第26話 過去を思い出して泣く事もありまして。

 ネルファー騒動から数週間後。

 平和な新婚生活は、そう長くは続かなかった。


 何故なら『貴族からの婚姻を跳ねのけた無礼者』と言う、何とも不名誉な噂が立ち始め、花屋にも私を見たさに、そして、私へ対する暴言を言うためにやってくる者たちが増え始めてしまった。

 まさかリコネル王妃の経営する花屋にまで押しかけてくる人がいるなんて思わなかったけれど、彼らは挙って「貴族と言うものを解っていない」「直ぐに離婚して貴族に嫁ぐべきだ」と言うのだ。


 既に結婚していた身であることを告げても、彼らの言葉は変わらなかった。


 ――見た目が良いから、その見た目を鼻にかけているだの。

 ――孤児院育ちはこれだから駄目だの。


 大元を辿れば、それらはリコネル王妃が差別を無くそうとして為さったことなのに、それらを否定する言葉にダリルさんを始めとする皆が反論してくれた。

 それでも、日に日に酷くなる嫌がらせや暴言の数々に、私の心は黒く沈んでいくような気がした。


 けれど――。



「貴族との結婚の良さを何もわかっていない小娘が!」

「そうよ! 貴族と結婚したくても出来ない娘が多いのに! そんな女の子達の想いを踏みにじる行動だわ!!」

「今すぐ離婚して貴族に嫁ぐのが君の為だよ」



 今日も今日とてやってくる、花を買う訳でもなく私を糾弾する言葉の雨。

 今すぐにでも出て行けと言いたくなるのを何とか堪え、ダリルさんがそんな人たちと私の間に入り言葉を交わしていたその時だった。



「貴族と結婚しても、平民が幸せになれると言う保証はどこにもないじゃろうが。自分の考えをこの娘に押し付けるだけお前さんたちは偉い立場かね?」



 凛としてハッキリとした口調が聞こえ、皆がその声の主を見ると――そこには何時も、月命日に妻へバラを一輪だけ買っていくヴェン爺様が杖をついて立っていた。



「花を買う訳でもなく店の中で喚かれたら、営業妨害じゃろう。お前さんたちはリコネル王妃の営む花屋にまでケチを付けれるほど偉いのかね?」

「なっ!」

「この娘は前からいうておるじゃろう。既に既婚者であったと。それをグチグチと情けない大人たちだ。さっさと店から出ていけ。花を買いたくても買えぬ客が文句をお前さんたちに言いに来る前にな!」



 そう最後は叫ぶように口にしたヴェン爺様は、杖で彼らをシッシと追い払う仕草をし、彼らも興をそがれたのか文句を言いながら店から出て行った。



「全く」

「ありがとうヴェン爺様……」

「ごめんなさいね、私が至らないために……」

「ダリルが気に病む必要はなかろう。それに、お前さんもな」



 先ほどの暴言を吐いていた人たちには絶対に見せないだろう優しい笑顔。

 大きくゴツゴツとした手が私の頭を撫でてくれた。



「今日もバラかしら? 飛び切り良い花を用意するわ!」

「ああ、頼むよ」

「あの、ヴェン爺様……本当にありがとうございます」

「気に病む必要はない。今、お前さんが結婚して幸せだと言う事が最も大事な事なんじゃ。貴族に嫁いだからと言って幸せになることなど、平民では殆ど無いと言って過言ではないし、ワシは平民の娘が貴族と結婚するのには反対じゃ……離縁された時、平民の娘にはそれこそ不幸しか待っておらんじゃろう?」

「ヴェン爺様?」

「ワシの娘がそうじゃった……」



 拳を握りしめ、そう口にしたヴェン爺様の瞳には、恨み、怒り、憎しみの炎が宿っているように感じた。

 その瞳はダリルさんですら目を見開くもので、ヴェン爺様はハッとした表情をすると、少しだけ咳払いしたのち、私の手を取り「だから」と口にする。



「だからこそ、今の幸せを失ってはいかんよ……好いた相手と結婚してこそ、本当に幸せになれるんじゃから」

「……はい!」



 何時もムスッとしているヴェン爺様の笑顔が見れただけでも嬉しいことなのに、ヴェン爺様に守って貰えたことは、まるで私が生前求めていたこと――父に私を守って欲しかったという願いが叶ったような気がした。


 生前の父は、夫と離婚することだけは避けて欲しいと口酸っぱく言っていた。

 本当は……本当は、私は「今すぐ離婚しろ」と言って欲しかった。

 そう言って、守って欲しかった。

 それを、ヴェン爺様がしてくれたようで、気が付けば涙が溢れ出ていた……。



 ――お父さん、何故私をあの時、守ってくれなかったの?

 ――お父さん、何故あの時、そんなに世間体を気にしたの?

 ――お父さん何故……?



 こみ上げてくる想いが溢れ出て涙が零れ落ち、そんな私をヴェン爺様は優しく背中を撫でてくれたり、頭を撫でてくれたりした。

 その手は、とても、とても温かく、とてもとても、生前欲しいものだった。





 その後、私を気遣って早めに仕事を切り上げて良いと言う話を聞き、ダリルさんに家まで送ってもらっている最中、彼は小さく呟いた。



「でも可笑しいのよね」

「何がですか?」

「平民にとって、貴族に嫁ぐことは売られるようなものだと言う考えが根強いのに、何故彼らは挙って貴族に嫁ぐことを進めるのか」

「あ……」

「フフ、調べることが増えたわ♪」



 迫力ある笑顔とこめかみに浮かぶ青筋に、私は何度も頷き顔を背けることしかできなかったその数日後――。




=====

アクセス頂き有難うございます。


バサ妻の最初の方に、ちらっとだけ出てきたバラを買うお爺さん。

此処で満を期して登場です(笑)

多分、読者様でも、このチラっとだけ出てきた爺さんが話に登場するとは予想がつかなかったかもしれない。


この部分は数話書いた途中で書き足したもので、執筆を終えてホッと安堵した部分でもあったりします。

ヴェン爺様が今後どう関わってくるようになるのか。

是非お楽しみに!


また、何時もハートでの応援等有難うございます!

頑張って執筆作業も進めていくので、応援よろしく願いします(`・ω・´)ゞ

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