第13話 実力確認
「クロエ、少しは太ったか? 午後空けておけ。お前の実力を知りたい」
ローゼンバルクのクロエになって二ヶ月。何かと忙しく過ごしている祖父が朝食を食べながら、そう言った。
「は、はい!」
◇◇◇
約束の時間、私が兄のお下がりのパンツ姿でエントランスで待っていると、さっと祖父に抱き上げられ、いつも同様、馬に乗せられた。
「おじい様、蔓を出してひっちゅきますか?」
「……すぐそこだから、このままでよい」
おじい様があっちをむいて肩を震わせる。遠慮なく笑っていいよ……。
祖父の太腿に向かい合うように座って、抱きつくと、左腕でギュッと引き寄せられた。
しばらく走り、近隣に何もない荒野にたどり着いた。
既にそこには兄やホークなど数人の幹部も揃っている。
「さてクロエ、お前が出来ることを見せてくれ」
私は祖父やこの領の重鎮たちに、役にたつところを見せなければならない。でなければ、追い出されてしまう。いや、既に厄介者には違いないけれど、せめて成人し、一人立ちできるまではここに住ませてもらわなければいけないのだ。
祖父がここで一番注力していることは……領地を侵略者から守ること……。
「いきます。草壁!」
私は地面に手を付き、直接魔力を放つ!
荒野にまばらに生えている草が一気に成長し、互いに絡み合う。そして荒野を横断するようにはびこり、一気に天に向かって伸びて、高さ三メートルほどの壁を作った。
「クロエ様、すげえ……」
ゴーシュの呟きが耳に入る。
「ふむ。クロエ、どの程度魔力を消費した?」
「十分の一くらい……多分」
「どの程度の強度だ」
「丸一日ほど。天候にも左右されるし、強力な〈火魔法〉使いであれば燃やしてしまえます。あくまで時間稼ぎです」
「強力な〈火魔法〉とは?」
「……マスターくらい?」
「〈水魔法〉で覆えばもう少し保つんじゃないか?」
ホークの質問に頷きながら答える。
「おそらく。あと、毒草やトゲのある草を使えばおいそれと近づくことはできなくなるかと」
「なるほどな」
私は畳み掛けるようにポケットから一粒の茶色の種を取り出した。
「発芽!」
種はパチンと弾けて根は地面に伸びる。
芽は一旦天に向かったあと、グイッと方向転換し、そのまま根の横の地面に頂を突っ込む。それを地中にぐいぐいと魔力でもって押し進めさせる。茎は竹と同じくらいの太さになり、五分ほどで、動きが止まった。
私は手持ちのナイフで地表そばの部分の茎をスパッと切る。すると、茎の中から水がじわじわと湧いてきた。
「クロエ様、一体?」
ホークが切り口に触れながら尋ねた。
「地下水脈にたどり着いて、水を吸い上げてます。つまり井戸です」
「……なるほど。奇襲や籠城の際の水の備えか」
ゴーシュが、水を掬い、一口飲んだ。
「うん。真水だ」
私はコクンと頷いて、祖父を見上げた。
「……なんだ?」
「おじい様、あの……お役にたてそうですか? ここに置いてもらえますか?」
思わず両手を胸の前で握り合わせ、祖父を見上げる。
「クロエ! お前、何を言っている!?」
兄が怖い顔で大声を出す。どうしたっていうの?
「……ふむ。クロエ最後だ。花をここに咲かせてみろ」
「花? じゃがいもとか? アブラナとか? 糧の?」
「……お前の好きな花だ」
私が好きな花?
前世、花を贈られたことなどなかった。花束といえば薔薇や百合なのだろうけれど、あんな華やかな造形は私には似あわない。
そもそも種の手持ちが、薬草や頑丈な根を張る奴やら、そういうのが選択基準で……
ああ、もともと自生してるコレとか……ああ手持ちのコレとか……こんな感じ?
「……発芽」
魔力を流すとフワリと一面に紫の小さな花と白い小花が広がった。
祖父が周りを見渡して、
「レンゲ草か? もう一つは……」
「カミツレです。地味ですが……かわいいから好きなの。お薬にもなるし」
私もこんなふうに……誰にも気に留められることなく、ひっそりと、地に足をつけて生きていければ……
不意に祖父はしゃがみこんで、レンゲ草を一輪摘んだ。そして私の耳の上に挿した。
「……ふむ。わしも好きになった。レンゲも、この白い小菊も」
そして、中腰になり、私の目を覗き込む。
「クロエの実力は十分にわかった。好きなように力を伸ばせ。強くなるもよし。薬学を磨くもよし。園芸や農業を磨くのもよし。……クロエ、もう自分の好きなことをしていいのだ。モルガンの影に怯えるな。わしらの顔色を窺うな! クロエを嫌う愚かなものなど、この地にはおらん!」
唐突に、私の心のうちの怯えを突きつけられて、目を丸くする。周りを見渡すと、兄もホークたちも、皆真剣な顔で、私に頷いた。
「これからどんな道を選ぼうが、わしはクロエの祖父で味方だ。お前のためならいくらでも援助しよう。皆もよいな?」
「「「はっ!」」」
「だから……肩の力を抜いて、よく考えよ」
祖父はそっと、自分の硬い腕の中に私を入れて、壊さぬように抱きしめてくれた。
私はこの地で……なんの未来の心配もしないでいい、ただの子どもになっていいらしい。
顔を上げて見つめた祖父の金の瞳は真面目そのもので、おじい様のおっしゃること、信じてみても、いいかもしれない、と思った。
私は祖父に守られて、前世の生き方と決別できるかもしれない。
◇◇◇
私が作った草壁や井戸茎を皆間近に見て、触って私に質問する。私はそれに答えながら改善点を考える。
「クロエ様がいれば、今のように、ズズーンと壁をおったてて、領地を守れるけれど、いないときがなあ」
「私が一番面倒な仕掛けだけ領境に仕掛けて、いざというときは他の〈草魔法〉使いに発動してもらうっていうのはどうかなあ?」
「他の〈草〉? レベルどのくらい必要だ?」
「マスターか……せめて45でしょうか?」
「いねえよ、んなやつ」
ああ、やはり祖父の足下にも〈草魔法〉使いは多いわけではないんだ。トムじい……ルル……元気かな……。
先日、兄のアドバイスで、執事のベルンにこっそり手紙を届ける方法を考えてもらった。ベルンはオールバックの黒髪にモノクルという、いかにもデキる執事だ。
「そうですね。クロエ様は草から紙を作ったことありますね? だからこそ〈紙魔法〉を持っているのだと推察しましたが?」
「は、はい」
前世、体験済みだ。
「草を用いて作った紙に文章を書き、再び草に戻してタンポポの綿毛のように飛ばす。受け取った〈草魔法〉使いはそれを紙に戻す……という話をどこかで聞いたことがあります」
ベルンはローゼンバルクの知恵袋。知識量が違う。桁違いだ。自分の適性魔法についての情報ではないのに。
タンポポ手紙なんて初耳だ! でも、ワクワクする!
「ベルンありがとう!試してみます!」
「ふふふ、成功したら、是非このベルンにも教えてくださいね」
「はい!」
私は二週間ほどかけて新しい草魔法を構築し、はるか東のトムじいに向けて、タンポポを飛ばした。
◇◇◇
「クロエ?」
トムじいとルルのことを思い、ぼんやりしてしまった私は、兄に呼ばれて慌てて顔を上げた。
兄が私の頭の上に何かをポンと載せる。上目遣いに懸命にみると……レンゲとカミツレの花がぎゅっと詰まった……かんむりだった。
「……幼い頃、育ての母にねだられて……作ったことあんだよ……」
……その冠は……前世王子妃となったガブリエラのティアラよりも、ずっとずっと、みずみずしく、美しかった。
「こんな……嬉しいぷれじぇんと……はじめてれす……」
兄はプッと吹き出した!
「よくわかった。クロエは興奮すると、噛むんだな!」
「も、もう! おにいちゃま〜!」
私は衝動的に抱きついた。やってしまったあとで、しまった! と思った。
でも……兄はやれやれといった風情だったものの……優しく抱き上げてくれた。
帰りはそのまま兄の馬に乗せられて帰った。私の頭には素敵な冠が載ったまま。私があまりに喜ぶから、兄が冠を氷魔法で包んでくれた。これで当面枯れない。嬉しい。
馬を預けて、兄に抱かれたまま祖父の後ろから玄関に入ると、
「お、お嬢様!」
懐かしい声に、呆然となる。
「……マリア!!」
王都に、モルガン侯爵邸にいるはずのマリアがエントランスにいた! 私は兄の腕のなかから飛び降りて、しゃがんでくれたマリアの胸に飛び込んだ。
「マリア……どうして……」
マリアに会えたのは嬉しい! 嬉しいけれど……マリアの左頰は真っ青なアザが出来ていた。
恐る恐る右手で触れてみる。
「……クロエがわしに手紙を出すのを手助けしたのがバレて、暴力を受け、追い出されたのだ」
祖父がため息とともに教えてくれた。
「そんな……ごめんなさい!……マリア! ごめんなさいごめんなさい!」
私は涙が止まらない。
するとマリアはそっと笑った。
「いいのです。お嬢様のせいではない。自分で決めたことでした。それに、放り出されてすぐ、辺境伯様のお使いの方が、保護してくださいました」
「おじい様……」
「すまん。もっと早く助けてやれれば……クロエのときといい……。マリアと言ったか? お前は我が娘クロエの恩人。好きなだけここで滞在するがいい。クロエ、痛みどめでも煎じて休ませよ」
「はい!」
祖父はマリアを連れてきてくれた。なんの見返りも求めず。私の気持ちが休まるためだけに。
祖父は私の……本当に味方だ。甘えていいのだ。
私は改めて祖父に深々と頭を下げた。
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