#2 青い森の魔物【2-5】

「エミリア、やめておけ」


 ディアスはすかさず制止の声をあげた。


「誰だこいつ」


「冒険者か?」


 少年少女はエミリアを、次いでディアスに視線を向ける。


「どうしてあんなに酷いこと言えるの? アーくん、あんなに頑張ってるのに」


「頑張ってあの程度だから言ってるんだよ。なぁ?」


 一人の少年は周りに同意を求めて。


「弱いやつは弱いやつなりに身の丈にあった人生ってやつを考えるべきだと思うのよ」


「……ふーん?」


 少年の言葉を聞いて。

頭巾に隠れたエミリアの瞳は急速に熱を失い、その眼差まなざしは氷のように冷ややかになった。

さげすむように少年を見る。


「君も弱者がどうとか言うんだ。でもさ、そういう事を言う人に限って弱いんだよねー?」


 けけけけとエミリアは少年を嘲笑あざわらった。


「ある人の言葉を借りるなら、君は弱者。狩られる側。弱者が強者のふりをしてるのって身の丈にあった人生ってやつとは違うんじゃない」


「んだと?」


 少年は背中に背負った長剣の柄を握る。


「……ディアス、剣返す」


 エミリアは両手に抱えていた剣をディアスの方に放り投げた。


「雑だな」


 ディアスは剣を次々とキャッチすると鞘を固定するベルトに鞘をはめていく。


「あの人、ずいぶん剣持ってますね。僕知ってますよ。武器をたくさん持った冒険者はソードアーツに頼りきりの下級冒険者だって」


 一番年下の少年がディアスを見て言った。


 少年の言葉ははっきりとディアスに届いていたが、ディアスは顔色1つ変えない。

ただ一瞥いちべつだけ返すとそっぽを向く。


「おまえら、やめないか! 客人に失礼だろう」


 守衛がエミリアと少年少女の間に割って入った。


「エミリアもやめておけ。怪我をさせたら可哀想・・・・・・・・・・だ」


 落ち着いた声音でディアスが言う。


 だがそれを聞いたアムドゥスはエミリアの耳元で囁いて。


「ケケ、あれけっこぉ怒ってんぞ。んでもって────」


「ケンカの許可、だよね」


 エミリアはずいと守衛の前に出た。


「守衛さん、心配しないでも大丈夫だよ。あたしちゃんと手加減するから」


「てめぇ!」


 少年は剣を抜き放ち、エミリア目掛けて振り下ろす。

すかさず守衛は自身の剣の柄を取って。

だが守衛が剣を抜くより早くエミリアは跳躍ちょうやく

少年の背後に回り込むと、股間を蹴りあげた。


「────っ!!」


 少年は声にならない叫びをあげると剣を取り落とした。

両手で股間を押さえたまま転げ回ってもだえていて。


「けけ。あれ、もしかして当たっちゃった? 小さくて当たったの全然分かんなかったー」


 少年はもだえたままエミリアを睨んだ。


「あなた、なんて酷いことするの」


少女がエミリアに言った。


「酷いことをしたのはあたしじゃなくてこいつでしょ」


 エミリアはふんと顔をそむけた。

だが周囲の村人達の視線に気付くと、守衛さんに向き直る。


「ごめんなさい。騒ぎになっちゃった」


「……こっちへ。ひとまず俺の家に案内する」


 守衛のあとを追ってエミリアとディアスが続く。


「覚えてろよ」


 もだえながら少年は言って。

少年は遠ざかっていく2人の背中を見えなくなるまで睨み続けた。







 パタンと扉が閉じられて。

守衛は家の扉を閉じるなり腹を抱えて笑い始めた。


 その様子にディアスとエミリアは呆気あっけにとられる。


「お嬢ちゃん、さっきのは傑作だったよ」


 守衛はそう言うとぽんぽんとエミリアの肩を叩いた。


「実はあいつらには俺も手を焼いててな。お嬢ちゃんがキンタマ蹴りあげたのがリーダー格なんだが、大人の言うことを聞きやしない悪ガキだよ。あの中だと一番腕っぷしは強いし、持ってる剣もなんなら俺のよりクラスが上のいい武器を持ってるんで調子に乗りまくり」


 守衛は大きなため息を漏らして。


「アーシュはちょっと訳ありでな。体も華奢きゃしゃだし、泣き虫なところがあるから格好の虐めの標的にされてるんだ。昔は馬鹿にされる度に酷く落ち込んでな。だが最近はめげずに頑張ってるよ」


「諦めたらそこで終わりだからな」


ディアスが言うと守衛はうんうんとうなずいた。


「一年前にここを訪れた冒険者から、同じように虐められてたやつが努力で勇者にまで上り詰めた話聞いてからは前以上に頑張るようになった。おかげで無理して身動きとれなくなったアーシュを探しに森に入る事もしょっちゅうになったが」


 守衛は笑い声をあげる。


「にしても意外だな。にいちゃんは虐められてたようなタイプには見えねぇが」


 守衛はディアスを見ながら言った。


「あんた、白の勇者だろ?」

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