五.Ever Lasting Lie
息が止まるかと思った。
心の中にだけ留めていたものを、思いもしない場所で見つけた。
どうして兄の部屋にアウヤンテプイがあるのか。
神聖な家の中にまで、美代子が入り込んで来た気がして怖かった。
あなたの嘘なんてお見通しよ、と上から声が聞こえるのではないかと身を固くした。
母に言われて、兄の洗濯物を部屋に置きに行ったときに、ふと机の上に目が行った。
そして今に至る。
CDのジャケットの裏面だった。
佳子が調べて見たものより、完成された綺麗なアウヤンテプイだった。
あまりの綺麗さに今度は息を呑む。
兄は几帳面でこだわりが強いので、部屋の物を触ったり動かすと、すぐにバレてしまい、「勝手に触るな」と憤慨する。全ての位置を写真に収めているのではないかと思う程、細かい。
特に机の上は危険ゾーンだ。
無造作に置かれているようで、微妙な位置関係があるらしい。
指紋が付くのが嫌なのか、触った物全てを壊すとでも思われているのか、とにかくすぐに気が付いて怒られる。子供の時、何度泣かされたことか。
だから、そのまま体の方を折り曲げて、観察する。髪の毛一本落とさないように注意する。見ると『BUMP OF CHICKEN』と書いてあった。
そういえばこの前バンプがなんとかって言ってたな、と思い出し、アルバム名を記憶する。髪の毛が落ちてないかを再度確認して部屋を出た。
スマホで調べると、驚くことに、『angel fall』が収録されていた。
エンジェルフォールは滝のことで、私が調べたもの。曲になっているなんて。
なんで知っているの、と思ったが、そもそも美代子からの情報だし、曲とか言っていたような気もしてきて、自分の図々しさにまた驚く。はたまた独占欲というべきか。
曲はまだ聴かなかった。その曲を聴いてしまうと、何かの秩序が乱されるような気がした。
兄が仕事から帰ってきて、食卓に着くのを待ってから、尋ねる。
「ねぇ、この前バンプがなんとかって言ってたの、何だっけ?」
「あぁ、バンプ初めて聞いたけど、良いなと思って」
今更何?みたいな態度に怯んで、話が途切れてしまう。
そのまま続けることができず、諦めていると、
「興味ある?」と夕飯を食べ終わって流しに向かう兄から尋ねられた。
「なんか音楽番組のランキングに出てて、懐かしいなと思って」
「どの曲が?」と話に食い付いてくる兄を適当にはぐらかしたが、答えをそれほど期待していなかったようで、部屋に入って行った。
すぐに出てきて、その手にはCDがあった。机の上の物とは違う。
「俺的にはこれが一番オススメかなぁ。聴くなら貸すけど」
「そんな何枚も持ってるんだ」
「まぁね、全部買った」
「すごっ」
「線傷一つ付けるなよ」
「はいはい」と部屋に持って行き、さっそくプレーヤーに入れる。
じっくり聴くのも癪だったから、ベッドに寝転がり、携帯ゲームをしながら聴いた。
ゲームに熱中していたからか、最初の曲の弾き語りみたいなところくらいしか耳に入ってこなかった。そもそも曲を真剣に聴くなんてこと、今までしたことがない。
何曲か聴いた中盤あたりだった。気が付いたら歌が聴こえなくなった。間奏にしては長い。いつから間奏に入ったのかわからないが、気が付いてからもう長い気がする。
意識がそっちにいってしまったから、次に聴こえた声に聴き入ってしまった。
物語調の歌詞が気になって最初から聴き返した。
なんか切なげ。なんか、良い。
昔から感想文とか苦手だったから、上手く言えないけど、また聴きたいと思った。
こういう歌を美代子が聴くのかと思うと、意外だった。ランキングとかは必ずチェックしているし、カラオケに行くと、モテ曲の可愛い歌ばかり歌うし、ただのミーハーなのだと思っていた。
悔しいけど、少し見直したような気がする。
エンジェルフォールだけ引っ張ってきたのかもしれないけど、多分そうじゃないと思う。
ミーハーなのは私たちの方だ。こんな歌詞の歌、今まで聴いたことがない。そもそも歌詞なんてあまり聴いていない。可愛い曲調や歌い方のシンガーソングライターか、流行りのアイドルの曲しか知らないし、みんなそうなんだと思っていた。アイドル以外の音楽が好きな人は、みんな影のある人だと決めつけていた。
教室の中、みんなで騒いでいても、一人だけ少し距離を置いているような落ち着いた人、大人っぽい人。影のある人。
「あの中だったら誰がタイプ?」
そういう話題に上がるのは、大抵が目立つグループにいる男子。それが学校という小さな世界。
その中でも選べるタイプは、大きく三つに分かれる。
一、ムードメーカーの元気で調子の良い男子。
二、少しクールで、話しかけづらい大人な雰囲気の男子。
三、もともとマイナーな人が好きだったり、からかわれる際に無難な、その他の人たち。
格好良い人たちを、格好良いと言えるのも、イケてる女子だけ。
イケてない女子が、「誰々が格好良い」なんて言ってしまったら、からかいや、苛めの対象になる。
そういう苛めをしていたのが、美代子だ。私は近くにはいたが、直接苛めには関わっていない。
クール系の人はこだわりがあったりする。音楽だったり、本だったり、スポーツだったり。バンプはそういう人が聴くものなのだと思っていた。
そして同じクラスのクール系男子がタイプだと言ってしまった七海は、美代子のターゲットになった。
美代子も、あいつが好きだったのかもな、と合点が行く理由を付けてしまう。
だって美代子に影があるなんて信じられない。裏表だとか、人によって態度を変えることは知っている。そんな美代子が、曲の良さをわかってしんみりしているなんて。
想像しかけて、首を振る。
今までの美代子のイメージが覆されるかもしれない。
もしかすると、美代子は気付いて欲しかったのかもしれない。自分にもそういう一面があることを。クール系男子に通ずるものがあり、自分も本当はそういう立場にいたいと思っていたのかもしれない。ただ、彼女の風貌や話し方から、自然と立ち位置は決まっていた。だから、ずっと言えなかった。
しかし、本当は誰かに気付いて欲しかったのではないか。それがあの話、『angel fall』だった。あの話を聞いた誰かが、曲を調べて聴くことを期待していた。あるいは試していたのかもしれない。本当の自分を知って欲しかった。
美代子がそんな風に考えているかもしれないなんて、想像もつかなかった。
滝のことを調べて、知らないふりをして、いつか先に写真を撮って見せよう、今でもそう思っている自分が少し恥ずかしくなる。
――いつまでも続く嘘
惹かれたのがこの曲名だということに、また溜息が出る。
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