第23話 エメル

 久しぶりに自分の特殊な立ち位置を思い出すことになり、固まった。


『オレの頭にはね、ガイアの『クロエの力になってやろう』という思念が残ってる。でもオレはクロエのその、前世のせいで歪んでいる魂の奥底の部分をすんなりとは受け入れられない。ガイアは年寄りだからそういうの込みでクロエを気に入ってたみたいだけど』


 なるほど。私の……前世の恨みでぐちゃぐちゃな心は、生まれたばかりのエメルには受け入れがたいんだ。


「何を話せばいいの?」

『全部!』


 ドラゴンにウソをつくなんて強い神経は持っていない。

 ガイアに卵を託されてから、私は祖父やベルンの手を借りて、古今東西のドラゴンが書かれている書物を見つけただけ読み漁った。

 どの本にも共通していることは……ドラゴンは欺いたものに容赦しない、という記述。


 私はエメルに前世の自分について語った。

 〈火魔法〉でないことゆえの、家庭、学校での不遇。婚約者にさげすまれながらも、全身で縋っていたこと。教授の考えに傾倒し、毒を作ったこと。そのせいで捕まり、教授にもあっさり見捨てられ、婚約者からも家族からも罵倒されて、全てを恨みながら獄死したこと。

 時折、気持ちが昂って、動悸がしたけれど、なんとか時系列に話し終えた。


『うわ〜。なんだろうなその人間どもの〈火魔法〉へのこだわりは。だからクロエは〈草魔法〉が〈魔親〉になって不快じゃないか、確認したんだね?』


 私はコクンと頷いた。


『で、クロエはどうしたいの? 前回酷いことしたやつらに、一人ずつ復讐してまわるの?』


 私は即座に首を横に振った。


「ううん。復讐するためにあの人たちに近づくことも嫌なの。前回、敵対した人が一人もいないところで生きていきたい。そして大きくなったら、毒じゃなくて薬を作って、一人で世界中を行商できれば……と、今は思ってる」


 ローゼンバルクでのこの二年で生きることの楽しさがちょっぴりわかってしまった。

 小さな出来事に笑いながら、あちこちで薬を売って、それが誰かの命を救って生きていけたら、どれだけ幸せだろう?

 前世の私はあまりに世界が狭かった。


『一人で?』


「うん。前世は自分の人生を他人に依存しすぎた私も不味かったの。一人で迷惑をかけずに生きていきたい。ああそしてね、今世では、もう今の時点でたくさんの人が私を助けてくれてるの。独り立ちできたら、遠くからそっと恩を返していけたらと思ってる。たまにはここに戻ってこさせてもらえればいいなあ。そして結界を補強してまた旅に戻る……」


 私が祖父や兄、トムじいたちに思いを馳せていると、エメルが兄と同じ目で、じっと私の瞳を覗き込んだ。


『復讐はしないと言いつつも、それほどクロエの心は割り切れていないぞ? マーブル色ってところか。まあ、ガイアの気持ちが少しはわかった。確かに清いだけの人間なんてつまんないよね。……うん、おもしろい。オレは一応納得の上でクロエの今回の人生につきそうよ。どう転がるのか楽しみだ』


「人生? ずっと?」

『ヒトの一生なんてオレたちにとっては一瞬だし。クロエがおばあさんになるまで魔力貰って、クロエが死んだらオレはちょうど一人立ちする年頃って感じだ』


 私と一緒にいることは、大した手間ではないらしい。そういえば、神官長様も卵を託された当時そんなことを言ってたっけ。


「えっと、じゃあ、私が死ぬの、看取ってくれる? 前回は私、ひとりぼっちで死んだの」

『……前世の話は、誰かに話したことある?』

「まさか! これ以上異質なことを話して、嫌われたくなんかないよ」


『……いいよ。オレが盛大なドラゴンの葬式を出してやる』


「やった……」

 肩の力が抜けた。ああ、前世の私は最期の時、寂しかったんだ、と今更ながら実感した。ふふふっと安堵の声が漏れた。


「ところで、エメル、私が時間を逆戻りした理由ってわかる?」

『強烈な魔法の残滓がある。人間が使ったとなればなかなかの奴だぞ?』


 牢屋で死を待っていた私に、国の魔法師が罰として禁忌魔法でもかけたのだろうか? 王子の命令で。

「なんの魔法かわかる?」


『時の流れに干渉する魔法か……わかんない。結構古い記憶も残ってるから、思い出したら教えるよ』

「ありがとう」




 ◇◇◇




 朝食の席にエメルとともに行く。エメルは私の肩の上で、背中の二つの小さな翼をパタパタさせて浮いている。今日は珍しく、私が起こす前に祖父も兄も着席していた。

「おはようございます」

 私が着席すると、エメルも私の肩にとまった。


「クロエ、魔力切れしてない?」

 兄が真剣に聞いてくる。

「はい。一晩エメルと一緒に寝まして、私の魔力の四分の一持っていかれた感じ」

「クロエはすごいな……ぶっ倒れた自分が情けないよ」

 兄ははあ、とため息をついた。


「エメル?」

「はい。エメルに名付けるように言われましたので、エメラルドのような体からエメル、と。あ、エメルにとって、私は〈魔親〉という存在らしいです」


『ジュードもな!』

「は?」

 兄が目を丸くする。


『ジュードもオレに魔力を注いだだろう? おかげでオレは〈氷魔法〉も使える。オレの瞳はジュードの子である証拠だし、俺の体が光ってエメラルドに見えるなら、氷も纏っているからだ。草だけでは、もっと乾いた色になる。ドラゴンは恩を決して忘れない。クロエとジュードは死ぬまでオレが守護するよ』

 エメルがエヘンと胸を張った。


「言葉を理解していらっしゃるのですか?」

 ベルンが目を大きく見開いて聞く。そういえばガイア様に言葉を教えるように頼まれたような……。

『殻の中で覚えた!』

 偉そうにますます胸を張るエメル。確かに想定外に長く卵の中にいたもんね……。


「……エメル様とお呼びしても?」

 祖父の言葉にエメルが向き合う。


「私はここローゼンバルク領領主、リチャードと申します。この度は代替わり、誠におめでとうございます。今後もガイア様同様、この地をお守りいただければ幸いに存じます」


『いいよ。クロエの血縁だろう? 〈魔親〉の願いは聞けるものは聞く。ただし、クロエとジュードの生きている間だけだ。そのあとはオレも自由。好きなところに飛ぶ。それを肝に銘じて国造りしたほうがいいよ』

「かしこまりました」

『はいはい。じゃあ、ご飯食べたら?』


 食前の祈りを捧げて、食事がスタートする。

「そういえば、エメルは何を食べるの?」

『なんでも食べるぞ。この屋敷のものは勝手に食べる』

「えー!馬とか鶏舎の鳥はダメだよ?」

『わかってるって』


「エメル様……」

『ジュード、エメルでいいぞ』

「あー、わかった。エメルには部屋がいるのか?」

『いや、クロエと一緒にいるから、別にいらない』

「私のベッド、大きいもんね」

『うん』


「エメル様、できれば騒動にならぬよう、この屋敷以外では姿を隠していただきたいのですが」

『そうだな、オレ様が現れたら、ヒトは腰を抜かすな。わかった。他のものには身を隠しておこう』

「エメル、外出する時は声かけてね。黙っていなくなると心配しちゃうから」

『おー! わかった、クロエは〈魔親〉だけに心配性だな。なんだか人間ってくすぐったい』


 私が朝取れの葉野菜を食べると、エメルが頬の顔を擦りつけてくるので、ちぎって口に入れる。美味しそうに食べる。そうか、エメルは草タイプだ。

 次々に野菜をエメルの口に放り込みながら、エメルとの生活について、すり合わせながら、今日も美味しく朝ごはんを食べた。




 ◇◇◇




 午前中は畑仕事をして、午後はエメルにガイア様の〈土魔法〉をならい、私が〈草魔法〉を伝える。

 適性を得た〈土魔法〉は、あっさりと私の身につき、レベルの上昇スピードが速すぎる!


「エメル、最終的にはね、どんな攻撃魔法でも壊すことのできない、最強の土壁が作れるようにしたい」

「俺は……逆にどんな固い土にも穴を開けて、トンネル作ったり、シェルターを作ったりできるようになりたいな」

『おー! せっかくのガイアの置き土産だ。二人ともせいぜい励め〜!』

 兄も時間が合えば、合流する。


「ガイア様、どーして俺には〈土魔法〉くれなかったんだろう? 一気に煉瓦作って街道整備できたのに……」

 本日の付き添いのホークが悔しがる。


『あのときガイアの体力はギリギリだったんだぞ? オレと親子して共倒れで力尽きて死ぬ直前だった。残り少ない力を譲渡するのにクロエとジュードを選んだのは、大人よりも子どものほうが伸び代あるからだな。年寄りらしい考えだ』


 そうだったのか……ありがとう。ガイア様。


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