第21話 ローゼンバルク神殿
馬で20分ほど走ると、森の中の素朴なローゼンバルク神殿に付いた。
ホークは休みをとり、代わりにベルンが付いてきた。神殿の儀礼などはベルンに任せた方が楽らしい。
祖父は私を抱き、兄が卵(私の魔力で満タン)を抱いて、ベルンを従え中に入ると、一般の参拝客から「お館様こんにちは〜!」「ジュード様〜」と気軽に声がかかり、若い神官が慌ただしくやってきた。
「お館様、ようこそおいでくださいました。本日はどのような御用件で」
「弔いの祈祷だ。神官長を呼べ」
「はい!」
勝手知ったる場所らしく、祖父はドンドン奥に歩き、応接室らしき部屋を開けて、どかっと座った。
その両脇に兄とベルン。私は祖父の膝の上。
トントンとノックされ、ドアが開くと、麦わら帽子を被り、痩せた体に生成りのシャツにカーキ色のフレアスカート姿のおばあさんが入ってきた。
「お館様、突然のお出まし、弔いとのこと、何がありましたの?」
「神官長、農作業、精が出るな。ジュード、結界を張れ」
このおばあさんが神官長なんだ。目を見張る。モルガンや王家のお抱えのツンとした神官とあまりに違いすぎる。
ふっと周りが冷気に包まれた。兄の結界の仕様はどうなっているんだろう?
最低でも、ここでの会話が外に出ることはないはずだ。
「ジュード」
祖父が声をかけると、兄は慎重に運んできた卵を静かにテーブルに置いた。
「これが何がわかるか?」
神官長はスッと目を細め、卵を観察し、
「もしや……ドラゴンですか?」
「さすがですね」
ベルンが感心する。
「何故わかった?」
「魔力を纏った卵など、なかなかありますまい。若い頃、大神殿の書物で読みました。ドラゴンは代替わりのさい、ヒトの手を借りる。ドラゴンはそのヒトが生涯を終えるまで、その人生に付き従う、と」
「生涯?」
兄が口を挟む。
「ドラゴンは長寿ゆえ、一人の人間の一生など、たいした月日ではないのです。若き日のほんの一瞬ヒトに従い、その後は自由に飛び去る……とまあ、こう言った話もお伽話かと思っておりましたが、いやはや驚きました。で、お館様、どなたが親に選ばれたのですか?」
「クロエだ」
「は、はじめまして、クロエです」
祖父の膝の上からちょこんとお辞儀した。
神官長は頭の麦わら帽子をとって、真っ白な髪を襟足で結った頭を下げた。
「ああ、エリー様の……はじめまして。ドーマと申します。いつも孤児院の子らと遊んでくれてありがとうございます。ふむ……これは人とちょっとばかり違う魔力……親ドラゴンの加護のようなものをクロエ様は纏っております。随分と気に入られたようじゃのう……」
ガイア様、前世の私に同情してくださって、加護? をくださったのだろうか。
「親ドラゴンは何色じゃった?」
「砂色です」
兄が私に代わって答える。
ドーマ神官長は戸棚から、ひと抱えある楕円形の白っぽい石を取り出した。これは……
「クロエ様、ちょっと手を乗せてごらん?」
鑑定石だ。祖父を振り返ると、頷いた。ここにいるのは秘密を守れる人間ということだ。
私は一年半ぶりに手を乗せた。
プッと音をたてて、数値が浮かぶ。
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適性:〈草魔法〉レベル105
適性:〈土魔法〉レベル30
その他:〈火魔法〉レベル7
その他:〈水魔法〉レベル73
その他:〈風魔法〉レベル43
その他:〈空間魔法〉レベル27
その他:〈木魔法〉レベル15
その他:〈紙魔法〉レベル10
その他〈氷魔法〉レベル2
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「っ!」
祖父の後ろのベルンが息を呑む!
「適性が……二つだと?」
祖父が眉間にシワを寄せた。
「……どうやら、親ドラゴンが己の分身を守らせるために、クロエ様に力を与えたようですね。そんな心配いらなかったような、習得魔法の行列ですが」
大神官様が苦笑した。
「クロエ、土魔法はそもそも持っていたのか?」
「はい。でもレベルはここまで高くはなかったと……」
どの魔法も少しずつレベルアップしている。この地で遠慮なく魔法を使っているおかげだろう。あ、祖父と兄に手ほどきを受けた〈木魔法〉と〈氷魔法〉も載ってきた。
「……ジュード。お前も久しぶりに測るがいい」
私と入れ替わった兄が、石に手を載せる。
数値を見て……全員の動きが止まる。
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適性〈氷魔法〉レベル77
適性〈土魔法〉レベル2
その他〈木魔法〉レベル5
その他〈水魔法〉レベル33
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「俺も土の適性が付いた……」
神官長が兄に問いかける。
「ドラゴンとの対面のとき、ジュード様はクロエ様とご一緒でしたか?」
「もちろん」
「では、卵を守るクロエ様を守るジュード様にも加護を与えられたのか? ただ、クロエ様のそばにいたために一緒に術に当たったのか? まあ何にせよ、適性二つ持つものが二人など前代未聞。ローゼンバルクは安泰でございますね」
神官長はコロコロと笑うも、祖父は厳しい顔をした。
「ドーマ。このことを中央に報告するというならば、今ここで殺すぞ?」
神官長はゆるゆると首を振った。
「誰にも話しませんよ。女の身でこの地に赴任し、何度となく飢饉や敵の侵攻に遭い大神殿に助けを求めましたが、一度たりとも手を差し伸べられたことなどなかった。ここローゼンバルク神殿の忠誠はお館様にあります。それに……」
チラリと私と兄に視線を送る。
「このようなことがバレれば、我々の未来を担うお二人がモルモットにされてしまうでしょう」
私は思わず、祖父にしがみついた。そんな私を祖父は包み込み、背中をさする。安心しろと言うように。
「わしの目の黒いうちはお前たちに何者からも手出しはさせん。だが、わしはお前らよりも先に死ぬ。二人ともわしが死ぬより前にわし以上の力をつけろ」
「……はい」
兄は返事をしたけれど、祖父が死ぬ、やっと見つけた穏やかな日々の終わりのことなど考えたくなくて、私は祖父の胸に顔を埋め、ブルブルと震え続けた。
「これはこれは……お館様、厳つい顔をしているくせに、よくもこうも懐かれましたな」
神官長がふふふと笑った。
「わしも……常々不思議に思っている。では、ドーマ、このローゼンバルクの地に100年あまり逗留してくれた、ガイアという名のドラゴンへの感謝と、この卵の孵化、そして、この子ら含む我がローゼンバルクの子どもたち全ての健やかな成長を祈祷してくれ」
「かしこまりました」
人払いされた神殿で、私たちは跪き、神官長による祈祷を受けた。両手を合わせて祈りながら、私の健康を祈ってもらえる幸せを噛みしめた。すると、目の前に置いていた卵がキラリと光った。
のちに私たちから姿を聞き取った地元の画家が、ガイア様の絵を描き、神殿にローゼンバルクの守護神として祀られた。
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