第12話 身に覚えのない肩書き

 コンコンと、誰かが弱々しく扉を叩く。


「お、おはようございます。入ってもよろしいですか?」


 ノックする音と同様に、遠慮しがちな少年の声が扉から聞こえる。

 ビクターはマテリアから離れると、扉の向こうへ声を飛ばす。


「入れよロンド、開いてるぜ」


「で、では失礼します」


 扉が音もなく開き、見知った顔だが別人の大男と、乳白色のフードつきの外套を深くかぶり、顔を隠した小柄な少年が現れる。


「あ、アスタロ……じゃなくて、ガストだったな」


 マテリアが大男の名を言い直すと、彼は助かったと言わんばかりのため息をついた。


「一応覚えていたか」


「よかったですね、ガスト様」


 二人が部屋に入って扉を閉めると、小柄な少年は頭のフードを外して顔を見せた。


「アンタは……ロンドって言ったな」


「はい。あらためて……初めましてマテリア様」


 柔和に微笑んで、ロンドが深々と一礼をする。


「貴女のことと、昨日の続きをご説明するために参りました」


 頭を上げたロンドと、マテリアは目が合う。

 彼の瞳に濁りはなく、なんだか心を見すかされているような気がする。


 昨日は法衣を着ていたから、おそらく僧侶なのだろう。

 丁寧な仕草や、慈愛に満ちた目が聖職者らしい。


 しかし口を開こうとしたロンドの表情は曇り、憂いの顔を見せる。


「うまくマテリア様にお伝えできるか、自信はありませんが……実は百年前にマテリア様は亡くなられています」


 うまく言葉が頭に入らず、マテリアは首をかしげる。


(……私が死んでいた? 今こうして話をして、息をしているのに?)


 にわかに受け入れがたい話だ。

 だが、死という言葉が浮かんだ矢先、マテリアの胸に吐き気がこみ上げ、思わず顔をしかめる。


 悲しげにロンドは目を伏せた。


「どうして亡くなられたのかはわかりません。ただ、その……国に混乱をまねいた大罪人と伝わっています。言いにくいことですけれど……マテリア様は『永劫の罪人』という烙印を押され、街中に亡骸をさらされていたそうです」


 だんだん身に覚えのない肩書きが大きくなっていく。

 話を聞かされても実感が持てない。


 困惑したマテリアは、目を閉じて考えこむ。

 瞼が光をさえぎり、マテリアに闇を見せる。


(私は……これより深い闇を知っている)


 そう思った瞬間、マテリアの腕に鳥肌が立った。

 あわてて目を開け、身震いをした。


(……死んだのか、私。そして骸もさらされて……)


 自分の身体が腐り、骨だけになり、塵となり。

 考えただけで寒気が走り、マテリアは自分の身を抱き締める。


「気分を悪くさせるような話ですみません」


 心配の色を見せたロンドへ、マテリアは小さく笑いかけた。


「大丈夫。構わず続けて」


 あまり心配させたくないのに、うまく笑えない。

 ぎこちない表情のマテリアへ、ロンドはためらいながら説明を続けた。


「は、はい……マテリア様が亡くなられて百年後、僕がいる教会から死人還りの秘薬が盗まれました。盗んだのは国の混乱を望む賊。悪名高かった貴女を甦らせ、この国を混乱に陥れようとしていました」


「そして私は生き返った、と」


「はい。マテリア様の気持ちを無視して、このようなことになってしまい、申し訳ありません」


 謝るロンドを、マテリアはジッと見つめる。


 自分が生き返って、何か悪いことをさせられそうなところを助けてくれたのに、どうして助けた彼が謝るんだろう?

 不思議に思ったが、気づかってくれる姿勢は好感が持てた。


 でも、この話を全部信じていいものかな? 

 本当にここは百年後の世界なのか? 

 見た感じ、ロンドが嘘をつく人間には見えないけれど……。


 しばらくこの街で生活すれば、わかってくるかもしれない。

 ひとまず考えることをやめ、マテリアはロンドの肩を軽く叩き、笑いかけた。

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