第20話 バーサーカーの悲劇を知りまして。
~アシュレイside~
「アシュレイ、ちょっと一緒に来て頂戴」
部屋をノックすることを忘れたように入ってきたダリルに、俺は眉を寄せつつ彼についていくと、通された部屋にいたのは城で何度か会ったことがある、騎士団のアランに、諜報部のメル、そして――現騎士団団長のマルク様が揃っていた。
思わず背筋を伸ばして騎士としての挨拶をすると、マルク様は俺に近くに来るように指示を出してくる。
「異国の言葉を読めると聞いたのだが、それは本当かな?」
「一部……ですが。指輪に読めない文字でも書かれていましたか?」
此処に呼ばれた理由なんてそれ位しか思いつかない。そして案の定、既に箱を空けて中に入っている指輪を手渡されると、俺は内側に書かれている文字を読み上げるのを躊躇った。
「アシュレイ、なんて書いてあるの?」
「読める? これがきっとカギになると思うの」
鍵……確かに鍵にはなるだろう、嫌な方向で。
「アシュレイ?」
「……書かれている文字を読ませていただきます。指輪には『I don't want you to die』……『君に死んでほしくない』って彫られています」
「君に死んでほしくない?」
「他の指輪には『死んでもいい』と書いてあるのに、このラシュアに贈る予定だった指輪には『死んでほしくない』と書いてあるのかね」
「はい」
食い込んだ指先が手のひらに穴を開けそうなほど拳を握りしめると、ダリルは俺の様子に気が付いたようで、渋い顔をしたのち「まさか!」と叫んだ。
「ネルファーにも過去の記憶があるの?」
「以前報告していた事か? 過去の記憶を持っているのはラシュアとアシュレイだけではなかったのか?」
「ええ、実際過去の記憶を持って生活をしている人間はこの王国には少なくないわ。けど……」
「ラシュアとネルファーの事情は、私は詳しくは聞いていない。死んでほしくないとはどういう意味だね」
「それについては、俺から説明します」
そう口にすると、ラシュアが生前、ネルファーと出かけた際に事故死したことを告げた。
それについて何かしら後悔の念があるのであれば、あの彫ってある文字も頷ける。
けれど、元妻にあれほどの浮気した上に20年も放置し、更に出掛ける際に頭を殴る男がそんな言葉を選ぶだろうかと告げると、三人は驚いた顔や渋い顔、そして、瞳に怒りを籠らせるダリルは口を閉ざした。
「……そうね、女性をどんな理由があるにせよ、殴るなんてね」
「それは同意する。だが、ラシュアが元妻だと気が付いたのだとしたら、それは何時だと言う話にもなるが」
「調べた情報ですと、クリストファー男爵の事件後にラシュアを見つけたようですけど……それ以上の事は調べることが出来ませんでした……ごめんなさい」
つまり、あの気味の悪い事件後、どこかで出くわし目を付けられたと言う事だ。
俺がそばに居ながら不甲斐ない……彼女へ向けられる視線には注意していたのに、気が付くことが出来なかったんだろうか。
それ以上に、何故今頃になって『君に死んでほしくない』なんて掘ったんだと、ネルファーが目の前に居れば、殴り倒していた事だろう。
前世ラシュアを大事にしなかったくせに。
――許せない。
前世のラシュアを苦しませたくせに。
――許せない。
前世のラシュアを――……。
「アシュレイ!」
「!」
叫び声にハッとし顔を上げると、武器を手にしたメルとアラン、そして俺を厳しい表情で見つめるマルク様が立っていた。
「あ……あの、俺何かしました?」
「もう、何かしましたか? じゃないわよ! 直ぐに回復用のポーション渡すから両手、治してちょうだい」
「え?」
手を開いてみると、そこには爪が食い込んで血が流れ落ちている状態になっていた。
炎のように熱くなった体に思わず「あちち!」と叫ぶと、マルク様は大きく溜息を吐いて頭を抱えた。
「まさかとは思うが、君はバーサーカーでありながら、【バーサーカーの悲劇】を知らんのかね?」
「バーサーカーの悲劇……ですか?」
「その様子だと知らないようですね」
「お父様、教えて差し上げたら?」
アンダーソン家の視線が痛い……だが、バーサーカーなのに、自分がバーサーカーの悲劇と呼ばれるナニカを知らないのは可笑しな話な為、「出来ればご教授下さい」と頼むと、マルク様は「本当に知らなかったのか」と驚いた様子だったが、俺に内容を教えてくれた。
完結に言うと、それは、愛しい恋人を殺されたバーサーカーが国を半壊に追い込むほど暴れたと言う内容だった。
しかし――それだけではなかったのだ。
「元々、バーサーカーとは狂戦士とも言われるほど、理性を無くして全てを破壊尽くすジョブだ。だが、強い力を持っているが故に、バーサーカーと判断された場合、間引きされたり、人知れず殺して被害を食い止めてきた節があるのは他国では当たり前の事らしい。だが、その悲劇の後、理性あるバーサーカーは時として保護対象となる。アシュレイ、君のようにな」
「俺が……保護対象?」
「監視対象と言っても良い。君が暴走しないために、国が、アシュレイとラシュアを保護することを決めている。保護をすると言っても、生活を見守ると言う程度だったのだ。そう……今まではな」
「けれど、ネルファーにラシュアが狙われたことで事態は変わったの。二人揃って保護するべきだと先ほどジュリアス国王陛下からも通達があったわ。ネルファーの実家には最終通告が言っているはずよ」
「最終……通告?」
「そう、ラシュアを取るか、それとも家を取り潰すかのね」
その言葉に俺が目を見開きダリルを見ると、ダリルは小さく溜息を吐いて鞄からポーションを取り出すと、蓋を外し、血の流れっぱなしの俺の両手に遠慮なくぶっかけた。
「けれど、もし仮にラシュアを選んだ場合、貴方が暴走するとも限らない。だから二人揃って騎士団団長家である我が家に保護したのよ。灯台下暗し…よね?」
そう言ってクスクスっと笑うダリルに、俺は少しだけ呆然としたが、直ぐにマルク騎士団長の顔を見ると小さく溜息をつかれた。
「元騎士団家が探している女性が、現騎士団団長の家にいるとは、誰も思うまい」
「マルク騎士団長……」
「魔物討伐隊には私の方から連絡を既に入れさせてもらった。暫く君たちは我が家で過ごしてもらい、ほとぼりが冷めれば自由にしよう。約束する」
そう口にしたマルク騎士団長に、俺は今にも涙がこぼれ落ちそうになった。
生前、苦労が絶えなかったラシュア。
そんなラシュアを、今こうして、いろんな人が守ろうとしてくれていることに、感謝してもしきれない程の気持ちがこみ上げてきた。
「………ラシュアを保護して頂き、有難うございます」
「君も保護対象だがね」
「重ね重ね申し訳ありません」
「気にすることないわよ~! 私も貴方たち二人の事はと――っても、気に入ってるの! だから色々と今後の手続きをしないとね!」
「手続き……ですか?」
思わず敬語になってしまったけれど、ダリルは笑顔をそのままに「そ! 手続きが必要なの」と口にする。
「貴族っていうのはね? 前も話した通り、3人まで奥さんが持てるの。それ以外だと愛人としての手続きが必要になるのは前に教えたわよね」
「あ、あぁ……それと手続きが結びつかないんだが」
「もう! 鈍いんだから! 誰かの妻になってしまえば、結婚なんてできないの! 無論愛人なんて論外よ!? だから、言いたいことわかるかしら?」
「え……え!?」
「……あなた、ラシュアと結婚する気ないなら、私が貰うわよ?」
「俺が結婚するに決まってるだろ! ふざけるな!」
「キャ――!! 決まりですね!!」
「おめでとうアシュレイさん!!」
「ええええ………」
想いも膨らみ勢いで叫んで言葉を返したけれど、まさか、まさか本当に……こんなことになるとは思ってもいなかった。
そして、夜にはラシュアにプロポーズした訳だが……。
「あら、今更私以外の女性の日本食が食べれる?」
「……無理だな」
「これから先、よろしくねアシュレイ」
そう言って満面の笑顔でOKを貰うことが出来た。
本当に夢のような瞬間だったけれど、本当なら素敵な場所でプロポーズしたかったのは内緒だ。
だって、こんなにもラシュアは幸せそうにしているんだから……。
前世では叶わなかった事が、この世界では沢山出来て。
前世では無理だった願いが、この世界では出来て。
ほんの少しだけ……ネルファーに感謝した瞬間でもあった。
ちなみに、その日のうちに婚姻届けは出されたが、夫婦一緒の部屋と言うのは暫くお預けの様だ。
そこは保護されている今仕方ないと割り切って、ラシュアとの幸せな日々を願うだけだった。
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予約投稿です。
もう少し引き伸ばしたかったんですが、アシュレイとラシュア、ついに婚姻届けが出されました!
ロマンチックじゃなくてごめんね!!
でも仕方ないね!
罪滅ぼしに、何時かラブラブな内容が書けるといいな……(遠い目)
個人的に、狂ったようにラシュアの事を愛していると思われるアシュレイ。
表立って出てきてないだけで、結構凄いんじゃないかなと思っていたりする。
同意だなーと言う方はポチッと応援して頂けると嬉しいです(笑)
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