第15話 ローゼンバルクの大人たち
暑い夏は、兄の〈氷魔法〉で快適に過ぎ去り、恵みの秋になった。
私が枯れた草花から種を集めたいとお願いすると、兄やゴーシュたちが交代で付きそってくれる。
「クロエ様、こうしてちょっとづつ甘えることに慣れるんですよ。そのほうがお館様も俺たちも嬉しいです」
ゴーシュが私を肩車して、のしのしと歩きながらそう言う。四歳の息子さんといつもこうしているそうだ。
祖父の側近はこのゴーシュとホークとベルンの三人。ホークは祖父のそばを離れることはあまりない。ベルンは執事というだけでなく、亡くなったおばあ様の代わりに内向きの仕事を一手に引き受けている。ということで、ゴーシュが私に付き添ってくれる確率が高い。
甘えるほうが嬉しいの? これまでも、前世も、甘えを見せればしつこいほどに怒られた。
ここは別世界のようだ。
ゴーシュの頭をギュッと掴むと、
「クロエ様、手が目にかかってる! 見えないな〜おーっとっと!」
「きゃあーー!! あはははは!」
わざとグラグラと歩くゴーシュの動きが面白くて、大声で笑った。
そんなある日の夕べ、祖父が不意にフォークを止めて、
「久しぶりに、北の海沿いにダンジョンが出現したそうだ」
「おじい様、ダンジョンってなんですか?」
前世の記憶を辿っても、出てこない単語だ。
「急に洞窟などが、ありえない空間につながって、その中にはいろいろな宝物が入っているかもしれない。物騒な獣が住み着いているかもしれない」
「かもしれない、なの?」
「そう。そもそもダンジョンは二つと同じものはないんだ。突如現れて突如消える」
「……空間魔法使いが罠やプレゼントをいっぱい仕掛けた部屋をこっそり置いたのかなあ?」
「ふーん。そうかもしれないね。でもね、稀に前世紀に廃れた工法で作られた武器なんかも出るから違うかな」
兄が隣から教えてくれる。
「ジュードの言うとおりだ。そしてそういう貴重な宝を夢みてダンジョンには人が集まる。そして、小競り合いが起きたり怪我人が発生したりするのだ」
なるほど……それが自領のなかなのであれば、ちょっと迷惑かも。
「というわけで、ジュード。様子を見に行ってこい」
「……はい!!」
兄がやりがいのある仕事を与えられて、嬉しそうに目を輝かせる。
「え? おにいちゃまが行くの? 平気?」
「大丈夫だ。もちろん一人ではないし。北の街なら海の幸は美味いし。まあ行き帰りで二週間かかるから、いい子にしてろよ」
「わた、私も連れて行ってくだしゃい!」
海の幸って何? 何?
「お利口に働きます! 必要な魔法は出発までに覚えます。あ、私の空間魔法に荷物全部入れてください! 海藻も採取したいです!」
海は本の中でしか見たことがない! 行ってみたい!
甘えていいのよね? ならばここしかない!
「ふむ……そう危険だという話も聞いていない。クロエも我がローゼンバルクを知るいい機会かもしれんな。よし、出発は三日後。それまでに、身の回りのことが全て自分で出来る様になったら、クロエも許可しよう」
「やったー!」
私は椅子から飛び降りて、祖父に抱きついた!
「おじい様!」
兄が慌てる!
「……クロエのめったにないおねだりだからな……ジュード、お前にとっては守る訓練でもある。わかったな」
「……はい!」
私はマリアに洗濯や、裁縫、など、改めて一通り教えてもらった。兄や仲間の皆さまの足手まといにならないように。
そして、私と兄、ホークと、最近領主邸の護衛に入るようになった、若く、筋肉隆々の赤髪のニーチェ四人で出発した。
「ホーク、おじい様のそばを離れていいの?」
「クロエ様、俺にだって息抜きは必要ですって!」
と言って、ニヤリと笑う祖父の右腕。まあ跡取りの兄に万が一のことがあってはならないよね。
「全く! クロエ一人くらい、俺だけで守れるよ!」
と、兄が私の頭上からプリプリと言う。
私は当たり前のように兄の馬の前に乗せられた。今回は道中が長いので、私もパンツ姿で前向きに男乗りで座り、兄の胴と蔓でぐるぐる巻きにしている。
「ふふふ、お二人とも、我がローゼンバルクの未来ですよ。宝です」
ホークは何やら呟いて、後ろの守りに付いた。
「クロエ、お前は俺たちの……うん、隠し球だ。欲しい植物見かけたり、お腹痛くなったりしたらすぐ言えよ。どこでも止まる」
「どこでも、ですか?」
「王都からの旅と違って、ここは自領だ。危険はないとは言い切れないけど、まあ大丈夫だ」
「はい!」
私はますます甘えさせてもらうことにした。
「おにいちゃま! ストップ! あの沼に寄り道を! 水草って持ってないのです!」
「こら! その沼は深いんだぞ! クロエ! はしるな〜!」
「おにいちゃま! 見て見て、こんな大きくてキレイに紅葉してるカエデ初めて見ました。樹液がポーションの原料になるはず……」
「クロエ様! 速攻で樹液抜きましょう!」
なぜかホークとニーチェが前のめりで腕まくりした。体力を回復させるポーションにお世話になってるのかな?〈木魔法〉使いの祖父ほどではないけど、樹液くらいなら抜き取れる。
「おにいちゃま〜!」
「……今度はなんだ?」
兄の口に、もいで、皮をむいたリンゴを入れる。私も食べる。
「おいひいれすね!」
「うん……うまい」
「おにいちゃまのローゼンバルク領は美しくて恵みも多くてとっても素敵です」
「俺のじゃない」
私は首を傾げた。
「ローゼンバルクは俺と……クロエと、皆のものだ」
兄は私の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
兄と、ホークとニーチェに守られながら、テント泊で旅は続いた。
ホークはルルの父親のケニーさんとは違って、かなり雑で気さくな雰囲気ではあるが、その実抜け目なく周りに目を光らせている。他人にも自分にも厳しそうで、年代的にも理想の父親像を重ねてしまう。なのになぜか独身。解せない。もう少し打ち解けたらその謎を聞いてみよう。
ニーチェは大きく強いのに奥手のようで、ホークに彼女とのなかなか進展しない仲についていつもからかわれている。
「ダンジョンのお仕事が終わったら、私がお礼に最高の花束作ってあげる。それをおねえさんにおみやげにしてあげてね」
「お、お嬢様、あり、ありがとう、ございます!」
少しずつ、チームとして仲良くなりながら、目的地、港町トトリに付いた。
◇◇◇
トトリに着いたら、宿に立ち寄り、記帳したあと、身分を隠してひとまずダンジョンの様子を見に行った。
「いいですか? ジュードとクロエ様は私の子ども。ニーチェは従者という体で、覗きに行きます」
ホークが人差し指を立てて確認する。
「わかった」
「わかったけど、おにいちゃまをジュードと呼び捨てなら、私もクロエと呼んでください」
「そっか。ジュードはまだ跡取りになる前のチビのころから知ってるもんだからついな……よし。クロエ! 行くぞ!」
「はい! おとうちゃま!」
「……急所にズキュンと来たぜ……」
私は兄の腕からホークの腕に移されて、四人でブラブラと人だかりのほうへ向かった。
近づくごとに響く声は、ほぼ罵声だった。男たちがガミガミといがみ合っている。
ホークが私をギュッと抱き込んで、後方の野次馬に声をかける。
「おい、いったいどうしたんだい? 俺たちはこの辺で美味い海老が食えると聞いて、はるばるやってきたんだが?」
麦わら帽子をかぶった日に焼けた男は顔を顰めた。
「あんたら運が悪かったな。今トトリはそれどころじゃない。この先のガケの下に横穴が開いてダンジョンが出来ちまってな。浅い部分で金が取れて、仲間同士で奪い合い、我先にとダンジョンに向かおうとする奴らが崖からすべって大怪我したりで、その責任どうこうで大騒ぎだ。ここの噂が広がったら、もっと人が集まって、さらにトラブルが起きそうだな」
早くも思った以上に治安は悪化しているようだ。
「……代官はどうした?」
ホークの声が低くなる。
「多分前の方にいるぜ? でもヒートアップしすぎてて止められないんだろうな」
「……ちっ!」
ホークが舌打ちする。
「ホーク。明日改めてなんて悠長なこと言ってられなくなったんじゃないか?」
兄が目を細めて前方を見つめる。
「……どうする? ジュード?」
ホークが試すように兄を伺う。
「とりあえず、人々を解散。そしてダンジョンは調査が済むまで閉鎖」
「言うこと聞くかね?」
「聞かせるさ。クロエ、低い草壁を両脇に展開して、俺たちが通れる道を作って。そしてケンカしてるやつを蔓で拘束。ホークの仕業に見せるように」
「はい」
私はポケットから消耗品の普通の雑草の種を取り出して握り締め、私の魔力を装填する。そして、私を抱くホークにしか聞こえない声で、囁く。
「発芽……草壁」
ホークの体から凄まじい勢いで植物が絡み合いながら前方に伸びていく(本当は私からだけど)。
圧倒された人々は、両側に慌てて避けて尻餅をつく。道が開くや否や、蠢いた緑色の蔓は縦方向に伸び、私の身長……大人の腰当たりの高さになると、密度をきつくし、成長を止めた。生垣の道が崖に向かって通った。
その先にいる、実際に暴れていた男たちは動きを止めて、ポカンとこちらに振り向いていた。
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