第16話 港町トトリ
騒動を起こしていた男たちが、再び、顔を怒りに歪ませた。
「捕縛」
草壁よりも数倍太い蔓が一瞬で男たちを一人ずつ別個に拘束し、動きを封じる。
「クロエ様……すごいっす……」
ニーチェが仲間内だけに聞こえる声で囁いた。
ホークを先頭に、ツカツカと生垣の間の出来立ての道を歩き、騒ぎの現場に到着する。男たちの背後は崖で、この崖下に目当てのダンジョンはあるようだ。
「……マルコ、貴様何をやっている」
ホークの声にふと足元を見ると、小太りで鼻髭のある、上等の服を着た男が腰を抜かしていた。
「え……はっ! ホーク卿!」
マルコは慌てて立ち上がり、泥を払って頭を下げた。
「お、お久しぶりでございます。ホーク卿。あの、本日は……」
「このダンジョンの視察だ。マルコ、ダンジョンごときでこの騒ぎ。どう説明する?」
「も、申し開きも……」
「おい、おっさんたち何なんだ! 俺たちが先に着いたんだ! 何もんか知らねえが、邪魔すんな!」
「いい加減にしろ! このお方は我らがローゼンバルク領主様の副官、ホーク・ジルニー卿だ」
なんと、おとうちゃまは爵位持ちだったんだ!ただの飲んだくれではなかった!
マルコさん……その意気でこの人たちを抑えてたら、ホークをここまで怒らせなかったのに。
ギャラリーがざわめき出す。ホークの名前は領内で通っているんだ。祖父がホークを今回私たちのお守りにつけた訳がわかった。しょうもない争いを鎮める特効薬であり、保険。
「今をもって、このダンジョンは調査が済むまで領主の命により閉鎖する。皆解散だ」
「おっさん! なんの権利があって勝手に決める! 領主命令なんか知るか! ダンジョンはとったもん勝ちだろうが!」
兄が眉間にシワを寄せる。領主命令なんか知るか! か。祖父がどれだけの労力をもってこの地を守り抜いているか、全く分かっていない。報われないなあと、私も小さなため息をつく。
「ふん、惨めだな。俺に捕まり、キャンキャン鳴くことしかできないくせに。ならば、お前の土俵に立ってやろう。ダンジョンはとったもん勝ち。俺はお前よりも強いから、ダンジョンを調査できる。根こそぎ調査のため回収してきてやるから、弱いやつはそこでねんねして待ってな!」
ホーク、煽りすぎでは? あ、違う。真剣に怒ってるんだ。
「なっ……」
男は、爵位持ちと思えぬ荒っぽい言葉を受けて、次の言葉が紡げない。
「クロエ、ここから崖全体、草で覆ってくれ。そうだな、トゲのある草がいい」
「はい」
今度は崖に自生している植物をめいっぱい成長させて、厚く崖全体を覆い尽くす。どこから降りればダンジョンがあるのかわからないほどに。
「ちくしょう!こんな草!燃やしてやる!」
今まで大人しくしていた別の男が、草の縄から手を抜いて伸ばし、火の玉を投げつけた。
ニーチェがさっと前に出て、大水を男に叩きつけた。ニーチェの適正は〈水魔法〉なのか。
とうとう、凍えるような空気を纏った兄が、一歩前に出た。濡れたその男と、崖を覆う植物全部を、
「凍結」
ガチガチに凍りつかせた。
「氷……次期様までお見えだったとは……」
マルコはガクッと膝をついた。
◇◇◇
とりあえず、ダンジョンは誰も手が出せない状態になったので、私たちはいったん宿に戻った。
代官のマルコが是非自分の屋敷に泊まってくれとすがったけれど、ホークは疲れてるから動きたくないと断った。
私たちはそれぞれ久しぶりのお風呂に入り、ホークの部屋に夕食を運んでもらい、明日の打ち合わせをする。そこそこ顔が割れたので、宿の食堂を使うのは避けた。しかし、十分なほどにテーブルには海の幸が並んでいる!
「おに、おにいちゃま! こ、これはなんですか?」
「ああ、これはタコだ。食べたことないのか? この殻で包まれてるのはビズ貝、日持ちしないから内陸では食べられない」
よく考えれば、前世合わせても海の幸は白身魚を焼いたものくらいしか食べたことがない。やはり王都まで鮮度を保たせ運ぶのは難しいのだろう。
ああ私、前世は王都から一歩も外に出ることなしに死んだんだわ。視野が狭くて当然だ。
「こうやって、殻をスプーンがわりに口に運んで、汁ごと吸い込んで食べるんだ。どうだ?」
「……お、おいしいれす!!」
コリコリとした歯応え、微かな甘みとしょっぱさ、初体験だ!
「クロエ様がもりもり食べる姿は初めてみました。お館様もお喜びになりましょう」
夢中で食べているとホークの声がしたので、顔を上げた。ホークはグイッとお酒を飲んで、ニカっと笑った。
隣の兄を見上げると、兄は私の頭を撫でた。
「……たくさん食え!」
「あいっ!」
噛んだ……。
「では、明日、ダンジョンに潜りましょう。非常事態のために、三日分の食料と衣類を持って行きます。クロエ様よろしくお願いします」
荷物は全て私の空間の中だ。私は口の中にまだシマシマの魚を入れてる状態だったので、コクコクと頷く。
「灯りと入口への導線は、バラバラになる可能性もあるので、それぞれに確保すること。我々は〈木魔法〉の道しるべを覚えておりますが、クロエ様?」
ゴクンとご馳走を飲み込む。
「おじい様に理論を教えてもらって、草で同様のものを組み立てました!」
「……クロエ様、魔法を創作しちゃうんですか?」
ニーチェが目を丸くしている。
だって、ないなら作らなきゃしょうがない。前世は何も与えられない人生だったから……必死でそれらしいもの作って、身を守っていた。魔法に拘わらず、ドレスも、家具も、……
今は、必要なものであれば、惜しみなく与えられる。物も、知識も。
「私、戦闘にはお役に立てませんが、ポーションや毒消しはたくさん作ってきました。あと、もしどなたか戦闘不能になった時は、蔓でグルグル巻きにして、崖上にポンと放り投げられます。どうぞよろしくお願いします」
「クロエは?」
「へ?」
「全滅したとき、全員をクロエが脱出させたあと、クロエはどうする?」
ホークが私の目をじっと見て尋ねる。これは……試験なのかな?
そうか……自分を表に放り投げるって難しいかも……。
「では……私は自分を蔓で繭のように包み込み、薬で仮死状態になって、救出を待っています」
突然、兄がバンっとテーブルを叩いた!
「クロエを一人置き去りにするわけがないだろう!!」
「ご、ごめんなさい……」
大好きな兄に怒鳴られて、ジワッと涙が浮かぶ。どうしよう。不正解だったらしい……。
そんな私の両肩を、ガチッと兄が掴み、視線を合わせ、睨まれる。
「クロエ、お前のダンジョンでの定位置は俺の背中だ! 蔓で巻き付いとけ!」
「は、はいっ」
「うん。まあそれがいいでしょう。では明日も早いので、そろそろ散会しましょう」
ホークが困ったように笑った。
◇◇◇
私と兄は、同じ二人部屋だ。
ビクビクとしながら寝巻きに着替え、兄に背中を向けてベッドに入った。
やがて、灯りが落ちた。
まんじりともせずに、暗闇を見つめていると、背中から大きなため息が聞こえて、
「クロエ」
そっと振り返ると、兄が布団をめくって言った。
「こっちに来い」
私は思いっきり動揺しながら、ギクシャクと起き上がり、歩いて兄の布団に入った。
兄は馬上のように背中から私を抱きしめ、私の頭に顎を載せた。
「さっきは大声を出して悪かった」
「でも、クロエが悪い。一人で残るなんて言うから」
「……」
「クロエ、俺はそんなに頼りないか? 五つも年下の妹を守れないような」
私は慌てて、首を横にブンブンと振った。
「お前は役に立とうとしすぎだ。もちろんクロエの優秀さに助けられている。だがな、例えクロエが役にたたずとも、クロエを嫌いになることなどない」
そっと、顔を上げて首を後ろに捻った。兄の瞳に吸い込まれる。
「俺とクロエはこの世で唯一の兄妹だ。違うか?」
前世、弟アシュールにはキッパリと見捨てられた。今世もきっとあの父と母にあれこれ吹き込まれて、とっくに嫌われていることだろう。
でも、この兄は……私を懐に入れてくれるのだ。
「……っ! お、おにいちゃまっ、私……おにいちゃまが大好き! 大好きです……」
ここに来てたった半年。だけど前世の数を100倍は超える幸せを貰った。兄と祖父とみんなに。
「怒らないで! お願い! 私をっ! 嫌いにならないでーー!!」
私はとうとう兄に向き直り、正面からしがみついてワンワン泣いた。
兄はギュッと抱きしめて、私の頭をいい子いい子してくれた。
「クロエは賢いくせに……バカだな。嫌いになどなるものか。お前が宙ぶらりんの俺を救い出して、兄という居場所を作ってくれたというのに……ほら、もう寝るぞ」
兄はチュッと私のオデコにキスをした。
「お、おにいちゃま……?」
もう、怒ってないの?
「……好きだよクロエ。お前が俺たちのもとに来てくれてよかった」
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