第12話 ローゼンバルク領

 二度宿場町に寄りつつ、私たちは祖父のローゼンバルグ領に向かった。七日目に領内に入ると少しペースダウンして、一日かけて、おじい様の屋敷のある中心部の町にたどり着いた。


 到着するやいなや、祖父は、エントランスで待ち構えていた領の運営幹部や使用人たちを前に、兄と私を自分の前に立たせ、双方の肩にガシッと手をのせて、言葉を発した。

「エリーの娘のクロエだ。エリーが情けないことに育児放棄していたために、ワシがひきとった。養子縁組も済ませ、法的には娘だ。そしてジュードもやはり養子縁組をしている。血は繋がらねど息子だ。はっきり言っておく。次期領主はジュードだ。よいな」


「「「「はっ!」」」」


 ……考えてもみなかった。私が祖父に頼ったせいで、世継ぎ争いの煙が上がっていたのだ! それを祖父は秒で鎮火させた。


 自分の浅慮に腹が立つ。


「しかし、二人にとってはワシは形式的には父親じゃが、そうは思えんだろうし、わしも違和感だらけ。ゆえに普段はそのまま孫として皆扱うように」


 母の兄であるポアロ伯父には妻はあれど子どもがいなかった。そんななか腹心の友が死に、その忘れ形見を養子にした。そんな伯父も二年前に戦死、妻は後を追うように病死。その子をまた祖父が養子に……それが兄だった。


 とはいえ、兄が伯父の息子になったのはようやく歩きはじめた頃らしく、血こそ繋がっていないが、生粋のローゼンバルグの男に見える。改めて家族とは血のつながりだけではないと痛感する。


 出来上がっている家族のなかに、ポトンと入り込んだ私。

 私はローゼンバルクの領主になろうなんて野望、埃ほども持っていない。誰かに利用され、担がれないように注意しなくては!


 出来るだけ、目立たず、迷惑をかけぬように過ごしていこう。





 ◇◇◇





 そう思っていた日もありました。


「おじい様! 起きてくださいっ! もうお日様は高く昇ってますっ!」

「……うるさいクロエ……もうちっと寝かせろ……」

「今日は昼過ぎに商工会との会食と言っていたではありませんか!」

「……ゴーシュに行かせろ……」

「ゴーシュは今日は港です! おじい様! 起きてってば!」


「おにいちゃま! 今日はマナーに厳しいミセス.ベリアルの授業! 早く起きて!」

「クロエ……あと五分だけ……」

「おにいちゃま〜!」

「うわ! クロエ! くすぐるな!」


 男世帯のこの屋敷は、使用人たちによって清潔に保たれているものの、主人たちは自由気ままで皆を困らせていた。


「頼むよクロエ様! クロエ様しかお館様とジュード様に意見できる立場のものなんていないんだ」

 とホークに頭を下げられる。


「む、無理だよ……だって私、ただの居候だもの……」

 祖父や兄を御するように言われて戸惑う。


「……クロエ様! クロエ様はお館様の本当の孫で、法的に娘! あなたはここに堂々と住んでいい存在です!」

「でも……」

「でもなんですか?」

「今はね、おじい様にもおにいちゃまにもかろうじて嫌われてないと思うの。でも、二人を怒ったりしたら、やっぱり嫌われちゃうでしょう……? そんなの、もう……」


「……エリー様もモルガン侯爵もクソだな……お館様に報告せねば……」


 私が自分の爪先を見てモジモジしていると、


「クロエ様。もしこの程度でお館様と、ジュード様がクロエ様に反抗的な態度をとったら、私たち全員でストライキいたします。私含め使用人皆がクロエ様の味方になります!」


 そこまで言われればしょうがなく、私は二人を起こす係になった。

 二人とも30分ほどごねて、悪態をつく。そして影響されて、私の口も態度もどんどん悪くなる。


 でも食卓に着く頃には頭はスッキリしているようで、

「……クロエ。卵を残さず食べろ! それでは大きくならん!」

「クロエ。ミルクもきちんと飲め。そうじゃないと今日は森に連れて行けないね」


 二人して、私に食べさせることに使命を感じているようだ。


「でも……もうお腹いっぱい」

「食が細すぎる! 午前午後の二回、間食を取れ!」

 祖父の……口うるささが……嬉しい。


「クロエ。15時すぎなら時間がある」

「わわ、おにいちゃま、薬草摘みに行きたいです!」

「おやか……おじい様、クロエと西の森に入ってもいいですか?」

「……うむ。クロエを頼むぞ」

「はい!」




 ◇◇◇




 兄は相当強そうだけれども、私たちが動くときは必ず護衛が一人ついてくれる。


「クロエ?」

「はい。…………結界!」


「ふーん。おじい様のように根を地下に張るだけでなくて、地表を線のように覆うんだな」

「地表にある分、タイムラグなしに侵入者が手元に伝わります」


「うん。見事だ。じゃあ一通り探してみろ」

「はい」


 私は前世の記憶を辿り、この土地にありそうな薬草の当たりをつける。その薬草の匂い脳内再現して、同じものを探す。

「見つけた!」

 パタパタと走り、地面に目を凝らすと、探していたガルの葉の群生があった。

 チョンチョンと若く柔らかい芽だけを摘みとる。


「クロエ、その薬草は何?」

「うーん、感覚を麻痺する薬の原料です」

「……どういうとき使うの?」

「例えば、怪我をして痛くて歩けない……でもあと一刻だけ我慢すれば帰還できる……というようなときの服用を考えてみてます」

「……つまり、飲みすぎると?」

「死にます」


「……危ないだろ」

「ガルの葉を噛み砕いたところで苦いだけです。順を追った抽出をしなければ薬になりません」

「クロエ以外に誰が作れる?」

「〈草魔法〉のマスター……つまり50レベルはないと無理です。なので今のところお師匠様のトムじいと私だけ……かなあ?」


「そのトムじいは……モルガンの屋敷のものなのだろう?」

 兄が目を細める。


「お、おにいちゃま! トムじいの家族と、私付きのメイドのマリアは私をこっそりかわいがってくれました! 私の命の恩人です!」

「そうか……モルガンも虐げるものばかりではなかったのだな。手紙でも書いたらどうだ?」


 何も言わずに家を出てきてしまった。遠いこの土地で元気にやってると伝えたい!

 でも……手紙がみんなに無事に渡るとは思えない。最悪を想定すれば、私の手紙が元で、ひどい目に遭わされるかもしれない。


 私が俯いていると、

「……そうか。秘密の手紙の出し方を、帰って、執事のベルンに聞くといい。その手の方法に精通しているから」


 私は顔を上げて、コクコクと頷いた。


「お世話になった少数の人たちには、きちんとお礼を言いたいの。そして、いつの日か恩返しする! あ、でも、大きくなって一番に恩返しするのは、おにいちゃまとおじい様だから!」


「……恩など感じなくていい。俺とクロエは……家族なのだから」


 私は三回分の薬ができる量を摘み、布袋に入れて、ジーっと兄を見た。

「……どの程度だ?」

「小川のお水の冷たさでお願いします」


「……冷却!」


 冷たい空気が袋の中を充満した。すかさず私は自分の空間に収納した。

「クロエ、空間魔法を使えるのか? なぜそこに入れた?」

「なんとなく、外の世界よりも私のマジックルームのほうが、大気の影響を受けないかなって。あら?」

 私はくらりと揺れて、尻餅をついた。マジックルームに兄の冷気をつけっぱなしで入れると、どうやら思った以上に魔力を消費するようだ。

 私の魔力はこれしきで枯渇などしないけれど、身構えていなければ器である六歳児の体には衝撃がくる。


「……全く。無茶するな!」

 兄は慌てて私を抱え上げ、ポケットからキャンディーを取り出し、私の口に放り込んだ。


「……甘い。おにいちゃま。ありがとう」

 私はギュッと兄を抱きしめる。

「……ふん。ボチボチ戻るぞ!」


 皆がニコニコ微笑むなか、兄も祖父と同じように、私を抱いたまま馬に飛び乗った。


 これまでと全く別次元の生活は……自分のあらゆる価値観がひっくり返って……面白くも安心で……泣きそうだ。



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