#2 青い森の魔物【2-4】

「ディアス、泊めてもらおうよ」

  

 エミリアはそう言うとディアスの横に並んでつま先立ち。

ディアスがすかさずエミリアの方に体を傾けると、エミリアはそっと耳打ちして。


「村の人に話を聞いたらディアスの仲間の事、もっと何か分かるかもよ。気になってるでしょ」


 エミリアはディアスの返答を待たずに、くるりと守衛やアーシュの方に振り返った。


「あたし歩き通しで疲れちゃったー。あたし泊まっていきたいー」


 そう言いながら守衛の背後の方に回り込むエミリア。


「ほら、お嬢ちゃんもこう言ってる。今夜は泊まっていきなよ。最近森の様子もおかしくなってるしな」


 守衛の言葉にディアスは反応する。


「森の様子がおかしい……?」


「ああ。それで一度ギルドの方に連絡して調査をしてもらおうと思ってたとこなんだよ。それまでは安全のために不用意に村を出ないようにって話になってたんだが────」


 守衛2人の視線がアーシュに注がれて。


「このわんぱく坊主は連日、村を抜け出してはこうやって傷だらけになって帰ってくんだ。どんだけ言い聞かせても聞きやしない」


 守衛は肩越しに腕を伸ばし、おぶってるアーシュの頭をわしゃわしゃとでた。


「さて、詳しい話は後で。中に案内するよ」


 アーシュをおぶった守衛が左の門に備え付けられたくぐを通って村の中へ。

ディアスとエミリアもそのあとを追う。


 石垣いしがきの中には木造造りの平屋建ひらやだてと石レンガで造られた2階建ての家が立ち並んでいた。

門から村の中心までまっすぐ道が伸び、その中央には小さな泉がある。


「あ、おれ降りるよ」


 アーシュは守衛の背中を押して降りようとしたが、守衛はアーシュの両足をしっかり脇に挟んでいて。


「降りるって、足怪我してんだろ。おとなしくしてろ」


「大丈夫だよ。おれもう歩けるって」


「駄目だ」


「えー」


 アーシュは顔をしかめた。

その様子を見ていたエミリアは首をかしげる。


「アーくん、なんで嫌がるなの? さっきは歩くの痛くて泣いてたくらいなのに」


「な、泣いてないし!」


「けけけ、嘘つきー。あたしちゃんと見たもん」


「なんだアーシュ、お前また泣いたのか。ほんと昔から泣き虫だな」


 守衛はそう言うと笑い声をあげた。


「泣いてないってば!」


 必死に否定するアーシュ。

そのやり取りを見ていたディアスは小さく笑い声を漏らす。


「あ、ディアス笑った。珍しいね、ディアスが笑うの」


 エミリアはディアスの顔を覗き込みながら言った。


「別に珍しくもないだろ」


「誰かさんはもっとよく笑うのにねー」


 エミリアは頭巾の中に潜むアムドゥスを横目見る。


「あんな口癖みたいにいちいち笑っててたまるか。てかエミリア、前から気になってたけどその笑い方似合ってないぞ」


「えー、うそー」


 エミリアはわざとらしいオーバーリアクションで驚いて見せた。

次いでけけけけと笑う。


「あたしはけっこう気に入ってるんだけどなー。そういうディアスもクククって笑うの似合ってないよ?」


「別に好きでこんな笑い方になってない」


「あれ、じゃあ昔は笑い方違ったの?」


「ケケ、そういや俺様と旅にするようになった頃は笑い方違ってたかもなぁ」


 アムドゥスが小声で言った。


「あれ、もしかしてディアスも笑い方うつった?」


「うつってない」


「親しい人の口癖がうつるってやつじゃ」


「あんなのと親しくなった覚えはない」


「なんだかんだ言って家族みたいだなって思う時あるよ?」


「エミリアは俺の顔にくちばしでもついて見えるのか」


「……うん」


「嘘だろ」


「嘘だよ」


 エミリアはけけけと笑う。


「ディアス兄ちゃんとエミリアって他にもパーティーの人がいるの?」


 2人のやり取りを聞いていたアーシュがたずねた。


「家畜がいる」


「ご主人様がいるよ」


「あいつは非常食だ」


「ディアスは下僕1号であたしは下僕2号らしいよ」


「んん……?」


 ディアスとエミリアの言葉にアーシュは困惑する。


 その時、先の小道から話し声が聞こえてきて。


「……お、アーシュじゃん」


「アーシュガルド、まーたやられたのか」


 小道から年格好もバラバラの5人の少年少女が通りかかった。

その集団を前にしてアーシュは恥ずかしそうに顔を背ける。


「いい加減諦めろよ。お前冒険者には向いてねぇよ」


「アーシュくん、大丈夫? やっぱり無理して冒険者になろうとしなくてもいいんじゃないかな」


「アーシュさん、今度練習手伝ってあげましょうか。危なくなったら助けますよ。その辺の雑魚ざこならもう僕1人でも狩れますし」


「いいのかアーシュ、年下に守ってもらって」


「アーシュガルドは俺らのお姫様だもんなー。守ってあげないと」


「泣き虫で女みたいな顔して、ほんとに女なんじゃねぇの」


 一人の少女を除いて周りの4人はゲラゲラと笑い出した。


「お前らなぁ────」


 守衛の言葉を遮って。

アーシュは強く守衛の背中を押すとその背から飛び降りた。

危なげに着地すると一目散に走り去る。

その間際、エミリアはアーシュが泣いているのを見た。


「足怪我してたんだろ。気を付けろよー」


 少年の一人がヘラヘラしながら言った。


「……アーくん、泣いてたよ」


 エミリアは少年少女達に向かって歩いていって。

その頭巾の下の赤い瞳は怒りに燃えている。

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