第28話 諜報部は色んな場所にいまして。

 ~アシュレイside~



 次の日、仕事休みを利用してまずはラシュアと共に花屋へと向かった。

 ヴェン爺さんの家を知っていそうな人物、ダリルに会いに来たのだ。

 ラシュアは花屋に着くや否か「おはようございます!」と元気よく挨拶し、奥から現れたダリル達からも挨拶を貰っていた。

 すると――。



「あら? オスカー今日はお休みですか?」

「ええ、それがちょっとね……申し訳ないけれど、今からオスカーの家に行くことになってるの。花屋の警護が出来なくなってしまう事も懸念して、ラシュアにも付いて来てもらおうかと思ってて。それに、アシュレイも今日はお仕事お休みでしょう? だから三人で行かない?」

「でも急にお休みを貰っていいのでしょうか?」

「OKは貰ってるわ♪」



 こうして、俺とラシュアは顔を見合わせた後、ダリルと共にオスカーと言う新しく入った花屋のバイトの家に向かうことになった。

 ……ラシュアの周りにまた男が出来たのかと思うと、少しだけ頭を抱えたくなっていた。


 が、この考えは早々に打ち破られることになる。



 ――オスカーの家に到着するや否や、聞こえてきたのは聞き覚えのある声だったからだ。




「嗚呼、何という悲劇、何という恐怖であろうか!! オスカーよ、私は今すぐ放火魔に鉄槌を下すために外に行くべきだと思うんだがどうだね!?」

「良いから落ち着いてください。貴方が暴走の限りを尽くしたら、魔物討伐隊も黙っていませんよ」

「だからと言ってだなぁ!?」



 何故――副隊長の声が?

 俺の頭にクエスチョンマークが飛び交っていると、ダリルは声を小さくして俺に教えてくれた。

 花屋にバイトに来ているオスカーとは、副隊長の夫だと言うのだ。

 既婚者と解ると、少しだけホッと出来た。

 俺は案外嫉妬深いのかもしれない。

 しかし―――。



「ならば諜報部に行ってくる! それで問題ないだろう!」

「まぁ……行く分には止めないっすよ。諜報部に迷惑が掛からなければ」

「そこについては、保証は出来ない。だが事実を聞きたい、それだけの話だ。オスカー、君には、かの方の治療を頼むよ! いいかね!?」

「はい、いってらっしゃーいっす」



 その言葉と同時に副隊長が鬼の形相で飛び出すと、少しだけ離れた場所にいた俺たちを気にも留めずなのか、気が付かなかったのか、一瞬にして城の方へと走っていった。



「凄い人が上司なんのね……」

「まるで猪だな」

「猪突猛進なのよね、彼女」

「そこが可愛いんっすよ、お三方揃ってどうしたんです?」



 副隊長とは違い、夫だと言うオスカーの方は俺たちに気が付いたようだ。

 そして、ヴェン爺様の家を知らないかと聞いたところ、昨日の夜、ヴェン爺様の家が放火されたことを知った。

 慌てたラシュアを落ち着かせ、ヴェン爺様がどうなったのかと問いかけたところ――。



「今家にいるけど?」

「なんでヴェン爺様が副隊長の家に?」

「そりゃだって、ヴェン爺さん、嫁の爺様だし、何かあったらくるよな?」



 ――衝撃の事実!

 ラシュアが気にかけていたヴェン爺様は副隊長の爺様だったのか!!



「まぁ、ちょっと火傷と骨折でね。うちで回復魔法使える人を探して軽く治療したところ。今は呼吸も安定してるから心配ない」

「でも何故ヴェン爺様が狙われたの……?」



 ラシュアの言葉にダリルは一瞬だけ唇を噛みしめると、直ぐに笑顔を取り戻し「ここじゃなんだから中に入れて貰える?」と聞き、オスカーは直ぐに了承した。

 そして、ヴェン爺様は先ほどまで騎士団が来ていたため、疲れているから少ししたら声を掛けてみると言われたのだが――部屋に入り、お茶を出してもらっていると、杖をつきながらヴェン爺様が姿を現した。



「婿殿、お茶を頂けるかな」

「はいっす」

「おや、皆お揃いでどうした」



 酷い火傷とかではなさそうだし、杖を突きながら歩けるのならそう酷い骨折でもなかったのだろうか?

 ヴェン爺様は俺たちの近くに座ると、フ――と溜息を吐いた。



「心配できたのか?」

「はい」

「事情は全て騎士団に伝えてある。お前さん達が心配することは早々ないんだが……まぁ、逆恨みと言うべきか、狙われたと言うべきか。ワシの復讐心に火をつけてくれたよ」

「復讐……心?」



 俺の言葉に昨夜、ラシュアと会話をしたことを思い出した。

 そう言えばヴェン爺様の娘は貴族に嫁いだのに離縁されたとか……。



「娘を不幸にした貴族は嫌いじゃが、ラシュアを狙う貴族の方がもっと厄介で嫌いじゃな。だが、これも一つの誘き寄せる方法としては過激かも知れんが、一歩進むだろう」

「誘き寄せるって……」

「どういうことだ?」



 俺とラシュアが頭にクエスチョンマークを浮かべると、ダリルが静かに口を開いた。



「ヴェン爺様は、諜報部の人間よ。街で情報を集める方のね」

「「え!?」」

「末端の末端じゃよ。城から出た諜報部は、死ぬその時まで街の至る所で諜報部として働き、それを伝える義務がある。これは、リコネル王妃が決めた方針の一つだ。街の住民こそが、根強い情報を持っているとな」

「けど、それと貴方が狙われることは関係あるんですか?」



 俺の切り返しにヴェン爺様は暫く目を瞑ったが、ゆっくりと頷きラシュアを見た。



「前に集まっていたハエ共を追い払ったことがあったじゃろう」

「はい」

「その雇い主からの報復じゃ。その雇い主が誰かもシッカリと記憶してから家を抜け出した。まぁ多少の怪我は老いじゃ、許せ」

「で、その雇い主の名は……ネルファー・ガルディアン? それともイマイズミ?」

「同一人物じゃろう? そしてダリル、当たりじゃ」



 その言葉にラシュアは両手で顔を覆い嗚咽を零し始めた。

 そして俺も……妻、ラシュアを手に入れる為ならば反対する人間すらも殺そうとする元夫に怒りが込み上げてくる……。

 今すぐにでも元夫の屋敷を真っ二つにするべきか。

 怒りが沸騰したお湯のように沸きあがる中、それでも冷静でいれれたのは、ラシュアが俺を抱きしめていたからだろう……。



「なに、そう遠くない内に事態は動く。ラシュアに危害が及ぶ前に決着をつけるつもりでワシも動いた。平民でありながら諜報部に入ると言う事は、それだけの技術も要求されるからのう」

「そうなのよね、魔物討伐隊よりも一般市民の諜報部は練度を求められるわ。決して相手に諜報部だとばれないように、時に怪我をすることもあるものね。本当ならヴェン爺様は杖が無くても歩けるのよ」

「「え!?」」



 ラシュアからは杖を愛用していると聞いていたが、ヴェン爺様は苦笑いをすると、杖は体が不自由な老人だと思わせるためのフェイクだと教えてくれた。



「人間というのは、自分より劣っている、自分の方が立場も何もかもが有利だと思った場合、気が大きくなって余計な事も話すものじゃ。それを刺激する為にも、体の不自由な老人と偽っていた方が、相手がペラペラいらんことまで喋ってくれるもんでな」

「有利なのはこっち側、不利なのは喋っている相手側。肉を斬らせて骨を断つ」

「婿殿は良く解っておられる」

「そして、それらの情報を整理する側としては、肝を冷やしながら一元一句聞き逃さないように、気になることは質問して整理する。妻にはその余裕が今回無かった。それだけ爺様を心配した。そこは反省して欲しいっす」

「善処しよう」

「あの……それで、私に関することが動くとはどういう事なんでしょうか?」



 これまでのやり取りを聞いて冷静さを取り戻したラシュアは手を上げて質問すると、ヴェン爺様は少しだけ長めの溜息を吐くと、出された紅茶を一口飲み、俺たちに向かい合った。



「相手側は相当焦っていると思われる、何故なら本人がやってきたからのう。イマイズミと言う名前は冒険者として登録している名前だと言うところまでは知っておるかな?」

「いいえ……二つ名で登録は可能なんでしょうか?」

「冒険者登録に本名は絶対ではない。だが一度登録されれば、犯罪に手を出した場合、ペナルティで冒険者プレートが赤く染まる様になっておる。イマイズミはワシに暴力を振るっただけではなく、家に火をつけていった。これで間違いなく冒険者プレートは赤く染まっておるじゃろう。それは一生赤く染まる事を意味するんじゃよ」

「そして、そのプレートを持つ冒険者を、ギルドは絶対に許さないし、犯罪を起こした冒険者は仕事を貰うことが出来なくなる。また、プレートは一生体から離れなくなるし、そのプレートを持っているだけで、『こいつは殺人未遂を犯した、もしくは殺人を犯した冒険者』と解るようになっている。一般的に赤プレートを持っている奴らは盗賊に成り下がるのが通常だな」

「つまり……今ネルファーの持っている冒険者プレートを見れば、犯罪をおかしたかどうかが一発で解ってしまうし、ヴェン爺様が生きていた事で、犯人の特徴及び誰であったかもわかってしまうから、今後の捜査は楽になるわね」

「つまり……」

「まな板の上の鯉っすね」



 ぼそっと呟いたオスカーに俺たちが頷きラシュアを見ると、ラシュアは力が抜けたのかソファーに沈み込むように後ろに倒れた。

「大丈夫か」と声を掛けると、暫く呆然とした後、小さく頷いてポロポロと涙を流し始めたラシュアに、ヴェン爺様はにこやかな笑顔でこう締めくくる。



「後は諜報部のトップがどう動くかじゃが、まぁ今頃猪突猛進の孫娘が何とかしてくれておるじゃろう。数日の辛抱じゃろうよ」

「……はい」



 あの般若の表情ですっ飛んでいった副隊長。

 きっと今頃諜報部は阿鼻叫喚かも知れないと思うとゾッとしたその頃――。





======

アクセス頂き有難うございます。


ヴェン爺様、何気に凄かった!!


今回はちょっと長めに執筆しました。

月曜更新出来なかったのは、子供が熱を出したため……申し訳ありません(;´Д`)

育児があると中々出来ないので、またボチボチ執筆頑張ります。

明日明後日は、少々予定が立て込んでいるのと、台風で保育園お休みになりそうなので更新が止まります。

もう暫くお待ちください('◇')ゞ


何時もハートでの応援等、有難うございます!




また、バサ妻に関しては少し短めに執筆が終わりそうなので

(シリーズで言うと閑話的な感じです)

次回作の妻シリーズに関してもそろそろ練り始めようと思います。

気長に応援よろしくお願いします/)`;ω;´)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る