第11話 兄妹
ホークはあくびをしながら財布をジュードに渡した。
「ジュード様は若いから、まだ起きてられるだろ? じゃあ、夕食でお会いしましょう」
ホークもゴーシュも階段を上がり客室に行ってしまった。
「ジュード……様? あの、お疲れですよね? 私、一人でおつかい行けます! 大丈夫! どうぞおやすみください!」
「はあ……クロエ様、買い物くらいついていくよ」
「クロエとお呼びください! だってジュード様もずっと寝ていないし……」
「じゃあ俺のことも様はやめて? 家族なのに敬語も気持ち悪い」
「おにい……ちゃま?」
……また噛んでしまった。するとジュードは頰を赤らめ、空いた右手で顔を覆った。
「そ、……それでいい」
ジュード様改めおにいちゃまに抱っこされ宿屋を出た。サラサラの水色の髪と、湖のような碧い瞳に見惚れながら、
「おにいちゃまは何度かこの街に来たことがあるの?」
「ああ。王都への道中で、安心して休めるところは限られている」
往来をそのまま歩く兄? の情報を少しずつしゃべりながら仕入れていると、商店に着いた。
元気の良さそうなおばさんが出てくる。
「いらっしゃいませ〜!」
「この子のものを下着から外套まで一式揃えたい」
「まあ! ありがとうございます!」
私は兄に地面に下ろされる。
「屋敷にクロエのものは何もない。必要なものを確実に見繕って。遠慮とか、かえって二度手間になって迷惑だからな」
「は、はい。わかりま……わかった」
祖父に随分とお金を使わせてしまうなあと、落ち込んだが仕方ない。必要なものは必要だ。出世払いさせてもらおう。
私は店員のおばさんが持ってくるものを体に合わせたあと、店内を見てまわり、必要なものに手を伸ばした。
「下着、靴下、靴、ブーツ、帽子……おにいちゃま、これも買っていい?」
「石の器? 何に使う?」
「薬の捏鉢です。捏ねる棒も欲しいけど……硬い素材のないなあ」
「……もう薬を作れるのか?」
「多分。材料次第? これまで、材料採集したことがないから」
「ふーん……すまない。衣類は全て、あとワンセット追加してくれ、あ、サイズを少し大きめに」
「はいよ!」
「お、おにいちゃま、少し多すぎませんか?」
「クロエは大きくならんのか?」
「なります……」
たくさんの買い物は宿に届けてくれるそうだ。支払いが終わると兄は私を再び抱っこした。私のことを好きでない様子なのに、祖父の言いつけをきちんと守っている。
申し訳ないとは思うが、しっかり首に両手を回し掴まる。体が祖父のおよそ半分な分だけ、安定性がなく、若干怖い。
「おにいちゃま、私重いよ! 歩きます!」
「……伝達鳥と変わらないけど?」
発想が祖父と一緒だ!
「おにいちゃまは何歳ですか?」
「俺は十一だ」
私と五歳違いか。
「私も十一歳になったら、おにいちゃまみたいに力持ちになれる?」
「……他の努力したほうがいいだろ」
それにしても、こんなにひっついているのに、兄はひんやりしている。
「おにいちゃまって体温低い。気持ちいい」
私は思わず兄の首に顔を擦り付ける。
「俺の適性は〈氷魔法〉だからな」
初めて聞いた!
「えーっ! では体を凍らせているの?」
「体を凍らせたら死ぬだろう。俺のまわりの空気を膜のように凍らせているんだ」
すごい。温度調節自在のようだ。氷の刃にすれば戦闘能力高そうだし、常時でもかなり重宝されそうな魔法……。
そんなことを考えていると、ふとカラフルな店先に気を惹かれた。
色とりどりのキャンディやアイシングしてあるお菓子……。
「……欲しいのか?」
「ううん! 大丈夫でしゅ!」
また噛んだ。焦ると口の動きが追いつかない。出来るだけ迷惑をかけないようにしなくちゃ!
兄はチラリと私を見て、さっさとその雑貨屋のドアを開けた。
「いらっしゃいませ!」
「今、人気のあるお菓子、この子用に適当に包んで」
「かしこまりました!」
「お、おにいちゃま……」
紙袋いっぱいのお菓子が手渡され、店を出た。
呆然と袋の中を覗く。
「おかしなやつだな。腐っても侯爵家だったんだ。これよりももっと贅沢なお菓子を食べてきただろう?」
「お菓子は……一年ぶりです」
適性検査以前はオヤツもあったように思う。でも前世を思い出した代償のように、以前のことはあまり思い出せない。
思い出すのは前世のこと。前世、も含めれば十年以上もお菓子を食べていない気がする。
兄は不思議そうな顔をして、私を小さな公園に連れていった。私を抱いたままベンチに腰掛け、
「……休憩だ。ここで少し食べていけ」
私は小さく頷いて、杖の形のカラフルなクッキーを取り出した。ビックリするほどサクサクで、甘かった。
「おいしい……」
私の目からまたしてもポロポロと涙が溢れた。すっかり気が緩んでる。情けない。
お菓子は余裕の象徴だ。金銭的な余裕と、時間の余裕と、心の余裕。前世からずっと息を切らして走って怯えて生きてきた。
お菓子を今、私は食べている……。
懐かしい? 甘味に手が止まらず、泣きながらもぐもぐ食べていると、兄が私の目元と口元を数分ごしに、拭うようになった。
「……俺ってばバカかよ……こんなチビっちゃいやつに嫉妬とか……こんな……しなくてもいい苦労をしてる子に……」
兄のひとりごとに、私はお菓子を一人占めしていたことに気がついた。
「おにいちゃま、はい、どうぞ」
小さなハッカ味のクッキーを口元に差し出す。
「いいよ。クロエが全部食え」
「一緒に食べたら……楽しいかなって……」
兄は目を見開いたあと、そっと口を開けてくれた。私はすかさずそこに入れ込む。
「……そうだな、美味しい」
「はい。美味しいですね」
二人でもぐもぐと咀嚼する。
「……クロエはこれからどうやって生きていきたい?」
兄に静かに尋ねられた。
「おじい様とおにいちゃまのお役に立って、いずれ……お薬屋さんか何かで一人立ちしたいです!」
「ローゼンバルクにずっといる気はないのか?」
私は口の中を飲み込みながら、首を横に振った。
「私は……これからずっとモルガン家に憎まれ続けるから、私がいると、おにいちゃまとおじい様まで嫌われて、迷惑かけるもん」
モルガンは腐っても侯爵家。祖父の強さは思い知ったけど、どんな卑怯な手で罠をはってくるかわからない。
「それに、今回は自分の行きたいとこに行って、いろんな経験をしたいの」
「そうか……領主になる気はないのか……」
「無理です!」
兄にキチンと否定する。実際そんな手腕もない。魔法がMAXレベルであるのと、領地の運営力は関係ない。その方向の才能などないし、伸ばすつもりもない。トップに立つのは領を愛し、領民を愛する人でないと。
私は、祖父と兄の守る、ローゼンバルクの領民になれれば十分だ。
「そうだ。おにいちゃま、よければ氷魔法教えてください! 冷たい空気で充満した袋に入れれば、薬が長持ちするかも」
「袋のなかを冷気で満たしてキープするのか? なんてことを思いつくんだ……俺が一緒でなければ無理だ」
「じゃあ、おにいちゃま、私が氷魔法できるようになるまで、一緒に旅してください!」
「……俺と旅がしたいのか?」
「あ……ダメですか……」
馴れ馴れしすぎたかな? と縮こまる。
「領主になるために、領地を守らねばとばかり考えてきた。お館様がお元気のうちは、外に出て学んでもいいのだろうか……」
「おにいちゃま、おじい様にお館様って言わない方がいいですよ! 昨日怒られました」
「そうなのか⁉︎」
一緒にお菓子を食べるうちに、兄は少しずつ打ち解けてくれた。私は子どもらしく遠慮なく質問して、兄は慎重に答えてくれた。空がオレンジ色になった頃、兄は私を再び抱き上げて、宿に戻った。
祖父も、ホークもゴーシュもグーグー寝ていた。少しお酒を飲んだみたい。
「いつものことだ」
兄はそう言って、私に夕食を食べさせ、先ほど買った寝巻きを着せて、手を繋いで寝てくれた。
うとうととした意識のなか、ゆったりとしたテンポで頭を撫でられていることを感じる。
私は人を見る目が本当にない。
兄は、私を嫌ってなかった。ただ不器用な、優しい人だった。
みだりに笑顔を振りまく男よりも、ずっとずっと……温かい。
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