プロローグ 勇者の敗北【0-4】

「……いや? 一緒に排出されたってよりは、強制転移させられたような感じだったか……? まさか!?」


 アムドゥスは独り言を呟くとディアスに視線を向けた。

その先にはぼろぼろの剣を握り、投擲とうてきの構えを取るディアスの姿があって。


「わー! たんまたんま!」


 アムドゥスはディアスを刺激しないよう、ゆっくりとその目の前まで降りていった。


「落ち着けよ、ブラザー」


 気さくな調子で話しかけるアムドゥス。


「俺の家族にくちばしのついた奴なんかいないよ」


 だがディアスはアムドゥスとは対照的に冷ややかだった。

剣の切っ先をアムドゥスに突きつける。


「いいや、今や俺様がお前さん唯一の家族と言ったって過言じゃないぜぇ? なんせお前さんはもう人間じゃない、魔人なんだからよ。今やお前は天涯てんがい孤独。頼れるのは俺様しかいねぇ」


「まるで俺に力を貸すみたいな口ぶりだな」


「おうよ」


 アムドゥスは翼で胸を叩いた。

ディアスは怪訝けげんな面持ちでアムドゥスにたずねる。


「お前が俺に手を貸す理由がわからない。黒骨の魔王に見限られて捨てられたからか?」


「それは違うな。ネバロが俺を捨てたわけじゃない。ただ俺様が契約してたのがネバロ本人じゃなく、ネバロの魔結晶アニマだったってのが問題だ」


 アムドゥスは翼でディアスの胸を指した。


「そいつは今お前さんの胸の中にあって、俺はそいつから一定以上の距離を離れる事ができない。だからダンジョンの外に放り出されたお前さんのそばに強制転移させられちまったってわけだ」


「魔王の使い魔を生かしておくとでも?」


 アムドゥスににじり寄るディアス。

そして後ろに後ずさるアムドゥス。


「待て待て待てってぇ! なぁ俺様はブラザーの役に立てるぜ? 俺様のは役に立つ」


 アムドゥスはそう言うと額にある第3の瞳を示して。


「例えば今装備してる剣の名前と能力、お前さんの今のステータスと、武器を装備したあとのステータスの上昇値がさっきまでと比べて激減してるのも俺様にはお見通しだ」


 アムドゥスの言葉でディアスの歩みがぴたりと止まった。


「しっかし、ひでぇもんだなぁ。そのステータスを見るにお前さんもどういうわけかネバロと同じ魔宮生成武具まきゅうせいせいぶぐを装備できる魔人になった。だってのに、もとから大したことのなかった基礎ステータスは低下してやがる」


アムドゥスは肩をすくめると、いで意地悪く笑って。


「ケケ! どのみちお前さんはもう勇者としては戦えねぇ。そして魔人としての戦い方を知らねぇんだ。どうせまたネバロんとこに挑みに行くんだろ?」


 アムドゥスはばたくとディアスの肩に止まった。

ディアスの顔を覗き込みながら続ける。


「だったら俺様の助力をありがたく受けた方が身のためじゃないか? 俺様としても道中の雑魚ざこにお前が殺されて魔結晶アニマが砕かれたら死活問題だ。ネバロに挑んでお前がやられるのは一向に構わんが、少なくともそれまで俺様はお前の力になる。悪くない話だろうが」


「…………」


 ディアスはしばらくアムドゥスを睨んでいたが、はぁと大きくため息を漏らして。


「わかった」


「ケケケ! そうこなくっちゃ! これからよろしく頼むぜぇブラザー」


 アムドゥスはそう言うと握手を求めて翼を差し出した。

だがディアスはこたえない。

ディアスは周囲に散開さんかいした剣とその破片を拾い上げると、まっすぐ黒骨の魔宮に向かっていく。


「おいおい、どこに行くつもりだぁ?」


 アムドゥスがいた。


「仲間のところに行く。どれだけ気を失ってたかは分からないけど、まだ魔宮を脱出できてないはずだ」


「ケケケ。やめときな、ブラザー。今のお前さんは冒険者としても魔人としても中途半端な力しか使えねぇ。道中に魔物と遭遇した時点で確実に殺されるぜぇ? それに行ったところでおそらく意味はねぇしなぁ」


 アムドゥスの言葉にディアスは眉をひそめる。


「どういう意味だ」


「ケケケ、お前さんがたはすでに大きく消耗してた。さらに主力であるお前さんが時間稼ぎのためにパーティーを抜けた時点で戦力はそこからさらに半減。俺様も最後までてたわけじゃねぇが、お前さんが魔宮にまれる時にはすでに半数が死んでたぜぇ? ケケケケケ」


 アムドゥスの言葉にディアスは顔を歪めた。

すぐにその表情は平静を装うが、その拳は強く、強く握り締められている。


「確かめないと分からない」


 わずかに震えた声でディアスが言った。


「ケケ、確かめる前にお前さんは今度こそ死ぬぜぇ?」


 アムドゥスが意地の悪い笑みを浮かべる。


「…………」


 ディアスは足を止めた。

無言のまま。

無表情のまま。


 アムドゥスは満足げにうなずいて。


「そうだ。それでいい。決意を新たに。あるいは復讐に燃えて。ケケケ、どっちでも俺様はかまわねぇぜぇ。俺様をネバロのところに連れてってくれ。だがまだ、今はその時じゃねぇ」


 アムドゥスが言った。


「ああ」


 ディアスは呟いて。


「俺は必ず魔王にもう一度挑む。そして俺の心臓を取り戻して、仇を討つさ」


 赤く染まった瞳が強く発光し、強い輝きを燃やした。

その紅蓮の瞳で真っ黒な魔宮を睨むと、ディアスはきびすを返して歩き出す。


「────あと、重いから降りろ」


「いてっ」


 ディアスは肩に止まったアムドゥスをはたき落として。


「腹が、減ったな」


 いでぽつりと呟いた。


「ケケ! 手早く旅人でも見つかると楽なんだがぁ」


 アムドゥスが言うとディアスは目を伏せて。


「俺は……人は喰わないよ」


 アムドゥスは羽ばたくと、性懲しょうこりもなくディアスの肩にとまった。

ディアスの顔を覗き込みながら言う。


「ブラザー、人喰いをやめた魔人の末路は悲惨ひさんだぜぇ? あげく人間様にも大迷惑だ。目的があんなら多少の犠牲には目をつむるのが賢い大人ってもんじゃねぇか」


「知るか。俺はまだ子供だ」


「ケケケ、あいよ。まぁ、好きにやってくれや。死なない程度になぁ」


「……あと降りろよ」


「ケケ、嫌なこった」


 ディアスは仇敵きゅうてきの使い魔を肩に乗せたまま、黒骨の魔宮をあとにする。


 魔力なしの落ちこぼれから成り上がった【白の勇者】。

そしてその身を人喰いの魔人へと変えられた、堕ちた勇者の物語が始まる。

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