#1 最小展開域のダンジョンマスター【1-6】

「今A難度のボスって聞こえたか……!?」


「キールさん! あんたA難度攻略者だろ!? どうにかしてくれよ!」


「キールさん!」


「キールさん、お願いだ!」


 冒険者達はキールに詰め寄った。


「まぁ、無理だろうな」


 ディアスは頭上の異形のスケルトンを見上げながら言った。


「A難度攻略者ってのはA難度の魔宮を征討せいとうしたパーティーの1人って意味だ。ホントにあれがA難度相当のボスならあのおっさん1人じゃ相手にならない。……アムドゥス」


「あいよ、ブラザー」


 アムドゥスはディアスの呼び掛けに答えると、額の瞳に意識を集中させた。

頭上のスケルトンを捉えると、エメラルド色の瞳の中に虹色の光が幾何学的きかがくてきに走る。


「『創始者の匣庭ディザイン・ヴェルト』による観測を完了。魔宮『染血の屍塚シューデル・ブルート』のボス。実数によるレベル判定は68、あのおっさんが言う通りA難度相当のボスだな」


 アムドゥスが観測結果を告げた。

それにディアスはうなずいて。


「高難度の攻略は黒骨の魔宮以来だ」


「ケケケ、いい機会じゃねぇか。お前さんが魔人としてどこまで力をつけたか試すいいチャンスだ。ここで2桁のレベルに返り討ちにあうようじゃ魔人ディアスの実力は白の勇者サマだった頃に完全に劣る事になる」


 アムドゥスはフードの陰から顔を出すと、ディアスの顔を覗き込んで続ける。


「分かってるよなぁ? お前さんはまだ死ねねぇんだ。ここには幸い手負いの冒険者がわんさかいる。いざというときはいい加減くだらない意地を捨てろよ、ブラザー?」


 アムドゥスの目がディアスを凝視して。

ディアスは頭上のスケルトンからアムドゥスに視線を移すと、その顔をわしづかみにした。


「俺は負けるつもりはないよ。いいから引っ込んでろ」


 そう言ってアムドゥスをフードの奥に押し込む。


「ケケケ、期待してるぜぇ?」


 耳元でアムドゥスがささやいた。


「さてと『キールさん』? 俺のしつけはしなくていいのかい」


 魔人の男はへらへらと薄笑いを浮かべて言った。

その嘲笑あざわらうような笑みを前に、キールは怒気をにじませながら言う。


魔人風情まじんふぜいがこの私を愚弄ぐろうするとは……。そして何が俺のダンジョンにボスはいない、だ。つまらん嘘をつきおって」


「嘘? 俺は嘘はついてない」


 魔人の男は首を左右に振って。


「まぁ言っちまうとボスどころか雑魚ざこもいないって話なんだけどねー。俺の魔宮は今あんたらが立ってるこの白い部屋だ。骸骨がうじゃうじゃ湧いてた上の洞窟はこいつの魔宮」


 魔人の男は隣に立つ少年の頭をポンポンと叩く。

次いでキールの背後に視線を向けて。


「さっきは矮小わいしょうとか言って悪かったなー。言うて俺の魔宮もそんな広くないんだわ。こいつのボス部屋と大差ないくらいしか展開域てんかいいきはない」


 魔人の少女に向かって魔人の男が言った。


 視線を向けられた魔人の少女は一心不乱に床を叩いていて。

その拳からは血がにじんでいる。


「お前、何をしている……?」


 キールはそこで魔人の少女の様子がおかしい事に気づいた。

剣を鞘に納めながら魔人の少女に駆け寄ると、その腕をぐいと掴む。


「小娘! ふざけている暇があったらとっとと魔宮を生成して戦え!」


「…………」


 魔人の少女はキールの言葉に答えない。

困ったような眼差しでキールと魔宮の床とを交互に見る。


魔人風情まじんふぜいがどいつこいつも! この私を馬鹿にしおって……!!」


 キールは青筋を立てながら怒鳴った。


「やめてやれよなー」


 魔人の男はへらへらと笑ったまま言った。


「無理だよ、無理。その女の子は魔宮を展開できない」


「馬鹿な。こいつのダンジョンの展開域てんかいいきは最小の1。ワンフロアの中でも最低の広さに設定されている。このダンジョンの展開を阻めるのはあのおりくらいな──」


 キールはそこで言葉を切ると、周囲の空間に視線を走らせた。

そしてハッとすると驚きに目を見開く。


「まさかこのダンジョンはこの鎖やあの檻と同じ、侵食耐性しんしょくたいせいに特化した力を持っているのか?!」


 驚愕をあらわにキールが叫んだ。


「そゆこと。魔人飼いが流行りだしてるのは魔人の間でも噂になっててね。その対策で『魔結晶アニマ』のリソースを最低限の展開域てんかいいきに振ったら残りを侵食耐性しんしょくたいせいに全振りしてるわけ」


 魔人の男に続いて魔人の少年が言う。


「僕が魔宮を生成して冒険者を迎え撃って、飼われた魔人が来たら隠しておいたダンジョンに落として相手の魔宮を無効化する。ついでに上の魔宮の主である僕は下に隠れてお兄さんには上で待機してもらう」


「それで観測隊によるダンジョンの難度判定を誤魔化したのか」


 キールは舌打ちと共に言った。

それに魔人の少年がにこにこと笑いながら答える。


「うん。ダンジョンの難度判定は入口からスキャンしてその広さと魔物の傾向、奥にいる魔人の強さから総合的に判断されるからね。弱々なお兄さんの情報を混ぜることで実際の難度よりも遥かに低い判定が出てくるんだよ」

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