第13話 失った過去
「気にしなくていいよ。むしろ教えてくれてありがと」
一度ロンドは大きく目を見開いたが、すぐに笑みで優しい弧を描いた。
「そう言っていただけるなんて……お優しいですね。きっと『永劫の罪人』というのも、何かの間違いだと思います。こんなに徳の高いお方なんですから」
ビクターの色気発言といい、ロンドといい、こそばゆいことばかり言う。
マテリアは照れ隠しに頬をかいた。
「徳が高いだなんて、そんなできた人間じゃないよ私。ところで……何でもいいから私の過去を教えてくれないか? 頭の中がモヤモヤして思い出せないんだ」
「「え……?」」
ロンドとガストが目を丸くした。
横でやり取りを見ていたビクターは、二人の驚いた顔を楽しそうに眺めるだけで、何も口を挟まない。
ガストが腕を組み、目を細めてマテリアを見つめる。
明るいところで彼を見ると、アスタロにはなかった眼尻の皺がある。
(私の知っているアスタロは、一歳年上で青臭さのあるヤツだ。ガストのほうが渋い)
そう思い、マテリアがガストを見ていると、彼は訝しそうに眉をひそめた。
「どういうことだ? 昨日は俺を勘違いして、知り合いの名前を言っていただろ?」
「かろうじて覚えてる程度なんだ。友だちだったのは覚えている……うっすら昔のことで思い出せるところはあるけど、私が本当に死んだのか、何をしていたのか、さっぱり思い出せないし」
ガストが「厄介だな」とつぶやき、落胆のため息を吐き出す。
反対にロンドは努めて優しく微笑んでくれた。
「あの、僕が文献や伝承を調べてみます。百年も経っているので、なぜ貴女が『永劫の罪人』と呼ばれているのか詳しく伝わっていませんので、少し時間はかかると思いますが」
「本当? ありがとう。私も何とか自分で思い出してみるよ」
ロンドと話をしている最中、ガストがビクターに近づき、小声で話しかける姿がマテリアの横目に入った。少し気になって聞き耳を立てる。
「ひと晩ご苦労だったな」
口をニッとさせ、ビクターも小声で答えた。
「だってマテリアを見張っていれば、賊と一緒にいたことを不問にしてくれるんだろ? 『永劫の罪人』を甦らせたからって理由で、お尋ね者にはなりたくないし……まあ、マテリアに興味があったから、ちょうどよかったけどな」
顎に手を当てながら、ガストはうなる。
「……俺としては、俺に似ているアスタロという奴を調べてみたい。もしかすると、俺の血縁にいるかもしれない」
それはマテリアも気になっていた。
顔だけじゃない、彼の声や体格もアスタロと瓜二つ。調べてくれるのはありがたかった。
にんまりとビクターの顔がゆるみ、肘でガストの脇をつつく。
「何だ、アンタも興味あるんじゃないか。堅物かと思っていたが、案外そうでもないんだな。見直したぜ、おっさん」
ビクターに図星を指されてか、ガストは閉口する。
感情が地味に顔へ出てくるところもアスタロに似てるな、とマテリアは内心嬉しく思う。
「マテリア様?」
「あ、ごめん」
あわててマテリアはロンドに瞳を戻すと、話題をごまかした。
「そ、そうだ。昨日ロンドって法衣着てたけど、ライラム教の僧侶?」
少し寂しそうに笑い、ロンドは首を縦にふった。
「はい。百年前と同じく、この国で信仰されています。昔に比べると、熱心に信仰されている方は減っていますけれど」
「へえー、そうなんだ。あ、思い出した。そういえばライラム教の聖誕祭のときは、国民全員がダットに集まって、すごい盛り上がってたなあ」
ロンドと話すごとに、当時の様子や風習がマテリアの頭に浮かんでくる。
空っぽだった自分に、新しく詰め物を入れている感じがして楽しい。
「今では信じられませんよ。聖誕祭は今も行われますけど、教会周辺に出店が並ぶくらいの、小さなお祭りみたいなものですから」
そう言うと、ロンドは大きくため息をついた。
「この調子だと僕の代になったら、聖誕祭さえできなくなっているかもしれませんね」
「僕の代? もしかして、ロンドって次の教皇?」
ロンドはためらいがちに、こくんとうなずいた。
「はい。隠していたわけではないのですが」
驚いて目を丸くしたマテリアとビクターの視線が、ロンドを突き刺す。
いくら以前よりも勢いを落としているとはいえ、教皇という肩書きは軽んじることなどできない。
「おおっ!? こんな小僧が次期教皇? 街に来たばかりで有力者と知り合えるなんて、もしかしてオレ、運がいい?」
ビクターはおどけた声を出して、一人にやつく。
軽口を叩くビクターに、ガストが隣でにらみつける。
「もしロンド様の名を軽々しく出して利用するなら、お前を斬る」
「捕まえる、じゃなくて斬るか。はいはい、肝に銘じておくよっと。失礼をお許しください、ロンド様」
うやうやしく頭を下げようとしたビクターへ、ロンドは何度も首を横にふった。
「かしこまらないでください、ビクター様。僕なんてまだ未熟者の身、敬われるような人間ではありません。今まで通りでお願いします」
「そうか? じゃあ遠慮しねぇぞ。堅苦しいのは苦手だからな」
ロンドとビクターのやり取りに、マテリアは笑い声を上げる。
「はは、じゃあ私も今まで通りにするよ。それにしても、ずいぶんと若い次期教皇だな……ん?」
マテリアの脳裏に、何かが引っかかった。
(あれ? 私の親しかった人に、教皇だった人がいた?)
記憶の糸をたぐり寄せてみる。しかし、ハッキリとした記憶はついてこない。
「マテリア様、よろしければ今から街を案内しましょうか? 百年も時が経って、景色も大きく変わっていると思いますから」
思考にふけり始めたマテリアを、ロンドの声が現実に引き戻す。
せっかくの申し出を断るのはもったいないと、マテリアは大きくうなずく。
「頼むよロンド。いろいろ教えてもらえると助かるよ」
「はい。では行きましょう。ガスト様もビクター様もおつき合いください」
心なしか嬉しそうに声を弾ませ、ロンドは部屋の扉を開ける。
ずっと落ち着いた振る舞いだっただけに、年頃の少年らしい輝いた表情が、マテリアには微笑ましく見えた。
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