〜六歳〜
第6話 鑑定石
部屋がさっぱりしたところで、ケニーさんがルルに声をかけた。
「ルル、頼まれたもの借りてきたぞ。父さん、いいですか?」
「ああ、ルルも随分成長した。やってみる価値はある」
私は自分が参加していい会話なのかよくわからず、自分の使った道具を片付ける。そろそろ帰る時間だ。私が机の上を台拭きで拭くと、そこに大きな石膏のような白い物体が置かれた。
「これは?」
「おや? 姫さまはこれじゃなかったのか? これは鑑定石じゃ」
「これが?」
私が先日父の書斎で使った魔力適性検査の鑑定石は、全体が金色で周りにルビーやらサファイアやら宝石がゴロゴロついていた。あれはただの装飾だったんだ。
鑑定石は神殿の持ち物で、神官がうやうやしく持ってきて検査してくれた。しかしケニーさんによれば、神殿で予約して借りてきて測るのが庶民らしい。こんなお手軽だったんだ。
鑑定石は、それに両手を乗せると、適性が空に浮かび、被験者が望めばレベルなどより詳しい情報も読み取ることができる。
前回はまだ記憶が戻る前だったから、〈草魔法〉としか表示されなかった。
「よーし! いくわよ〜!」
ルルがなぜか腕まくりをして気合いを入れて、両手を乗せた。気合いはあんまり関係ないような……。
ビョン……という独特な音とともに、数値が浮かんだ
ーーーーーーーーーーーーーー
適性:〈岩魔法〉レベル8
その他:〈草魔法〉レベル13
ーーーーーーーーーーーーーー
「やったー! 4個もレベル上がった〜!」
ルルがガッツポーズする。
「スゴイよう! おめでとう! でも、適性も伸ばそうよ!」
私も拍手して称える。適性魔法より、他の魔法が高いとか聞いたことがないよ?ルル?
「ちょっと私、お母ちゃんに言ってくる! ご馳走作ってくれって!」
ルルはそう言うと、バタンとドアを開けてハヤテのように去っていった。
「姫さまも、やってみては?」
ケニーさんが、娘の成長をニコニコと喜びながら、私にも声をかける。
ケニーさんの言は、全くの善意だ。だけどうーん……。トムじいを見ると、右眉を上に上げた。好きにしろってことだ。
まあいいや。私も現状を数値で確認したいと思っていたところ。
私は石の上に、小さな手を揃えて乗せた。
ーーーーーーーーーーーーーー
適性:〈草魔法〉レベル102
その他:〈火魔法〉レベル6
その他:〈水魔法〉レベル68
その他:〈風魔法〉レベル42
その他:〈土魔法〉レベル27
その他:〈空間魔法〉レベル18
その他:〈紙魔法〉レベル6
ーーーーーーーーーーーーーー
「……これは……凄まじいね……」
ケニーさんが棒読みで言った。
「姫さま……追い詰められて、習得した……のか?」
トムじいが痛々しそうに私を見る。
そうだ。前世、一発逆転を願って、血塗れになりながら習得した。誰も振り向いてくれなかったけれど。
「正直なところ……〈火魔法〉の適性者である侯爵様よりも、〈水魔法〉68の姫さまのほうが強いぞ?」
「そうなの?」
そういう客観的な意見を聞くのは初めてだ。
「カバチの滝は止められるか?」
「はい」
膨大な水流を押し戻す技「水切り」は〈水魔法〉60あたりで使えるようになる。
トムじいが呆気に取られた顔で、
「ワシの見立てじゃ……侯爵様はレベル40前後ではないかの?」
ちなみにトムじいのレベルは89とのこと。自分より格下の相手のレベルはなんとなくわかるらしい。
「この事実を侯爵様にお話すれば、元のとおりの生活に戻れるんじゃないのかな?」
ケニーさんの意見をちょっと考える。
……いや、あの人にとって、強弱云々よりも〈火魔法〉の適性があるなしが全てだ。母と結婚したのも母が〈火魔法〉だったからとどこかで聞いたことがある。
〈火魔法〉があの人のプライドの源だ。うっかり相対する〈水魔法〉で父よりも強いなど知れれば、父の私に対する感情は憎悪に振り切れるだろう。
「……いえ、もっと風当たりが強くなるだけだと」
それにしても、私は父より強かったのか。そうともわからず、従順に虐げられていた。本当の敵は無知であることだったのかもしれない。
しかし本来の実力がバレていたら、父はさておきドミニク殿下や王家に恋愛感情を盾にいいように利用された気がする。
とにかく今世では幅広い知識を吸収し、信頼できない相手に手の内を晒さぬようにしなければ。
「そっか……あ、〈草魔法〉を全部習得したら、〈風魔法〉を伸ばしてあげようか? 僕は一応レベル50だ」
ケニーさん、〈風魔法〉マスターなんだ! どの魔法であれ、レベル50に到達すれば、軍でも警備隊でも実技試験をパスできる腕前とみなされる。ケニーさん、大人しそうなのに見かけによらない。
そうよ! 〈草魔法〉!!
「トムじい! いえ、お師匠様! どういうこと? 私の〈草魔法〉! レベル102って!」
MAXの100レベルから……二個上がってる……。
「いや……知らん。長く生きてきたが、100越えなんぞ見たことがない……。姫さま、ルルと一緒に行った初歩の特訓で、何か新しい発見はあったかね?」
「それはもちろん! 毎回あります。今までなんとなく使っていた技の仕組みをトムじいがわかりやすく教えてくれるから……魔力の効率とか発動順序なんか考えたこともなかったし……」
「ふむ……ワシの憶測じゃが……姫さまはこれまで全ての試練を越えて全ての技を身につけてMAXになった。しかし、ワシの教えるせこい魔法をこのたび新しく習得した。MAXであったのに。つまりまだMAXではないと、システムが修正したということじゃなかろうか?」
「システムが修正……」
「つまり、姫さまは、天井破りしたと?」
ケニーさんが顎をさすりながら聞く。
「うむ。姫さま、〈草魔法〉は奥が深い。まだまだ伸びますぞ? これは休んでられませんな?」
レベルが上がればそれだけ魔力の容量も威力も大きくなる。
「よっぽどのしくじりをおかさなければ……姫さまは生き抜けるはずじゃ」
トムじいは私を安心させるように、ニカっと笑った。
◇◇◇
私が庭師一家を脅して?〈草魔法〉を学んでいることは、公然の秘密になった。しかし、何度様子を見にきても、野菜に水やりする姿や、野菊を握りしめて蕾を咲かせようと唸っている姿しか見ることができず、父と母の側仕えも飽きたようで、めっきり見張りの回数が減った。
私は警戒を怠らずに、トムじいの指導を受け、トムじいの野の花のような素朴な愛を受けて過ごす。でもトムじい一家は決して裕福ではない。あれこれ世話を焼こうとしてくれるけれど、負担にならないよう気をつける。指導上必要なの薬草以外は受け取らないと明言している。急に太りでもしたら、父に新たな嫌がらせをされそうだ。
地味に、ひっそり、変わりなくいて、彼らの目に留まらないことこそが、彼らから隙を作り、いつか家出をする時に動きやすくなる……と思ってる。
そんなコソコソした日々も積み重なって一年たち、私は六歳になった。
今日は雨、庭師も休みだ。私はいつものように蔵書室に向かう。最近は他国について書かれた本を読んでいる。将来、国を出るのも選択肢の一つだと思ったから。
前世、頑なにこの国にしがみついていたのは、この国の貴族である以上、国の役に立たねば!という脅迫観念と……王子と婚約していたからだ。
王子……ドミニク第二王子殿下と私は八歳で婚約した。爵位的に私が一番つりあったから。
しかし、後から聞くに会う前から疎まれていたらしい。彼はそもそも私と結婚する気などなかったのだ。
「殿下は上等な〈土魔法〉適性だったっけ」
下等な〈草魔法〉という適性の女性も差別せずの婚約する優しい王子と懐の深い王家、という演出。
下等な女と婚約せねばならないなんてお気の毒……という同情票。
どれだけ蔑もうが、礼を欠こうが文句を言わない、よくできた捌け口。
彼が私と婚約して手に入れたものはこんなところだ。
でも、王子とは素晴らしい存在、間違いなどおかさない存在、殿下が私を罵るのは私が至らないせいだ! と刷り込まれてしまった。
そして私が努力すれば、いずれ私に優しく笑いかけてくれる日がくると信じていた。愚かな私。
誕生日には匂いのキツい雑草を送られて、
「〈草魔法〉にはどの草であっても、貴重だろう?」
と笑われた。
しょうがなくダンスをせねばならないときは、リードしてくれないばかりか、私をわざと躓かせ、困った風に笑い、周りの失笑を誘った。
そして、最後に牢の鉄格子越しに、
『お前と結婚? するわけないだろう? 頃合いを見てお前の非をもって婚約破棄する予定だった。面白いように筋書きどおりいったな! 褒めてやる。嬉しいだろう? お前は私のこと大好きだったものな! 誰がお前のような雑草と結婚するものか! 無礼ものめ!』
「なんで、恋してしまったのかしら。まあお顔は絵本の王子様のようにカッコ良かったものね……あの最悪な性格を見抜けなかったなんて……」
でも前世、屋敷の外の人間で、会える人間は殿下だけだった。彼こそが救い主だと希望を抱いてしまったのだ。
「でも、私はもう、家族以外の優しい人々を知っている。殿下に惑わされたりしない。国への忠誠も消えた」
貴族として生まれたゆえの義務を果たす気持ちなど、1ミリもない。前世己の死をもって国に尽くしきったと思ってる。私が極悪人の名を背負い、共通の敵になることで、国は王家を中心にまとまったんじゃなかろうか?
「移民に優しくて、気候が良い国、どこかなあ?」
例の手紙を出してやがて一年。返事はない。残念ながらその線の脈なしのようだ。
いよいよ〈火魔法〉至上主義の皆様に絡めとられそうになったら、出奔しなくては。
大人に変身できる魔法とか、ないのかな……。
関連の本を探すべく、ちょこまかと本棚を渡り歩いていたら、薄暗いこの蔵書室に光が差し込んだ。マリアかしら? とドアのほうを振り向くと、一年ぶりの……母だった。
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