第4話 庭師頭トム

 あの、適性検査から一週間経った。

 その間、私は両親ともアーシェルとも一度も会っていない。どうやら私はいないものとして扱われることに決定したようだ。


 こうなると、使用人も事情を察するようになる。私をどんどん軽視するようになり、廊下で正面からすれ違っても挨拶もしてくれなくなった。


「お嬢様……育ち盛りというのに申し訳ありません……」


 マリアがぐったりと疲れた顔でもってくる食事は、どう見ても前の日の両親たちの残り物。私は毒の耐性はあるけれど、腐ったものを食べればふつうにおなかを壊すのだけど……。

 マリアは必死で食の改善を求めてくれたようだけれど、両親サイド勢力と戦って勝ち目などあるわけない。私はゆっくりと首を振り、マリアに事を荒立てないようにお願いする。


 早く、自分の畑を持って、自分の育てた野菜を食べて生きていきたい。



◇◇◇




 ところで、建物の中と外では使用人の態度が違うのだ……嬉しいことに。


「お嬢さま〜!」


 私が庭に顔を出すと、ルルが走ってやってくる。


「お嬢様、私の花壇、一気に元気になった! お父ちゃんの間引きのルール、きちんと実行しただけで!」


「ルル、さすがです!」

 私が役にたったのだ! こんなに嬉しいこと、初めてかもしれない。


「それでさ、あっちにも元気のない庭があるから相談したいんだ。来て来て!」

 ルルが突然手首を掴んで走ろうとする!


「ルル、ルルみたいにはやく はしれっこないよう!」

「ゴメン、お嬢様。つい気持ちがはやって。うーん。じゃあおんぶしてあげる! 乗って!」


 おんぶ?……こんな贅沢、許されるの? ちょっとバラを白から青にしただけで……。

 おんぶなんて、キライな子にはしないよね?


「ほら、早く乗って!」

「……はい!」


 私はルルの背中によじ登った。

「よーし、出発〜!」


「ええええ? ルル? 走るの? きゃあああああ!」

 速い! もちろん馬のほうが速いけれど、ルルの背中は、速い上に……温かい。ルルの三つ編みがぴょんぴょん踊る。私の気持ちも跳ね上がる。


 あっという間に屋敷が小さくなり、ずいぶんと敷地の隅のほうまで来たと思ったら、高い生垣があり、その向こうにまわると、二人の大人がいた。


「お父ちゃん! 連れて来たよ!」


 初対面の人間を前に、私はいぶかしみながら、ズリズリとルルの背中から降りる。


 目の前には高齢で白髪の小柄な男性、そして、頑丈な身体を持つ成人男性。二人ともやはりカーキ色の大きなポケットのついたエプロンをしている。


 おじいさんのほうが一歩前に進み出た。


「はじめまして、クロエお嬢様。私はお嬢様の庭の庭師頭、トムと申します。後ろにいるのは息子のケニー。以後よろしくお願いいたします」


 私は思わずルルを見上げる。ルルはニコッと笑って、

「私のじいちゃんと、お父ちゃん!」


 なるほど。ルル一家が総出でモルガン家の庭を作ってくれていたのか!


「はじめまして。クロエです。いつもキレイなおにわをみせてくれて、ありがとうございます」


 私は頭をペコリと下げた。

「ふむ。なるほど……ずいぶんと大人びておられる。お嬢様。ワシはまどろっこしいのが嫌いでのう。無礼な物言いかもしれんが、年寄りじゃから許してくれんか?」


「はあ」

 そんなこと、聞いてみないとわからない。私は子どもらしく小さく首をかしげた。


「お嬢様は〈草魔法〉だったということは、この屋敷の使用人の間に一気に流れた。侯爵様のお声は大きかったらしくてのう。〈火魔法〉でなかったことで、お嬢様が不遇の目にあっていることも聞こえている」


 私は思わず両目を薄くする。警戒してもしょうがないでしょう? 一体何が言いたいの?


「だがしかし、我ら庭師にとっては〈草魔法〉を引き当てたら、勝ったも同然の勝ち組人生なわけじゃよ! くわーっかっかっか!」


 突然高笑いする、庭師頭トムに、びっくりして思わずのけぞる。


「じいちゃん! 笑いすぎ! お嬢様怯えちゃってるじゃん!」

「おお、すまんすまん」


 トムは片手を前に出して謝りながら、地面にしゃがみ、そばに生えていた小さな白い野花を一輪摘んだ。そして、跪いて私と目線を合わせ、ニコッと笑った。その瞬間、野花は青く変わった。


 衝撃で、声が出なかった。私以外の人間の、この技の行使、初めてみる……。

 言葉を絞りだす。


「あなたも……〈草魔法〉なの?」


「ああ、仲間じゃ。お嬢様」


 仲間……初めての仲間! 〈草魔法〉に付随する良いことも悪いことも全て体験している……同士!


 思わず……涙がボロボロと地面に落ちる。こんなに、こんなにそばにいたなんて!


「お、お嬢様!」

 ルルが声をびっくり返して驚いている。いけない! 早く泣きやまなくっちゃ! そう思って涙を手で拭おうとすると、トムがそっと私の背中に手を回し、抱きしめてくれた。


「この歳で、こんなに小さなお姫様の仲間ができるとは……長生きした甲斐があった。お嬢様、よう頑張られましたなあ。そのお歳でどういうことかは皆目見当がつきませんが、レベル38の色替えをマスターしているということは、一生懸命努力したという証。かわいいお顔をされてるくせに、大した根性じゃ!」


 この人は私のこれまでの努力の工程を、想像ではなく経験してわかっている。……どうしよう。涙が止まりそうもない。


「う、うう、うわーーーーんあんあんあん………」

 私はトムの胸で号泣した。





 ◇◇◇




 私はトムじい(と呼ぶことになった)に抱かれて、母屋からずいぶん離れた庭師たちの作業部屋兼休憩ルームに連れて行かれた。ルルのお父様……ケニーさんが手際良く薬草茶を入れてくれる。芳しい香りに涙が止まる。


「ふふふ、これはワシの渾身の元気の出るお茶じゃ!」

「ぜひ、レシピを おしえてください!」

「もちろんじゃ。ワシの知る全てのレシピは……もう、姫さまのもんじゃ」


 ああ、ストンとふにおちた。私との出会いに、私と同等にトムじいが喜んでくれた理由が。


 例えばこのトムじいのブレンド茶、〈草魔法〉レベル50はなければ発見できない龍頭草が入っている。どんなに子や孫に教えたくとも、〈草魔法〉の使い手でなければ探せない。条件がレベル50超えともなると努力でどうこうできる話ではなくなる。適性がなければ。


 トムじいは、自分が身につけた全てを、誰かに託したかったのだ。

 ならば私は全力でそれを受け入れよう。だって私は……まだ若いもの。


「わたし、トムじいがつたえてくれるものはすべてもらいます! そしてうんよく つぎのこどもをみつけたら そのこにきちんとおしえてあげます!」


「一言えば十伝わる。ほんに姫は賢いのお」

「わたし ひめじゃないよ? ねえ? ルル?」

「そうかなあ? お嬢様はお姫様くらいかわいいよ?」


 ルルのせいで、頰に熱が集まる。


「ワシにとって、姫はお嬢様なんて月並みな言葉で表せんくらい特別なんじゃ。姫の価値がわからんものと同じ呼び方なんぞしたくないという、ワシのわがままじゃ。どうか受け入れておくれ」


 トムじいはおそらく私の生涯唯一の師になる。そんな人にお願いされて、嫌だなんて言えっこない。

「ここでだけにしてくださいね。じゃないと、トムじい ふけいざいで つかまっちゃう」

「えー、じーちゃんが呼ぶなら私も呼ぶよ〜!」


 ワイワイ騒ぐ私たちを、ケニーさんはニコニコ笑って見守っていた。物静かなかたのようだ。ちなみにケニーさんの適性は四大魔法の一つ〈風魔法〉。植物には風も必要。バランスのとれた家族だ。ちなみにルルのお母様はこの庭師家族の家をどっかり守っているとのことだ。




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