第26話 ローゼンバルク神殿 ドーマ神官長

 リールド高等学校に行けば、同級生である、ドミニク第二王子、〈火魔法〉の伯爵令嬢ガブリエラ、その二人の多くの取り巻き、前世直接私に手を下した人も、ニヤニヤと笑って見ていていじめを助長させた人も、全ている。教授も……いる。


 学校に入学前、つまり十三歳までに一人前になり、学校に行かないでもいいと祖父に認めさせなければ! 私は貴族のなかで生きるつもりはないから、あんな学校出身である箔など必要ない。

 何なら他国に行ってもいい。この地を離れるのは身を切るほどにつらいけれど……。

 とにかく私のこれから五年間の目標が決まった。


 私は午前中の野菜作りを薬草作りに100%移行し、職業としての薬師に照準を合わせた。

 一般的な病やケガに必要と思われる薬を精製し、それを試薬だと断った上で、孤児院や、神殿の参拝客に試し、データを取る。目指すのは市場に出回っているものよりも少し効果が強く、値段が少し高いもの。


 今日も、噂を聞きつけ、神殿に列をなす病人の症状を見てカルテを作成し、調合し、その後の経過をまたここに来て伝えることを約束させて、服薬させる。


「クロエ様、人が良すぎるぜ。山間部でしか取れないリゴウ草の熱さましをタダで配るなんて」

 ゴーシュが面白くなさそうに言う。


 リゴウ草は、領地で一番高い山にエメルの捕縛で連れていってもらい、数株持ち帰った。

 土魔法でその山間部の土を再現したら、繁殖に成功した。〈草魔法〉と〈土魔法〉の適性持ちゆえになしえたことだろう。だからどれだけ試験してもいいのだ。


「いいの。半分の人が戻ってきて、飲んだときの体の調子を教えてくれればOKよ。それに皆さんがおじい様に感謝してくれれば、おじい様がこの地を治めやすくなるわ」


 列が消えると片付けて、神殿の祭壇でトムじいの冥福を祈った。


「クロエ様のお師匠様? では私も一緒に祈ろうかのう」

 ドーマ神官長がそっと隣に跪く。神官長の祈りがあれば、トムじいは迷わず天国に行けるだろう。


 神殿の空き部屋を借りて、肩のコリをほぐしながら明日の分を調合する。


「……クロエ様」

「あれ?」


 神官長はこの調合室までついてきていたようだ。

「クロエ様は、本気で薬師になられるおつもりで?」

「もちろんよ」

「領主の娘で、いらっしゃるのに?」


 私が気まぐれに薬師の真似事をしていると思ったようだ。

「えっと……もし、うちの領地で他の薬師と競合することを恐れているのであれば、他の国に行くから安心してちょうだい」

 敢えて論点をずらした答えをする。


「いえ、薬師が飽和状態になることなどありえません。クロエ様のような優秀な腕を持つものを領の外に出すなど、お孫様でなくともお館様が許さないでしょう。ただ、どうしてこのように幼くして、慌ててひとり立ちの準備をしているのかと」


 神官長はさすがに鋭い。


「……必ず、一人で生きていかねばならない時が来るよね。そのとき、自分に力があれば、自由を選択できるの」


「お館様がクロエ様を一人にするとお思いか?」

「……いつかは別れはくるでしょう? 昔、おじい様もそう言ってたじゃない」


 神官長はさらに言い募る。

「ではジュード様は? ジュード様もクロエ様を一人にすると?」

「……お兄様にも、いずれ家族ができるよ。そしたら小姑は邪魔でしょう?」

 私は敢えてふざけた調子で言ったのに、神官長は厳しいお顔をしたままだ。


「幼子にこのような選択をさせるとは……王都の暮らしの傷がいかに深かったか……」

「小さいお声でわかんないよ。何を言っているの?」


「いえ。では女同士、腹を割って、薬師クロエ様とお話ししてもよろしいか?」

「どういうこと?」

 私はコテンと首を傾げた。


「薬の依頼じゃ」

「……私に作れるものであれば、いいよ?」


 神官長はすうっと息を吸い、真剣な顔で私を見つめる。

「これは決して外に漏らしてはいかん。二人の秘密にしてほしい」


 ……それは、無理だ。神官長のお人柄から怪しい薬では無いと思うけれど。


「私は、おじい様に、決して嘘はつかない。秘密を持たないと誓っているの。ごめんなさい」

 それに先ほどまでは姿を隠して見守ってくれていて、今、そこのソファーで丸くなって寝ているエメルも絶対聞いている。


「ふむ……クロエ様は賢い。だがこちらももう切羽詰まっている。お館様と三人の秘密ではどうじゃ?」

「私はそれでいいけれど、おじい様の説得は神官長様がしてよ?」


「わかった。……クロエ様に作ってほしい薬は……避妊薬じゃ。わかるか?」


 私は思わず目を見張った。思いもよらなかった。今まで……前世でも作ったことがない薬。

 私が驚いていると、エメルがふわりと私の肩に乗った。やはり起きてた。

 神官長は深々とエメルに頭を下げた。神官長とエメルは当然正式に対面済み。エメルに聞かれることは問題にしていないようだ。


「クロエ様は本当に賢い。その歳で薬の意味がわかるようじゃの?」

「……〈草魔法〉マスター、だから……知ってる」

 本当は、前世の知識で知っているのだけれど。


 それにしても、神殿は「子は授かりもの、子は宝」が教義のはず?


「神官長の立場で……いいの?」

「立場など、言ってられぬほど困り果てているのです。クロエ様がかわいがってくださる、我々の孤児院の子どもたち、なぜいつもいっぱいだと思いますか?」


「親を病で失って……とか?」

「それもありますが、意に沿わない妊娠をしてしまうことが一番の問題です。特に所得の低い世帯ほど……結果、家族全員悲惨な運命を辿ります」


 神官長が、子どもの私相手ゆえに、必死に言葉を選んで話してくれるのがわかる。それ以外にももっと悲惨な妊娠を思いついてしまう。前世、孤立していたけれど、そういう下世話な噂話は、なぜか、壁際に佇む私のもとまで流れてくるものなのだ。


 私は慎重に言葉を選ぶ。

「結論を言えば……作れます。ただし、材料が珍しいので量産は難しい」

 頭の中で、もらったばかりのトムじいの知識の記憶をペラペラとめくる。レベル82に避妊薬がある。材料のメインは海藻だ。どうやって海に行って潜ろうか……。


「不幸な女性をなくすために、安価で販売すべきなんだろうけど、手に入りづらい高価な材料も必要なのでなかなか……」


 少量だが、きんも必要だ。


「材料や、販売方法は私がなんとか考えます。ひとまずクロエ様は作ってくだされば」


「神官長様は教義的に、いいのですか?」

「ああ、クロエ様は避妊薬を作ることが神罰を受ける行為ではないかと怖れているのですね」

「それは、ないわ」


 前世、神などいないと痛感して死んだ。今世ではいいこともあったけど、神を信じるほどに相殺していない。

「私にとって、最も敬愛する対象はおじい様です。神官長のお立場と、おじい様のお立場が中央の大神殿から告発されないか、不安です」


「……そうじゃね。クロエ様の言う通りじゃ。やはりお館様にご相談しよう」



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