第19話 ドラゴン


「か、仮に、妹が卵に魔力を与えるとして、何か影響はあるのか?」

 兄が青ざめた顔をして、ドラゴンに尋ねる。


『妹? 血は繋がっておらぬようだが? まあいい。童には影響はない。ちょっと習慣が増えるだけじゃ。影響があるのは我の子じゃ』


「ドラゴンの赤ちゃんに影響?」

 私は首を傾げた。


『お主の魔力で育つのじゃ。お主の気質、適性が反映されたドラゴンに育つ』


 この問題は私に直接関わることだ。私は勇気を出して、止める兄やホークに頭を下げて皆の前に立ち、ドラゴンのすぐそばまで寄った。


「ドラゴンさま……私は〈草魔力〉なのですが」

『そのようじゃな。おそらく我が子はグリーンドラゴンになるじゃろう』


「もっと……威力のある適性魔法のほうが、好まれるのかなって……」

『おかしなことを言う。威力……強さとは己で磨くもの。魔法の適性は関係あるまい。まあしかし、草であれば、穏やかな気性の子に育つかもな……』


 そう言うとドラゴンはじぶんの腹の下をそっと撫でた。

 そうか……最強と言われる〈火魔法〉を持ちながらも、レベル40にとどまる父と、私と同じく不遇な扱いの〈木魔法〉のおそらくレベルMAXでこの地を治める祖父。どちらが強いかなど、聞くまでもない。


 そんなことを考えていると、ドラゴンは私にしか届かない声で、

『ドラゴンは魔力を注いだ人間を決して裏切らん。お前が前回のように非業の死に見舞われんように、そばに置いておくのも手だぞ?』


 心臓が止まるかと思った! 誰にも打ち明けたことのない私の秘密を……この方は知っている! 思わず跪く。


「わ……わかるのですか?」

『お前の体には時を歪めた魔力の残滓と最後の思念がまとわりついておる。なんとも……哀れな』

「な、何故私はこのようなことに!」

 私はなぜ、人生をやり直ししているの? どうか! 答えを!!

 すがるようにドラゴンを見上げる。


『さあ? 我が今わかることはそれだけ。時の帯にもう一度放り込まれた理由まではわからん』


 ……残念……それでも私の気持ちは固まった。ドキドキしながら兄たちに振り向いた。

「このお話、お受けします」


「クロエ!」

「お館様に一度報告すべきです!」


「報告して、事態が変わるとは思えないし、それに……そんな猶予はないみたい……」

 ドラゴンの魔力は、こうしている間にもドンドンと少なくなっている。


「おにいちゃま、私がドラゴンの赤ちゃん育てに困ったら、助けてくれますか?」

 両手を握りしめ、兄にお願いする。


「……もちろんだ。はあ。やむを得ない。領を危険に晒すわけにはいかない」

 兄はそう言って、ホークに視線を流した。

「次期様とクロエ様の決断であれば、従うまで。私めもお手伝いいたしましょう」

 ニーチェもコクコクコクと頷いた。


『どうやら話もまとまったようじゃの』


 私は一歩前に出る。

「ドラゴンさま。私はクロエです。赤ちゃんのお世話の仕方を教えてください」


 ドラゴンが言うには毎日卵が吸収しなくなるまで魔力を注ぐと一か月から半年余りで孵化する。そして生まれたあとは、赤ちゃんは勝手に私から魔力を吸収して糧にする。やがて、動けるようになれば自分で狩りをした獲物を喰らうこともある。人語を理解できるようになったら、相談にのってやればいい(そうは言っても先祖の知識は全て引き継いでいるので、直近の情報を与えるくらいでいいらしい)。


『ではクロエ、こちらに』


 私がおずおずとドラゴンに向かって歩むと、私の手をギュッと握って、兄もついてくる。

 ドラゴンは別にそれを止めないから、このままでいいのだろう。


 ドラゴンは、しんどそうに体をずらして、腹の下を見せた。そこには私の頭ほどの真っ白で、まん丸の卵があった。


『魔力を』


 私はそっと卵の殻に触れる。ゴムのように柔らかい。私はいつも種に込める要領で……グングン育て! と願いながら魔力を注いでみた。


 卵はふわっと金色に光ったあと、じわじわとエメラルドグリーンに染まった。ふと母ドラゴンを見上げると、一気に老けこんで、私にだるそうに頷いた。私はそっと卵を受け取り、胸の前で抱いた。殻は何故かガッチリ硬く変化していた。母の胸から、外の世界に出る準備のように。


『クロエよ、感謝する』

 ドラゴンはゆっくりと目を閉じようとした。


「待って! ドラゴンさま、お名前を教えてください。真っ先に赤ちゃんに伝えなければ」

『……伝えてくれるのか? ふふ、我が名は、ガイア』

「ガイア様……」

『クロエ、我が子が独り立ちするまで……よろしく……』


 ガイア様の魔力が私と卵と、手を繋いだままの兄を包み込む。暴力的なほどの力が体に満ちて、思わず膝をつく。

 何事? っとガイア様を見上げると……ガイア様は目を閉じて、足元からサラサラと砂に変わり、地面に落ちていって……大きな砂山となり……文字通り土に返った。


 私は呆然としたまま、卵をギュッと抱きしめた。


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