第1話 再びの悪夢

・群馬県南部の赤城山付近の山脈地帯


兵士:「よし、今日はここまでだ。自分のテントに戻って体を休ませておけ、

明日も早いぞ」


山田:「………8時起きでしたっけ? 分かりました、お疲れ様です」


森林を伐採した大きな更地に、無数の迷彩柄のテントが並んでいる。

軍用キャンプというやつだろう。

3日前に狩矢崎市が滅びる前、事件発生時に自衛隊主体で救出作戦が行われていた。


救出された生存者や、怪我人は一時的にここに集められる。

つまりここらの山岳地帯は、今や軍が主導権を握っている、という事になる。


医療用と書かれたテントから山田太郎が出て来る。

彼は3日前の事件の生存者であり、目撃者でもあった。事件の首謀者だった

黒田総一郎と、接触をした人物の一人だ。


だからだろう、一般的な生存者として扱われず、尋問を受けた。

それだけではなく、色々な負傷を負いながらの生還。

寄生菌に感染の疑いを向けられたのだ。

ワクチンを打っているとはいえ、確固たる安全の為に、様々な検査を夜通しで

行われた。今日の検査は終わり、山田は解放された。


時間は12時に回ろうとしている。


山田はフラフラになりながらも、眠い目を擦った。大勢の自衛隊員達とすれ違う。

その多くは物珍しそうな、目付きで見ている。パンダになった気分だと感じた。

並べられて停まっている、73式大型トラックの横を素通りし、自らのテントに

入っていく。中ではもう一人の生存者である、落合統治が本を読んで待っていた。


落合:「あ、山田さん終わったんですね? お疲れ様で~す」


山田:「落合さんもお疲れ様です。お互い大変ですね………」


落合:「まぁ仕様がないですよね、自衛隊は国を守るのが仕事ですから、危険な芽は早々に詰むが得策。ま、被害者としてはたまったもんじゃないですけど……」


山田:「…………。 ……こんな思い、宮部さんもしてるのかな………」


山田はふと、一緒に生還した宮部雅の事を思い描いていた。


落合:「彼女はもっとキツいでしょうねぇ。何せ事件を起こした黒田の姪、

身内なんですから。 尋問やさらに取り調べとか待ってると思います」


山田:「………」


落合:「山田さん、変な事考えてません? 相手は軍ですよ、

僕達に出来る事はありません。ただ待ちましょうよ、彼女の無実が証明されるまで。

僕達は彼女が何も悪くないって、知っているのですから」


山田:「………それもそうですね、ただ待ちましょう」


そう言って自分の寝袋に倒れる。ふと落合が持っている本に目がいった。


「………何で、ダンテの神曲なんて読んでるんです?」


落合:「あ、これですか? あのおっさん達を馬鹿にしてたんですけど、

読んでみると案外面白くて。中二病が滾るのなんの」


山田:「へぇ~そうですかぁ~……」


落合:「ちょっと、僕の話題になったらテンション低くなるの止めてもらえます?

ねぇ聞いてる?」


全てがどうでもよくなった。


山田は相槌を打つのを止め、眠気に襲われるまま

目を閉じた。落合がまだ何か文句を言っているようだが、

疲労のピークが来た山田には、どうでもよくなっていた。


山田はそのまま微睡みの、中へ落ちていった。




?:「…………お………ろ…………ん……」


暗闇の中から声が聞こえた。


?:「………おき………や、くん……」


山田:「う~ん、不明………英語………」


何かを言われている。それは分かったが、理解出来なかった。

理解するにはまだ脳が、活動していない。

だが次の叫びで、意味不明な文字の羅列が、言葉となってはっきりと分かった。


?:「山田君、起きろ!!」


山田:「ふぇあ! 朝?! 8時?! 寝過ごした?! …………あれ?大佐?てかまだ夜じゃないっすか……」


跳ね起きたら、迷彩服を着た三木秀一がいた。彼もまた生存者の一人。

山田は寝ぼけ眼で、側に置いてる時計を見た。深夜1時を過ぎていた。


三木大佐:「夜とかそんな事を言っている余裕は無いぞ、見ろ!」


三木がテントの入り口の布を上げた。山田は外の様子を眺めた。


キャンプ場は地獄絵図に変わっている。数張のテントが燃え、自衛隊員達が

逃げ惑い、銃声が鳴り響く。その混乱の中、犬らしい動物が数匹。

自衛隊員達に噛み付く。


中には錯乱なのか、仲間同士で争い、殺し合っている様子も伺える。


山田:「な、なな何だよアレ!何ですかアレ!何が起きてるんですか?!」


三木大佐:「説明は後だ!落合君を起こして、必要な物だけ持って出るぞ!」


山田:「はいっ!! ……落合さん起きてください、起きて!」


落合:「むにゃぁ~ん、………無理だよぉ~、食べられないよもう~……」


山田:「起きろ!死ぬぞ!!」


落合:「ひえぇ!死ぬの?食べ過ぎで?! ………あれ?」


山田:「外が大変です!荷物持って出ましょう!」


そう叫んで山田はOD作業服の上に、ワインレッドのジャケットを羽織り、

OD作業服だけの落合とテントを出た。


出た直後、何かが焦げた異臭と、血の臭いで鼻孔を刺激し、顔をしかめた。

この臭いを知っている。3日前に感じたばかりだと山田がそう考えた。

その時だった。目の前に何かが着地した。


ノーミン:「ギキー!」


人間の握り拳くらいの、大きさのある灰色の寄生虫が威嚇した。

かと思ったら即座に、落合が蹴り飛ばした。

蹴り飛ばされた寄生虫は、近くの火の中に落ち断末魔を上げた。


落合:「わー!わー!わー! 反射的に蹴っちゃったけど、今のって

アレだよね?!」


山田:「ノーミン………」


寄生虫ノーミン。黒田によってノミとダニ(顔ダニ)を合成して、造り出された

生物兵器。ノミと似ているが、凶暴性に優れ寄生能力に長けている。

寄生菌なるものを体内に宿し、寄生した対象に細胞レベルで変異を促す。

寄生された者は、繁殖を繰り返す為だけの生きる屍と化す。


黒田の研究所内で培養されていたが、外部に漏れ出しそれにより、

軍によって封じ込め作戦が決行され、滅びたはずなのだ。


ヒューミン:「ぅ、うう~………ぁああ~……」


落合:「いや~!夢だと言ってぇえーー!!」


山田:「ざ、残酷なようだけど現実!!」


ノーミンによってモンスターにされた人間の成れの果て。

灰色模様の肌、丸い大きな赤い目、鋭い爪にノミの足、全てが人外である証だ。


鼻の付け根から生やした、蚊の口ようなを針で人を襲い寄生する。

山田達に気付いた、ボロボロの迷彩服を着たヒューミンが、

両手を広げて襲って来る。

しかし襲う甲斐も虚しく、三木の銃弾を頭に受け力なく地面に倒れる。


三木大佐:「2人ともこっちだ!走れ!」


落合:「はい!よろこんで走り続けます!!」


山田:「あ、はい! ………?」


死んだヒューミンの首筋に、注射器の様な物を、一瞬だけだが山田は

見た気がした。だが生き延びる為に逃げた。

落合の後を追い、テントから離れさらに森の奥へ。


武器や装備に乏しくなく、かつ襲われ逃げる事に専念していなければ、

山田はその後の出来事を見る事が出来ただろう。

誰かが死んだヒューミンに近づき、首筋に付いていた注射器を、拾い上げる人物を。


森の中をひたすら走る。


山田:「はぁはぁ、大佐! 女性用軍キャンプにいる、宮部さんとは連絡

取れたんですか? ここがこうなってるってことは、きっと向こうも………」


三木大佐:「無線及び通信機器が、破壊されていた! 連絡不能だ」


落合:「マジかよ! 一体誰がそんな事を!」


三木大佐:「分からん。しかし裏にいるのが悪意ある人物、であのは確かだ。

我々をモルモットのように、扱っているのだとすれば、到底許し難い行為だ!」


悲鳴が近くで木霊した。山田は辺りを見渡した。一緒に逃げていた兵士達が、

次から次へと犬の様な生物に、補食されていく。

抵抗も虚しく、飛びかかられ首に噛み付かれ、そのまま息絶える。


山田:

「寄生犬………」


寄生犬またの名をケルベロス。誰が呼んだか地獄の門番。


ノーミンに寄生され、人を容赦なく襲う。外見は傷だらけの血塗れ、腐敗も著しく

骨まで見える部分も。犬特有の俊敏性や、耐久力は衰えず優れ、並の人間では

武器無しでは抵抗出来ない。


そんなケルベロスが大佐達の目の前に、威嚇しながら現れた。


ケルベロス:「ガウ!ガルルル!」


唸った後大佐目掛けて飛びかかった。苦もなく大佐は頭を撃ち抜き、地面に倒れた

ケルベロスを捨て置き、走る事を再開した。


落合:「………あれ?」


山田:「どうしました?」


落合:「いえ、さっきの犬……。ケツの当たりに注射器の様な物が、見えた気が

したんですけど………」


山田:「…………」


先頭を走り何匹かのケルベロスを、撃ち殺していた大佐が、立ち止まり

空を見上げた。上空には軍用ヘリの姿があった。


三木大佐:「合図を送れ、ヘリに乗るぞ!」


そう言って大佐はヘリに向けて、両手を振る。

山田達二人も大佐に習い、必死に手を振った。

ヘリが合図に気付いたのか、ライトを照らしホバリング後、下降して来る。


コレで助かった、誰もがそう思った。

しかし直後、カラスが大量に集まり、ヘリを覆い尽くした。


レイブン。

寄生または寄生された、死体を突っついた事により、二次感染したカラスの

成れの果て。そんなカラス達に視界を遮られ、操縦不能となったヘリは、バランスを崩したまま近くの森林に墜落、爆発炎上した。


落合:「クソ! あのヘリ、カプコン製ヘリかよ!」


三木大佐:「……化け物共が火に気を取られている間に、さっさと逃げるぞ!」


叫び、再び走り出した。


少し広い所に抜けた。草木が無く手入れが施されているようで、

軍用トラックが数台置かれていた。


落合:「ヒュ~、まさかM3ハーフトラックを、お目にかかれるとは

思わなかったな~。 それにこれはキャリバー50じゃねぇか!!

本物見れるとか最高!」


山田:「色んな名称分かるとは、流石銃器マニアですね。と言いたい所ですが、

そこまでテンション高いと引きますよ……」


三木大佐:「いいからさっさと乗れ、俺が運転する。落ちるなよ!」


二人を荷台部分に乗せ、三木は鍵を見つけエンジンをかける。


一気にアクセルを踏み、発進した。

気付けば生き残った兵士達も、他二台の軍用トラックに乗り並走している。

隣りを走るトラックの荷台から、兵士が話しかける。


兵士:「よう兄ちゃん達!危機一髪だったな!」


山田:「お互い様でしょう!」


落合:「こんな夜中から訓練って、軍隊って本当にハードワークですな!」


兵士:「ハッハッハ、違ぇねぇ! 流石の俺も今日は参るぜ!」

兵士2:「いつもこんな感じじゃなくて、もう少し優しい訓練だけどな!」


山田:「重火器を使う事が、優しいとは思えませんけどね!」


兵士:「言うねぇ~! あんた確か狩矢崎の生き残りだよな? いい根性してるぜ! 気に入ったぞ、名前は?」


山田:「山田太郎!」


兵士2:「古すぎて面白い名前だな」


山田:「名前通り、面白すぎる人生送ってますよ!」


兵士:「俺は相沢だ!愛って漢字は入ってねぇが、愛する家族がいるぜ!これからよろしくな!」


荷台に載っている者同志だからか、話が会い意気投合する。

相沢と名乗った兵士は親指を突き立てた。

その直後相沢と、相沢と一緒に乗った兵士の首が落ちた。


落合:「ぎゃぁあーー!!何これ?どう事だ?!」


山田:「イタッ!!」


腕に傷みが走り抑えた。見ると横文字に、腕が少し切れていた。

何があったのか理解出来ない顔で、山田は落合を見た。


落合:「え?何で?!何で切れてんの? かまいたちの仕業?」


山田:「そんな馬鹿な事……」


言い終わる前に隣りから、大きな音が聞こえた。

隣りを並走していた軍用トラックの、後輪が二つともパンク。

そればかりか荷台部分が、真っ二つになり、制御不能になった軍用トラックは、

運転手諸共大クラッシュし、爆発炎上する。


あっけにとられた山田達をよそに、自分達が乗っている運転席の上に

何かが着地する。振り向くとそれは2メートルはあろうかという、巨大な

カマキリがいた。


モスグリーンの体、赤く光る丸い目、鋭く尖った死神の鎌、ボロボロの体から

垂れ流される体液、巨大な昆虫だ。


山田&落合:「「なんじゃこいつはぁぁあーーー!!」」


マンティス:「キシェェエエーー!」


瞬時に落合が、キャリバー50の引き金を引き、マンティスに向け連射した。

体中を蜂の巣にされ、体液を撒き散らす。

これは生き残るのは簡単だと思われた。しかしカマキリの巨大な鎌で、

キャリバー50をいとも簡単に、真っ二つにした。


山田:「ぎゃああ!! マシンガンが真っ二つになった!黒田を思い出したよ、

コイツ絶対黒田の生まれ変わりだーー!!」


落合:「トラウマなのは分かりますけど、次どうするか考えてくれません?

武器無いんですよ、次に真っ二つになるの僕達なんですよ!!」


マンティスが再び、巨大鎌を振り上げた。山田達に振り下ろそうとした瞬間、右目が潰れた。隣りを並走しているトラック、つまり相沢達が乗っていた、トラックの

運転手が撃ったのだ。


運転手:「この化け物め!くたばれ!」


銃弾の的になるマンティス。標的を変え運転手に狙いを定めたマンティスは、素早い動きで運転席へ突っ込んだ。見る見るうちにズタボロになる運転席を、山田達は只

呆然と見ているしか無かった。


運転する者が息絶えたのか、トラックはフラフラと蛇行運転をした後、木に突っ込んで爆発した。爆発に巻き込まれたマンティスは、上半身が吹っ飛び草木に落ちる。


少し痙攣したが、すぐに動く事を止め、マンティスは死骸となった。

その死骸に誰かが近づき、残った頭の部分に注射器を刺した。


?:「必要なのは血のみ………」


そう言って注射器に、マンティスの血が満たされていく。


落合:「今、人がいました!」


山田:「あれは……、うおっ!!」


マンティスの果ての行方を追っていた山田達は、暗闇に誰かがいたのをを確認する。しかしトラックの急停止によって阻まれた。何事かと前方を振り返る。

目の前の光景には、3メートルはあろうかという巨大な、血塗れの熊がいた。

歯茎を剥き出しに、灰色の毛皮を纏った大熊だ。その熊がトラックを止めていた。


マーシャール・ベアー:「グオオオオ!」


落合:「あの熊、デカすぎる……」


山田:「熊、なのかあれ? 熊って目の回りに黒い模様なんてあったっけ?

熊ってよりタヌキに似てる……」


三木大佐:「この………! 失せろ化け物!………ぐは!」


コルトパイソンを懐から出し、胴体に連射したが、フロントガラスを壊し

大佐を殴った。殴られた拍子にコルトパイソンが、荷台の方に飛んで来た。

すかさず山田は拾い、マーシャール・ベアーの頭に向けて連射した。

断末魔を上げた後そのまま倒れる。


トラックを塞ぐ主がいなくなり、トラックはベアーを引きながら再び走り始めた。


山田:「大佐大丈夫ですか?さっき殴られてましたけど………。 大佐?大佐!

しっかりしてください大佐!!」


落合:「山田さん、前!!」


大佐に話しかけたが、気絶していた。

体を揺さぶっていたが、落合が山田を呼び、前を見る事を促した。

前方には道が無く、崖だった。そんな事態でもトラックは停まらず、加速する一方。


「踏んだり蹴ったり泣きっ面に蜂ーーー!!」


山田:「勘弁してよーーー!!」


トラックは道から外れ、そのまま崖下へと落ちていく。

二人の悲鳴と共に。そこで彼らの記憶は途絶えた。

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