにはならないと思ってる。




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