第23話 元夫に惚気をぶちかましまして。

 翌日、私は久しぶりに花屋に向かった。

 心配はされど、叱る人なんて一人もおらず、ただ、形だけのお叱りだけは受けた。

 そこで、既に皆知っているけれど、私が結婚したことを報告した途端、外から物音と共に誰かが走り去っていくのが見えた。

 きっと元夫に報告へと走ったのだろう。いい気味だと少し思ってしまったのだけは許して欲しい。


 そして、申し訳ないけれど引っ越しの準備などがある為、仕事を休むことになることも告げると、ルシールさんは小さく溜息を吐いて見せて「仕方ありませんね」と口にした。



「事情は分かりました。ですが、結婚報告が先になるとは思いもしませんでしたよ」

「申し訳ありません」

「いえ、貴女が幸せならそれでいいんです。最近貴女を探している貴族もいるようですが、その貴族様は、さぞ残念がるでしょうね。貴女が既に人妻であることを知ればですが」

「あら、じゃあ今探している貴族様って大変ね。ラシュアを将来の花嫁だと言って探していると聞いたわよ?」



 わざとらしく大きな声で口にしたのはマダリアさん。

 この言葉に道を行き交う人々も興味があるようで足を止めたようだ。



「その貴族様ですけど、何て仰るんです? 私は貴族様とお知り合いになった記憶が無いのですが……」

「あら! 知らないの? ネルファー・ガルディアン様よ?」

「どなたでしょうか?」

「本当に知らないの?」

「ええ、顔も見たことありません。お名前も初めて知りました」

「まぁ……では相手の想いが一方通行なだけだったのね」

「ラシュアは人気のある女性でもあるから、それで相手側はお知りになったのかも知れないね」



 そんな会話を行き交う人々は耳にし、明日には噂が広がっているだろう。

 ――貴族の一方的な恋。

 ――しかも相手は既婚者。

 こうなると、不利になるのは元夫の方だ。

 貴族であれ何であれ、既婚者を将来の花嫁と呼ぶなど本来あってはならない事なのだから。



「仕方ないわね……引っ越しは明日なんでしょう? 今日から三日休んでいいから今すぐ引っ越しの準備に戻りなさい。お手伝いはいるかしら?」

「はい、ダリルさんにお願いしようかと思います」

「じゃあダリル、ラシュアさんのお引越しを手伝ってあげてください」

「わかったわ」



 こうしてスムーズに噂を流す事にも成功し、更に三日の休みを貰って引っ越すことへの許可を頂くと同時に、護衛も兼ねてのダリルさんが手伝いに来てくれることになった。

 此処までは順調……後は家に帰った時にどうなるかよね。


 そんな事を思いながらダリルさんと一緒に家路へと向かう最中、常連さんに捕まっては結婚したことの報告や、今から引っ越しの準備に掛かることを伝えつつ、借りている部屋に到着した時には昼過ぎになっていた。

 するとそこには見慣れない馬車が既に泊っていて、私たちの到着を待っていたのか、降りてきたのは紛れもなく元夫であるネルファーだった。



「初めましてラシュアさん、私はネルファー・ガルディアン」

「はぁ……初めまして」

「部下からの急ぎの要件を聞いて急いできたんですが……ご結婚されたとか」

「ええ、素敵な男性と結婚することが出来ました」

「前々から仲が良いな~って思ってたら結婚してるんですもの。とても驚きましたわ!」

「そうなのですね? でもお相手は魔物討伐隊所属と聞いております。そのような危険な場所に赴く男性と結婚して、将来貴女が困ることがあるのではないかと心配しているのです。どうです? 離婚も視野に考え直しては?」



 ――このクズ野郎。

 そう言いたかったのを何とか堪え、笑顔はそのままに「そのような真似は致しません」とハッキリとNOを突き付けた。



「本当に私の理想の男性で、優しくて包容力があって強くて逞しくて、何よりも私に一途な心に惹かれたんです。彼以外の男性との結婚なんて考えも出来ません。それくらい素晴らしい男性なんですよ」



 ニッコリと微笑んで、自分に出来る精一杯の惚気を口にすると、元夫の眉がピクリと動くのが分かった。

 あの表情をするときは、気に入らない事がある時だ。

 それでも今の私には関係ない、私は更に言葉を続けた。



「私のような親のいない娘に対して差別や偏見もなく、人を殴るような真似をする人間でもなく、本当に人格者だと思っています。そんなところも惹かれた一つなんですよ」



 フフフーと言わんばかりに惚気ると、元夫は咳払いをして「そうですが、ですがね?」と何やら文句がおありの様だ。



「夫婦となるのであれば、やはり魔物討伐隊は止めた方がいいと思います。私のように貴族であれば問題なく平和に暮らせると思うのですが?」

「いえいえ、私のような生まれの者が貴族様の妻に何てなれません。貴族様には貴族様に相応しい相手との結婚が一番だと思うんです」

「ガルディアン伯爵家ならば、妻になりたい女性は山ほどいらっしゃるでしょう?」



 と、此処でダリルさんの助け舟が出た。

 でも、助け舟と言うよりは煽っているようにも聞こえるのは多分気の所為じゃない。明らかに顔の表情を変える元夫に、私は気が付かない振りをして幸せ一杯な娘を演じた。



「あら、もうこんな時間! 早めに引っ越しの準備してしまいましょう! 日が暮れてしまうわ」

「それもそうですね、ご足労頂きありがとうございます。ですが、もう幸せな結婚生活が待っておりますので此方の事はお気になさらず、別の女性を妻にして差し上げてください」



 満面の笑みでそう告げると、元夫であるネルファーは大きく溜息を吐き「それではまた会いに来ます」とだけ口にすると馬車に乗り込み去っていった。


 二度と来るな!!


 そう叫びたい気持ちを抑えていると―――。



「もう二度とくるんじゃねーよ、下半身お粗末野郎」

「ダ……ダリルさん?」

「私、ああいう男って大っ嫌いなのよね。なんでも自分の思い通りにならないと気が済まない男って気持ち悪いわ、怖気たつってこういう事をいうのよね! あ~~~~気持ち悪い! ゴキブリにあった時みたいな気持ち悪さよ!?」

「私も気持ち悪いです」

「さっさと部屋に戻って引っ越しの準備しちゃいましょ! 本当に気持ちの悪い男なんだから! 引っ越し準備する前に塩撒きましょう塩!」

「そうですね!!」



 こうして部屋に入るなり塩を取り出し、お清めついでに塩を撒き散らした。

 本当にこれで浄化して貰えたら最高だけど、全く、気持ちの悪い男だったわ。

 そもそも新婚ほやほやの私に離婚しろっていう!?

 ああいう所って本当に昔から変わってないのよね!! 気持ち悪い!!



 怒りを抑えながら引っ越し準備をダリルさんと共に行い、元々荷物もそんなに多くない私の部屋は直ぐに物が片付けられ、後はアシュレイの住んでいる部屋までダリルさんに送ってもらうことになった。



 アシュレイの引っ越し準備は既に終わっていたようで、向かっている途中で出会うことが出来た。そして元夫が馬車で来ていたことを告げると不機嫌になったけれど、私がコレデモカ!! とばかりに惚気ていたことをダリルさんに告げられ、顔を赤くしながらもホッとしたようだ。



「取り合えず、騎士団の寄宿舎に入れば少なくとも手出しが出来なくなるわ。もう少しの辛抱よ!」

「ですね!」

「今日ばかりは私も護衛として一緒に泊まらせてもらうことになるけれど、そこだけは許してね?」

「護衛としてリコネル王妃に雇われてるのもありますし、仕方ありませんね」

「リコネル王妃様からの直接的なお願いだろうから仕方ないな」

「ふふ、二人の世界は出来るだけツッコミしないようにするから♪ でも私も貴方たちを見ていると結婚もいいなーって思っちゃうのよね~」



 ――男性と? それとも女性と?

 ……そう聞き返したかったけれど、何となく触れては行けない地雷な気がして聞けなかった。

 何にしても明日朝一番に引っ越し業者がきて荷物を運んでくれることになったようだし、少しだけ安心出来るようになるのかなと思うと、少しだけホッと出来たその次の日――。




=====

予約投稿です。

此処までは、現段階(7月29日)で書き終わっていて予約投稿です。

頑張ってカチカチしました。

どなたか褒めてください(;'∀')


さて、元夫と対峙した上に思いっきり惚気ぶちかましたラシュア。

ちょこっとザマァでしたね。

ネルファーみたいな男性って、同じ男性からみてもどうなんでしょうね。

見方を変えれば、男の性と言うかもしれませんし、それも一つの個性と言うかも知れませんし。

男女で考えが変わる人なのかもしれないなぁ~と思ったり('ω')


次回からの書き溜めはまだないので、コツコツ執筆していきます。

途中お休みを数日貰う可能性もありますが(疲れなどで)

その時は 「あ、寝てるんだな」 って察してください(笑)


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