第29話 調剤

 黄昆布の裏のブツブツに入っている粘液を全部取り出したあと、葉の部分を一旦乾燥させて、粉砕する。

 それと少量の金やアルコールや、諸々の材料を慎重に混ぜ合わせ、〈草魔法〉で圧縮抽出する。これにブツブツの粘液を戻し、魔力を流せば完成だ。


 黄昆布一枚から約十回分作れた。今回は五枚だったので、50の瓶ができた。

 でも他の材料費を考えると……元価で一回分50,000ゴールドはかかっている。売価100,000ゴールドは、結構良心的な値段だ。


 女性側がひと瓶飲むと丸一日効果が持続する。

 味は、正直なところどうにでもなったけれど、ドーマ神官長の希望で最悪の不味さにした。安易に手を出せないように、とのことだ。


『クロエは避妊薬を作ることに抵抗はないのか?』

 エメルが私の手元を覗き込みながら聞く。


「……私は前世、毒を作ってた人間なんだよ?」

 つい苦笑いになる。

『そんなこと、言ってたね』

「それに……前世、無理やり堕胎させられた話を聞いたこともある」

『……それは恐ろしい』

「女が、産むタイミングを選択しても、ちっとも悪くないと思う」

『そうだね』




 ◇◇◇




 薬の完成を受けて、前回のメンバー+兄+ベルンが集まった。

 私は自分の仕事は済んだので、気楽な気持ちでお茶を飲む。


「クロエ、この薬の日持ちは?」

「一ヶ月です。お兄様の氷魔法ボックスに入れれば三ヶ月ですね」

「使用法は?難しいのか?」

「いえ、ただ女性が飲むだけです。飲んで約一時間で効果が出ます。女性のお腹のなかでの出会いを確実に妨げます」

「……臨床するわけにもいかんし……クロエ、この薬、間違いないな」

「大丈夫です。副作用もありません。私が保証します……と言っても、私に保証されても何の証明にもならないか……」

 効果がなかった! と難癖つけてくるものもいるかもしれない。


「不安なら買うなと言おうぞ? そして、もし嘘をつけば、ドラゴンが火を吐くと!」

『ドーマばーちゃん、オレ、火は吐けないぞ?』

 うん、エメルは〈氷魔法〉で凍らせるだけだ。


「そうか……ではさっさと済ませるか。ドーマ神官長、早速この後にも手紙を出して、約一週間後中央大神殿に我らが訪問することを連絡せよ。そして、我らは明日午後、出発する。ベルン、誰を推す?」

「そうですね。やはり貴族であるホークがよろしいかと」

「では、ワシと、ホークと、護衛二人とクロエを連れて、明日、神殿に拾いにいく。神官長、馬、まだ乗れるな?」


「もちろんです。あ、私も付き人を一人連れて行きます」

「うむ、それでは……」


「「ちょっと待って!!」」


 私と兄が同時に立ち上がる!


「どうした二人して?」

「「どうして私が(俺が)行くの?(行けないんだ!)」


 ふわふわと飛んでいたエメルが私の膝に舞い降りる。

『クロエがそばにいないと無理。オレ大きくなれないじゃん?』

「用が済んだら、飛んで帰ってきて、この我が家でガッツリ魔力吸えばいいじゃない」

『クロエなしじゃムリ。膨大な魔力を使ったあと、ここまで帰ってくる自信はない。それに大神殿のお偉いさんにハッタリかますのに、失敗したたどうすんの?』


 私も王都に行くことになるなんて、思ってもいなかった。血の気がひいていく。


「おじい様! クロエにトラウマのある王都はかわいそうです。俺が行きます。エメル、俺の魔力を干からびるまで飲め!」


『うーん、ジュードじゃ全然足りないよ』


「ジュード、お前は次期領主だ。わしとお前が今後行動を共にすることはほぼないと思え。リスクを分散させる」

「そ、そう……ですか……」


 祖父が私を正面から見つめる。

「そしてクロエ。お前も一度王都の空気を吸っておけ。敵を知らねば克服できん。王都を避けて長き人生、生きて行くことはできん。ワシが守る。いっそ元気生きていることを、やられっぱなしじゃないことを、モルガンに知らしめてやれ」


 不安が押し寄せる。私が呆然としている間に、会議は終了した。




 ◇◇◇




 マリアがせかせかと動き回って、明日の出立準備をしてくれる。

 私は作った薬を空間魔法に放り込んだだけで、ソファーに沈み込む。


「これで良し! お嬢様、着替えやおやつ、三日分入れましたからね」

「ああ……ありがとう……」


 マリアがふぅ、と一息ついて、私の隣に座った。

「お嬢様、しっかりなさいませ! お嬢様は三年……もうすぐ四年経ちますね。四年前のお嬢様と、すっかり変わりました。強くなりました!」

 マリアは私の両肩にパンっと音を立てて両手を下ろす。


「もしも侯爵様たちに会ってしまったら、堂々とするのです。そして、失言の一つでも大勢の皆様の前で引き出してやればよろしい。それを大事にして、最強のバックである辺境伯様と一緒に滅ぼしてしまいなさい!」

「ほ、滅ぼす?」

 優しいマリアがあまりに物騒なことを言うので、キョトンとしてしまった。


「いいですか? お嬢様がモルガン家を捨てるのです。こっそり現状を確認し、もう一度幻滅し、きれいさっぱり心から燃やしてしまうのです!」


 つまり……モルガンとのしがらみを、現場でスッパリ断ち切ってこいと、はっぱをかけられているようだ。


「私は、あの生活に戻る気はありません! このローゼンバルクのお屋敷にしがみついて、おばあさんになって、一番の古株になって、お嬢様やジュード様の子どもを抱っこしてみせますよ! お嬢様は私たちの英雄である辺境伯様の孫! カッコいいところを見せつけてくるのです!」


 ……そうだ。私には心強い味方ができたのだ。

「わかった。私はリチャード・ローゼンバルク辺境伯の娘で、嫡男ジュードお兄様の妹。絶対に、みっともない姿など見せない。もし父や母に会っても眉一つ動かさないと、マリアに約束する」


「その意気です! でもあの人たちは、お嬢様の優しい心を切りつけてきます。ガードを万全に。酷いことを言われたときは、今年のお嬢様のお誕生日パーティーを思い出すのです!」


 ああ、孤児院の子どもたちが色紙で作った王冠を頭に載せてくれて、祖父やホークが酔い潰れ、兄が激怒し、そんな兄の頭にゴーシュが酒をぶちまけて、追いかけっこ……笑いの止まらない一日だった。幸せしかない最強の記憶。


 私はたまらずマリアに抱きついた。

「マリア……私、頑張ってくる……」

「美味しいケーキを準備して、待ってますね」


 マリアがいつものように私の頰を撫でてくれた。




 ◇◇◇




 翌日午後、心配する兄に見送られて出発する。

「クロエ、絶対に一人になるなよ」

「はい。お兄様も領主代行頑張って!」


 兄にギュッと覆いかぶさられるように抱きしめられたのち、祖父の馬の前に乗せられた。八歳の私は前を向き、背中の祖父と蔦で結ぶ。


「おじい様、お気をつけて」

「うむ。三週間といったところか? ジュード、留守を頼んだ」

「はいっ!」


 ホークを先頭に走り出した。


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