第20話 タマゴ
四人で砂の山となった、ガイア様をぼんやり眺めていると、ホークがいち早く我に返った。
「おい、道標が繋がった。かなり短い」
それぞれに確認する。何百mも伸びた挙句、ブツリとちぎれた草の根が、私と再び繋がり、しかも出口と距離がない。
「ドラゴンの空間魔法に嵌ってたということでしょうか?」
ニーチェが周囲をキョロキョロと見ながら問いかける。
「……後で考えよう。とりあえず用事は終わったようだ。出よう」
そう言うと、兄は卵を両手に抱えた私を慎重に抱き上げた。
「おにい……ちゃま?」
「クロエは両手が塞がってるから手が繋げないだろう?」
「いやでも、抱っこでダンジョンは……」
「クロエの役目はその卵の守護だ。ジュードの言うようにしとけ。悪しき気配もさっぱり消えたようだし」
本当だ。
ニーチェが先頭で灯りをつけて、その後を道標に沿って戻っていった。
そしてものの五分で、出発地点の海にポッカリ開いた入り口に着いた。
「どういうこっちゃ……」
「もうここはダンジョンではないですね」
「ああ。最奥まであっさり行けるようになった。もう人を呼び寄せるための宝も出ないだろう。ダンジョンは消えた。まあ、納得できないものは好きにもぐればいい。もう危険もない」
「おや?」
私が来るときに設置した固定ロープがなくなっていた。周りには真っ黒な焦げカスが少し残っている。
「燃やしたんだ」
私の草ロープを燃やせるなんて、なかなかの〈火魔法〉だ。と感心していると、
「オレはココに近寄らせるなって確かに言ったよなあ?」
あ、ホークが真っ黒の怒気を吐き出した。そんなホークを見て、片眉をピクリと上げた兄は、
「クロエ、とりあえずホークだけ先に崖上に戻して。俺たちはのんびり登ろう」
「はい」
私は種をパチンと爪で弾いて飛ばし、根をしっかり張らせると、ニョキニョキと伸びてきた芽をホークに巻きつける。
「うお!?」
「「「いってらしゃ〜い!」」」
私と兄とニーチェはにこやかな笑顔で手を振り、ホークを見送った。
「うおおおおおおおい!!!」
茎は野太くなりながら、一気に成長し、ホークと一緒に外に出て、グイグイと空に向かって伸びていき、やがて茎の成長が止まったな、と思ったら、頭上から男たちの悲鳴が聞こえてきた。
私はホークが茎から放り出された感触を得て、その茎の先端を崖上の岩盤に潜らせる。そしてその辺の草を成長させ、その太い茎に間隔をおいて巻き付かせ、足場を作った。
「クロエ様、いいハシゴです!」
褒められた!
「ニーチェありがとう」
「よし。クロエ、卵を抱いたまま俺に巻きつけ!」
「はい。おにいちゃま」
両手の塞がった私はニーチェに抱えられて兄の背に固定されて、蔓を出し、兄と一体化する。
「ジュード様、お先にどうぞ。私は後ろから上ります」
「うん」
◇◇◇
私たちが崖上に戻ると、昨日の冒険者たちがのされて縦に積み上がり、代官マルコが正座でホークの説教を受けていた。
私はニーチェの助けを借りて、兄の背中から降りると、すぐに卵ごと兄に縦抱っこされた。私は首を傾げながら、
「おにいちゃま、もう危険はないんでしょ?」
「卵を守らなきゃダメだろ?」
「まあ……はあ」
兄はスタスタと町に戻りはじめた。隣をニーチェもついてくる。
「ホークを置いて帰るの?」
「ホーク様はお一人で大丈夫ですよ」
「俺はおじい様に手紙を早急に書かなければ。クロエは落ち着いた場所で卵に魔力を当てたほうがいい」
なるほど。
「はーい!」
宿に戻り、兄が祖父に手紙を書く傍らで、私は柔らかい草を編み、ふわふわの卵ベッドを作った。
卵をその真ん中に置き正面から両手を当てて、魔力を流す。すると私の内からグイグイ引っ張り出され、やがて、ふっと吸われなくなった。おなかいっぱいってことかな?
兄が隣に来て、
「ますます緑が濃くなったな」
「おにいちゃま、おにいちゃまも魔力を流してみてはどうでしょう? 将来このドラゴンと対話して、領を運営するのはおにいちゃまです」
「……なるほど」
兄は卵に両手で触れて、キレそうに清廉な、冷たい魔力を注いだ。すると、
「うわっ!」
大声を上げて飛び退いた!
「おにいちゃま⁉︎」
「すごい勢いで吸い尽くされそうになった。死ぬかと思った」
「へ?」
「クロエ……お前、これに耐えられるなんて……どんだけ膨大な魔力量なんだ……」
「あ、おにいちゃま、見て!」
殻に、涼やかな水色の波のような紋様が入った。綺麗だ。
◇◇◇
数日かけて、祖父の待つ自宅に戻った。
体の汚れを落として、祖父の書斎に集合する。
ソファーに腰掛ける祖父の正面に私と兄が座り、横にホーク。ニーチェは下がった。
「ジュードとホークの手紙であらかた理解しているつもりだが……ふむ」
机の上に草のベッドごと鎮座した卵を、祖父は眺める。
「連絡が来てから我々の探し当てた書物のものとは、いささか模様が違いますねえ」
祖父の後ろから覗き込んでいる、執事のベルンが言う。ベルンはローゼンバルクの知能。事前にいろいろと考えてくれていたようだ。ありがたい。
「殻は最初はクリーム色でした。私とおにいちゃまの魔力を当てたらこのような色合いになったのです。
「ふむ。クロエ、魔力を注いで変わったことは?」
祖父が私の全身を探るように見る。
「今は朝晩二回、魔力をあげてます。もう色はこれ以上変わらないみたいです。いつ孵化するかはさっぱりわかりません」
祖父ははあ、とため息をついた。
「違う!」
「は?」
「クロエ様、お館様はクロエ様の体調が気がかりなのですよ?」
ベルンがそっと教えてくれた。
家族の優しさに、なかなか慣れることができない。胸がドキドキする。
「私、全くどうもありません。おじい様、ありがとう」
祖父は表情を変えることなく、ポンポンと私の頭を叩いた。
「具合が悪くなるようなら言え。他の方法を考える。当面クロエは卵係だ」
「はい」
「ジュード、ドラゴンを受け入れる決断に至る経緯を説明せよ」
「はい。…………、……………」
「次、ホーク、トトリの街とマルコについて報告!」
「はっ!」
残念ながら、マルコは代官能力無しと見做されたようだ。代わりの人選に入っている。
祖父が、顎を親指でさすりながら、
「……ふむ。まあ早めに手を打ってよかった。卵はどんなドラゴンが孵化するかわからんから不安の残るところではあるが、ジュードの言う通り、受け入れるほか選択はなかった。とりあえず、そのガイアという名のドラゴンは我がローゼンバルクを百年護ったらしいから、神殿にて祈りを捧げておくぞ。来い!」
私はさっと祖父に抱かれ、書斎を出た。
ドア外に控えていたマリアが思わず声をかける。
「お、お館様! 今からですか? お嬢ちゃまは先ほど帰ったばかり……」
「マリア、お館様はクロエ様を疲れさせるような真似はしませんよ。ただ、しばらく離れていたのでクロエ様を補充したいだけです」
ベルンはマリアを優しい口調で宥めた。
マリアはベルンの言葉に目を大きく見開いたあと、ゆっくり微笑んで、ベルンの横に立った。
「まあ……それならば……ふふふ、お嬢様、いってらっしゃい!」
私もまた、ビックリした! 祖父は……ちょっとでも寂しく思ってくれたのだろうか?
私は祖父の耳元で、
「た、ただいま。おじい様」
そう言って……急に照れ臭くなり、首元に頭を埋めた。
「……おかえりクロエ」
祖父は私をしっかりと抱き直して、外に出た。
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