第17話 ダンジョン①
翌朝、私たちは再び崖の上にやってきた。
真っ青な顔をした、マルコが数人の手下とともに待ち構えている。
「次期様! ホーク卿! 本当に、ダンジョンに入られるのですか?」
「おう、入るぞ? 昨夜あれこれ聞いて回ったが、有益な情報は何にも掴めなかったからな」
私と兄が部屋に下がってから、聞き込みをしてくれていたんだ。
「次期様が入るなど……もし何かあったら……」
「お前の責任問題になんぞしねえよ。お館様の命令だ」
「な、ならば……まあ」
マルコが胸を撫で下ろす様を見て、ホークが肩をすくめる。
「せっかくここに来てくれたんだ。俺たちが潜っているあいだ、誰も立ち入らせないようにすることくらいできるよな?」
「は、はい! それはもちろん!」
「ほんとかよ……」
兄が小さなため息を吐く。
「よし、じゃあ、行くか」
ホークが兄と手を繋いでいる私に視線を流す。なんとか説得して、おんぶは阻止できた。
「成長」
昨日よりますます繁っていた色々な植物が、あっという間に枯れた。
さらに、ポケットからタネを出し、魔力を充填させ、地面に押し込むように植える。
「発芽」
こうすることにより地下数十メートルまで根をはり、草魔法使い以外では抜くことができなくなる。そして茎部分はコブを作りながら伸びていき、崖下に垂れ下がり、海に到達した。
ニーチェが崖下を覗き込みながら、茎がダンジョンの入口を通るように調整する。
「OKです」
位置が決まると、茎から蔓や根をわしゃわしゃと出してダンジョンの下部に固定した。これで上下固定され、びくともしないロープの完成だ。
「じゃあ、ニーチェ、クロエと俺、ジュードの順で降りるぞ」
「ホーク! クロエは俺が!」
「ハイハイ、兄妹愛は美しいけれど、俺の体重はジュードの二倍だ。クロエにとってどっちが安全か考えろ」
「……わかった」
私はホークにヒョイっと抱かれた。
「ホーク、後ろと前、どっちが動きやすい?」
「……前はロープ掴むから、後ろだな」
ホークは私をヒョイっと後ろに回した。私はすかさずヒュルヒュルと蔓を出して体をホークの背中におんぶ紐縛りする。
「どう?」
「おう。バッチリだ。じゃ、行ってくる」
「お、お気をつけて」
マルコは何故小さな子どもである私を連れて行くのか? 納得していないようだったが、賢明にも口には出さなかった。
ニーチェが手袋をはめて、慎重にコブに足をかけて降りていく。
「だいじょうぶか〜!」
「問題ありません。いざという時は、海にジャンプします」
そうか、ニーチェは〈水魔法〉だ。これは一安心。
「ホーク、私も〈水魔法〉マスターだから、困ったら海に飛び込んでいいよ」
「マジかよ? クロエ、かっこいいな! じゃ、遠慮なく降りるぜ!」
私を荷物のように背負ったホークは、ニーチェに続いてリズム良く降りていく。
「到着でーす!」
ニーチェがダンジョンの入り口に降り立ったのを見届けて、兄も上からスルスルと降りてきた。
四人全員が、ダンジョンにたどり着くのに五分とかからなかった。
「クロエ様のおかげで、めっちゃ楽でした」
ニーチェがニコニコと笑ってくれた。私はしゅるんと蔓を解いて、ホークの背中から滑りおり、ニーチェの元に駆け寄った。
「そう思う? よかった!」
ニーチェが躊躇いながらも頭をよしよししてくれる。嬉しい。
と、思ってたら、ヒョイっと兄に抱き上げられた。
「おにいちゃま?」
「ほら、お前も早く道標の登録しろ!」
「はい」
私は種を十粒ほど巻いて、魔力を注ぐ。種は固い岩盤に吸い込まれていった。
これから私が動く方向に地下茎を伸ばす。私の魔力を辿って。
「ジュード、クロエ様が可愛いのはわかるが両手は開けておけ! 昨夜聞いた話ではハグレの狼に襲われたと言ってるやつもいる。クロエ様が疲れた時や、足場が悪いときに手を貸せばいいんだ」
「ならばなおさら下せない。クロエの〈草魔法〉は素晴らしいが、体はこの通り小さい」
だめだ! 私、みんなのお荷物になりかけてる! 働けること、邪魔にならないことを示さないと!
「ホーク、もし敵がいたら、一撃目は私が躱すから! その時にみんなの後ろに隠れるから。とりあえずこのままで」
「どうやって躱す?」
「……草盾!」
私たちの四方に最大縦横二メートルカバーする、草の葉脈をゆるく編んだ移動式の盾を展開する。
「……若干視界が悪いですね」
「まあ、どちらにしろ暗闇だ」
「クロエ、どのくらいの力に耐えられる?」
「牛が全速力で二回衝突しても大丈夫だった。三回目で破れたよ」
「……はあ。もういいや。好きなように抱っこしていけ。敵がきたら仲良し兄妹は下がって後方支援だ」
道は曲がりくねっているものの、幅は1メートルほどの一本道で、ホーク、私たち、ニーチェと縦に並んで通り抜ける。天井は低く、大人は前屈みで歩く。ライトの魔法は適性魔法がおよそ20レベルあれば、誰でも発動できる。
ニーチェのライトが煌々と頭上を照らし、兄のライトが前方、ホークが後方の闇を消す。
「クネクネと、100メートルほど進んだな」
「クロエ、息苦しくないか?」
「はい。どこかに横穴が開いているのかな」
「今のところ価値のありそうな落とし物はないな」
「浅い場所は、すでに取られているのでは?」
「シッ!」
前方より、私たちのものではない足音がする。
私は兄から降りて、邪魔にならぬよう岩陰に隠れ、前方に草の罠を仕掛ける。
「ウウウッ! ワオーッ!」
狼? が十匹くらい襲いかかってきた。三匹私の罠に引っかかって転び、バタバタともがいている。そいつらを踏み台にして、飛びかかってきた狼に、ホークが風の刃を、そして兄が鋭利な氷の礫を五月雨式に飛ばす。ニーチェは体勢を低くして、剣を構えていたが、ニーチェまでたどり着く狼はいなかった。
「ふう。やっぱり、何事もないまま最奥には行けないか」
兄はちょいちょいと私を呼び寄せ抱っこした。
「クロエ、良い罠だった。よくやった」
「はいっ!」
「お、おわっ!」
ニーチェの声に前方に視線を移すと、今倒した狼たちが、蜃気楼のようにゆらゆら原型を揺らめかせ……消えた。
「マジか……」
「幻だったってことですか?」
「このダンジョンに立ち入らせないため?」
この世のものではない光景を見て、私の背筋にも冷たい汗が伝う。
「気を引き締めて行こう」
ホークが真面目な声で言った。
それから、50メートルほど進むと、幻影の狼? に襲われる、ということを繰り返しながら、進む。
「随分と深いですよね。気持ち的に、地面の下で町まで戻った感覚です」
ニーチェの言葉に頷く。本当に地下で実距離進んでいるのか? 空間魔法の中のようなところでグルグル回っているだけなのか?
道標に意識をやる。うん、きちんと入り口にひっついている。
「ふむ……ジュード。私はあと一時間ほど進んで、同じ状況ならば、引き返すことを提案する」
「……うん。異存ない。正直不気味だ。思っていたのと違う」
兄とホークの言葉に不安がよぎる。これまでのダンジョンとは別物のようだ。
兄は腕から私を下さなくなった。私はますます、草盾を強固にする。
そこからまた進み、二度の幻影の襲撃をいなすと、突然、ズン! という音とともに足元が陥没した!
「うわっ!」
「おわっ!」
「クロエ!」
「おにいちゃまっ!」
私と兄はギュッと抱きしめあったまま、漆黒に落ちていった。
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