#2 青い森の魔物【2-22】

 その時、人面の魔物が強く発光して。


「下がれ、ブラザー!」


「ディアス! アーくんが……!」


 アムドゥスとエミリアが叫んだ。


 ディアスは連なった剣の軌道を変えた。

自身の真下へと突き立てて。

いでその側面を蹴ってアーシュのもとへ。


 ディアスは着地の間際、アーシュの手を引いた。

華奢きゃしゃなその体を抱えると、着地の反動をバネに跳躍する。


 そして人面の魔物を中心に結晶が展開。

またたく間に拡がった結晶がディアスの左足を飲み込んだ。


  ギリっと歯軋はぎしりの音。


 ディアスは自身の左足へと視線を落とすと、すかさず左足から無数の刃を伸ばした。

内部から剣が結晶を貫き、足の拘束を解く。


「────アハッ」


 頭上から不気味な笑い声。


 ディアスが肩越しに見上げた先。

そこには笑みを浮かべる能面のような顔。

そして光をたたえるひづめがあった。


 ディアスの瞳の赤が強く燃えて。

ディアスはその背から巨大な刃を生み出す。


「アハハハハハ!」


 人面の魔物は光輝くひづめを振り下ろした。

ひづめとディアスの生んだ刃とがぶつかる。


 そして粉々に砕け散っていく刃。


 魔物は刃を結晶へと変質させながら、そのひづめを振り抜いた。

ディアスの胴が穿うがたれ、そこにより集まっていた小さな刃が散開。

結晶へと変わったそれらが周囲に散らばる。


 ディアスとアーシュは地面に投げ出された。

アーシュが痛みにうめきながら体を起こすと、かたわらには胴の真ん中から左脇腹にかけてを失ったディアスが横たわっている。


 守衛と少年少女達は絶句。


「ディアス!」


 エミリアは名前を叫びながら駆け出した。


 人面の魔物は横たわるディアスを嬉しそうに見下ろしながら、再びひづめを持ち上げて。


「……させるかよ」


 ディアスは倒れたまま、右手を地面に叩き付けた。

そこから地を這うように伸びる幅広の刃。

それが魔物の下へと潜り込んで。

いでその側面から長大な剣の切っ先がそそり立つ。


 人面の魔物は後ろに跳んで刃をかわした。

それに追いすがるように幅広の刃が後を追い、いくつもの刃が切り立つ。


 ディアスは左腕で上体を支えながら、なんとか体を起こした。

欠損した部位を再び刃が形成して補っていく。


 ギシギシと擦れあって刃がきしんだ。

 

「ディアス兄ちゃん。ごめん、おれのせいで」


 アーシュは地面を半ば這いながらディアスのそばに。

短剣大の刃が蠢く傷口を心配そうに見つめる。


 ディアスは小さくため息を漏らして。


「アーシュのせいじゃない。それに俺は魔人だ」


 顔を上げ、赤い瞳を覗かせる。


「心配はいらない。早く逃げろ」


「できない」


 アーシュはぶんぶんと首を左右に振った。

ディアスの脇に右腕を回すと、ディアスを支えて立ち上がろうとする。


「やめろ。早く逃げろ」


「嫌だ!」


 アーシュはディアスの体を持ち上げて。

ディアスの手が地面から離れると、魔物を追っていた刃が消える。


 人面の魔物は再びディアスを狙って駆け出した。

ひづめが地面を蹴る音が断続的に響き、その結晶質の体が迫る。


 エミリアは人面の魔物に飛びかかった。

魔物の体に突き刺さっている剣を抜くと、渾身の力を込めて剣を振るう。


 だが、その剣は弾かれて。


「得物が軽い……!」


 エミリアは魔物を蹴って飛びすさると、再び魔物目掛けて駆け出した。

刃に勢いを乗せて再び剣を振るう。


 人面の魔物は片目だけをエミリアに向けた。

その片側の顔だけが気だるげに表情を曇らせる。


 人面の魔物は尾を次々とエミリアに突き出した。

鋭い切っ先がエミリアに迫って。


 エミリアは剣を振り抜いて魔物の尾を切り落とすが、続け様に襲いかかる尾の連擊を受けて剣を弾かれた。


 だがエミリアは魔物に肉薄。

迫り来る尾を掴むと身をひるがえし、尾を全力で引いた。


 ガクンと魔物の体が一瞬後ろに引かれて。


 ディアスはアーシュに支えられながら後退していた。

欠損した部位に手を当てると、その顔をしかめて。


「修復が、遅い……」


 エミリアの方へと振り返ったその顔には明らかに焦りが浮かんでいる。


 ディアスが守衛と少年少女達のいた方向に視線を向けると、すでにその姿はなかった。


「みんなは先に村に行ったみたいだね」


 ディアスの視線に気づいてアーシュが言った。


「お前も逃げろ」


「おれにだって、まだできる事があるはずだよ」


「その腕でか?」


 ディアスはアーシュの左腕を見た。

上腕の中程から切断された傷口にはきつく布が巻かれていたが、今も血が少しずつ滴っている。


「『その刃、風とならんソード・ウィンド』で援護もできるし、『その刃、竜巻の如くソード・サイクロン』だって使える。剣の魔力さえ溜まればソードアーツだって」


「…………ソードアーツ、か」


 ディアスは少し思案するとアーシュに視線を向けた。


「頼みがある」

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