第5話 師匠トムじい

 私が、体調が改善されるだけでなく、心まで満タンになるような薬草茶を両手で飲んでいると、私を膝抱っこしたトムじいが聞いてきた。


「ところで姫、レベルはいくつじゃ?」


 正直にいうべきか一瞬悩んだ。どの魔法もレベル50がマスターレベルと言われ、尊敬され、指導を求められる域……というのがこの世界の認識だ。

 五歳でレベル100なんて、常識的におかしいもの。でも、ウソを言えば、高レベルの知識は教えてもらえなくなる。トムじいがいつまでも元気で、私が年頃になったときまで生きていて、全ての知識を口述で継承できる保証などない。

 それに、唯一の同士にウソなどつけようか?


 私はトムじいの耳に手を当てて、ささやいた。

「……レベルMAXです」


 トムじいは、目を丸くして、面白そうに笑った。

「なんとなんと、度肝を抜かれたわい! こりゃ、面倒な技も全部吸収してくれるのお!」

「え? じいちゃん! 姫さまはどんくらいすごいの!?」

「聞いて驚け! ワシより上じゃ!」

「マジで!? すごいねえ。つまり適性検査前から〈草魔法〉好きすぎて、特訓してたんってことね!? 私も負けられない!」


 そんな解釈でいいの……かな? 適性検査前から特訓してたということは、あながちウソではない。

 思ったほどの騒動にならなかった。私はトムじいを下から伺うと、シワだらけの顔でウインクしてくれた。


 レベルは私が上。しかし経験値はずっとトムじいのほうが上なのだ。前世をたしても二十年そこそこの私と、人生80年のトムじい。人間力? が敵うわけがない。

 私の指導を買って出る人などいなかった。謙虚な気持ちで教えを請おう。


「ししょう、わたしを せいしきな でしに してほしいです」


「……本契約か? でも、姫さまはワシよりレベルは高いし……姫さまから解消することはできなくなるぞ?」


 正式な師弟の契りを交わすと、師の全てのステータスを、師が認めたときに受け継ぐことができる。そのかわり弟子は生涯師に尽くす。互いに裏切ることなどできない、一生切れることのない契約。私の憧れの……確固たる絆。


「わたしにとっても、こんなチャンス、にどとないって わかってます」

「……そうじゃな。80年生きてきて出会った初めての同胞……姫さま……喜んで」


 トムじいが親指をガリッと齧り、〈草魔法〉をその指先に集めた。

 私も慌ててそれに倣う。前世、知識としてしか知らなかった……契約魔法!

 私の利き腕、右手親指から、〈草魔法〉をたっぷり含んだ血がぷくりと膨らんだ。


 親指と親指を合わせ、血と血を交わらせる。


「汝、クロエ・モルガンを我が唯一の弟子と定める」

「トムさまを、師として、しょうがいそんけいし、つくすことを、この血に誓います」


 血が魔法で踊る。宙に浮いてそれぞれの手首に蔦のように巻きつき文様をなし、発光し、やがて消えた。


 手首をぐるりと囲む、赤い文様は、すずらんとマーガレットのようだ。

「すずらんがワシじゃな。ワシはあの可憐な佇まいが好きなのじゃ。毒があることも込みで」


 ならば私の印はマーガレットということだ、バラのように美しさを主張することのない、小さなありふれた花だけれど、強い。

 マーガレット、好きな草でよかった。


 トムじいが血の滲む親指をペロリと舐めて、


「よっしゃー! 念願の弟子ができたわい! よし、弟子よ! 最初の命令じゃ! 自由にここでは話すんじゃ。お貴族様のなど、我らには所詮わからんからな。正直高レベルの魔法の話は専門用語でしか話せんわい」


 なんでもお見通しだ。幼児らしく話すのも限界だった……助かった。


 トムじいは思ったよりずっと優秀なようだ……って、私ってば、何、上から目線で考えているの? 

 前世では頑なでいることはひとりぼっちで生きていくうえで、鎧のようなものだった。今世はもっとずっと柔軟に、人並みの人生を送るんだ!


「わかりました。師匠!」

「うむうむ」


 トムじいは私の頰に頰を擦り付けた。


 私はトムじい一家と話し合って、母のお昼寝の時間にここに出向いてトムじいの指導を受けることになった。


「完全に秘密を守れるとは思えません。もし他の使用人に私と何をしているのかと聞かれたら、私に命令されて〈草魔法〉をしょうがなく教えていると言ってください」


 そうすれば、同情されることはあっても、この家族がいびられることはないだろう。


「姫さま、それでいいの?」

 ルルが心配そうに聞いてくれる。


「うん。私と懇意にしていることがバレると解雇される恐れがあるもん。私は両親に疎まれてます。加えていえば、私は両親の人生にとって邪魔ものなの。だから教えをこう立場で厚かましいお願いだけれど、出来るだけタイトなスケジュールで教えてくれると助かります」


「……実の親に……追い出されると思っているのですか?」

 初めてケニーさんから口を開いた。


「追い出されるかもしれませんし、軟禁されるかもしれない。最悪、スムーズに弟が跡継ぎとなるために、消えることになるかもしれない……」


「……なによそれ……」

 ルルが絶句する。それが貴族なの、ルル。いや違うか、貴族の家柄であっても温かい家族もどこかにはあるだろう。私が知らないだけで。


「だからルル、人目のあるところで、私に気安く話しかけちゃダメだよ?」

「でも!!」


「黙れ、ルル! 姫さまのお考えであればそのようにいたしましょう。ところで、姫さまからワシらに便宜を図って欲しいことはありますかな?」


 ああ、トムじいはどうしてこう、私が願うことがわかるのだろう。


「あのね、畑にしていい土地を貸してほしいの! 野菜を育ててみたいのです!」


 前世の知識としてはあるが、今世、作物を育てたことはない。草魔法の良い実践訓練であるとともに、私が飢えないために、最も優先順位の高いお願いだ。


「なるほど。では来週までに今が植えどきの苗を用意しておこうのう」

 トムじいが私の頭を撫でた。泣きそうになった。




 ◇◇◇




 それから私は、時間を作っては庭師の作業場に行き、トムじいの指導をルルとともに受けた。

 私の要望で、初めて魔法を習う子供が教わる手順で一から学ぶ。当然知り尽くした知識ではあるけれど、トムじいから優しく根拠を教えられ、頭を撫でられると発奮する。そしてルルの上達の様子を見て、正しい導き方とはこういうものなのか、と知る。


 1日で、レベルでいえば五段跳びで上がっていく感じだ。私にとっては復習だけれど、なんとかついてくるルルは大したものだ。適性もないのに。


 ルルの手の内で、モゾモゾと動いていたバラの蔓が、一気に伸びて、部屋中を這い回り出した!


「ルル! スゴイ!」

「うわあ! 止め方わかんなーい! じいちゃ〜ん!」


「自分で止めてみんかい!」

「うわーあ!」


 蔓が窓の外に飛び出していき、ジタバタするルルを眺めていると、トムじいが私の耳元で囁く。

「今日は母屋から付けられておりましたな。大丈夫かな?」


 今日は若い男の使用人に自分の部屋を出るときから付けられた。おそらく父の指図だ。先日はメイドの格好の年配の女性だったから、母の命令だろう。代わる代わる探られている。


「そろそろ……子どもらしくないレベルを教えてくれるのでしょう? 建物の外周に草の根を張っときます。侵入者が来たら、すぐ気がつくように」


「レベル72の結界ですな」


 結界は使う植物次第で、1日で砦を守る外壁のような生垣に成長させることもできる。私であればトゲや匂いで撃退することも可能。まあ今回はそこまでしないけど。


「うん。気配を感知したら、ノコノコと畑に行って野菜を育てているとこを見せるつもり」「それはいい」

「でも……案外ここに来れる日々は、もうあとわずかかもしれない……」

 もうそろそろ、父が口を出してくる……気がする。


「ふむ……ちょこっとスピードをあげねばならんか」


「そこー! 二人〜! ツルを止めてよ〜!」



 15分後、ルルはなんとかツルの成長を止めた。部屋中を渦巻くバラの蔓はトムじいが、

「滅」

 と唱えただけで、朽ち果てて、ケニーさんが風で飛ばしてしまった。


「あっさり過ぎない?」

 ルルがガックリと肩を落とした。

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