第5話 巻き込まれた旅人

   ◆  ◆  ◆



 漆黒の外套で闇に溶けこんだ男たちが、黒毛の馬にまたがり、林の木々をすり抜けて駆ける。


「チッ、まだ追ってきやがる」


 賊の一人が後ろを振り返り、舌打ちする。


「このまま例の場所へ行く! 追っ手が来たら返り討ちにしろ!」


 先頭を駆けていた賊の首領の男が叫ぶ。外套の上からもわかる、鍛えられた体。顔を見せずとも、尊大な雰囲気が一行を支配している。


 彼の威圧的な低い声は、他の男たちの士気を昂らせた。


「オウッ!」


 男たちが鋭く吼える。


 その様子を見て、集団の後方を走っていた男が、小さくため息をついた。


「おい、そこのお前。遅れているぞ!」


 隣を走っていた賊に急かされ、その男ビクターはあわてて前との間を詰める。

 顔に巻いた布の下で、ビクターは目を細めた。


(ったく、何をするつもりなんだ? この勝手に盛り上がっちゃってる野郎どもは)


 ビクターは視線を落として、己の手中を見る。そこには、ほのかに光る小瓶があった。


(この街に来たばかりだからなあ。サッパリわかんねぇ)


 気ままに旅をして、つい先日この街に着いたばかり。

 路銀が底をつきそうになったので、酒場で仕事を紹介してもらい、早速彼らに雇われた。

 男たちからは『目的地に行って、剣を振るってほしい』としか言われなかった。


(その結果がこれだもんな。教会へ盗みに入るなんて、聞いてないぞ)


 報酬が破格だとは思ったが、こういう理由だったとは。

 目前の金に飛びついた自分自身に、思わずビクターは頭を痛める。


(こんな調子だと、この街にはいられないな。このままトンズラか? はあ……活気があって楽しそうな街なのに)


 逃げ切ろうとする焦りより、何の娯楽も楽しまずに、この街を去るなんて……という口惜しさがビクターの心を占めていた。


「着いたぞ!」


 先頭から順に馬をとめていくと、賊の首領が一行に振り向き、怒号を発する。


「我らの宿願、ついに成就する時がきた!」


 返事代わりに、男たちの濁った咆哮が林に響いた。


(……うわー、まったく展開についていけねぇ)


 ビクターは隣の男を軽く肘で突き、注意をこちらに向けさせた。


「なあ。いまさら聞くのも気が引けるんだが、お前らの宿願って一体なに?」


「知らないのか? この集団の中心にいるのは、この国の王族の子孫。国に混乱を起こし、それに乗じて権力を取り戻すんだ」


 ビクターの目が点になる。


(……な、何だって?)


 この街は平和そのもの。

 圧力をかける王族が存在しないおかげで、人々の活気があふれている街。


 今まで多くの国に足を運んだが、ここまで恵まれている街はなかなかお目にかかれない。

 そんな貴重な街を壊そうだなんて、世の中わかってるのかと問い詰めたい。


(ようは、ないものねだりって訳かい)


 内心呆れるばかりだが、本音を言えば袋だたきにされる。

 ビクターが口を閉ざしていると、賊の首領がこちらを見据えた。


「おい、そこのお前。小瓶を渡せ」


 首領に呼ばれるのと、ほぼ同時だった。後方から声が飛んでくる。


「お、お願いです、小瓶を返してください!」


「全員そこを動くな!」


 少年の澄んだ高い声と、大地を揺るがすように低い、大きな男の声。周囲がにわかにざわついた。


 ビクターは目を凝らして追っ手を見る。

 そこには革の鎧を着た巨躯の男と、僧侶の衣を着た少年が馬を走らせていた。


(な、何だぁ? 僧侶のガキと、鎧を着たおっさんなんて、妙な組み合わせだな)


 思わずビクターは吹き出す。

 だが、ほかの男たちは殺気立ち、次々に追っ手を迎え撃とうとする。


 出遅れたビクターへ、賊の首領が声をかけてきた。


「お前、今のうちにあの槍の突き刺さっている場所へ、小瓶の中身をバラまくんだ!」


 首領が指さす先へ、ビクターは視線を送る。

 暗くてよく見えないが、かろうじて月光に照らされ、細長いものが数本地面に突き刺さっていることがわかる。


「あ、ああ、わかった」


 この小瓶の中身を、あの場所にかけろって……何をたくらんでいるんだ? 

 混沌を起こそうとする輩がやることだ、どうせロクでもないことだろうとは思う。


(んー……でも、どうするつもりなんだ?)


 先の不安や心配よりも、人の悪い好奇心が勝ち、ビクターは目的の地へ向かった。

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