第2話 アマゾネスの集団

山田は微睡みの中にいた。混濁した意識の中、額に触れられている感覚があった。

しかし不思議と不快感は無く、むしろ懐かしさを覚える。

子供の頃熱を出し母親に、看病をしてもらったときの記憶。それに似ている。


山田:「………母さん……」


?:「……ここにいるよ」


山田:「…………俺、怖い夢……見たんだ……」


?:「そうなんだ、どんな夢?」


山田:「……寄生虫が、母さんを奪って……俺を襲う夢。………怖かった」


?:「怖かったね、でも安心して。全部悪い夢だよ」


山田:「……母さん。………違う。………母さんはもう……!!」


山田は違和感に気付き、飛び跳ねて起きた。

額に雑巾が置いてあったのか、ズレ落ちたが気にしなかった。

目の前には迷彩服を着た、見知らぬ女性がいる。


女性:「あ、起きました?  すいません、ちょっとした悪ノリでした。

気分を害したのであれば、謝罪します」


ベコリと頭を下げる女性。

いたずらっ子な笑みを浮かべて入るが、悪い人ではないようだと山田は思った。


山田:「いえ、大丈夫です。 ……それより怪我を治してくださり、

ありがとうございます」


マンティスによって切られた腕は、包帯が巻かれていた。


女性:「いや~びっくりしましたよ~。ドーンって凄い音がしたので、崖崩れが

起きたと思いましたもん。まさか人が乗ってる、トラックが落ちて来る何て

思わないじゃないですか。良く死にませんでしたね?」


山田:「運が強いみたいです。悪運ですけど………」


女性:「たとえ悪運でも、私も運が欲しいです。……特に男運がなくて」


女性は両手の人差し指を合わせて、ばつの悪そうな顔をする。


山田:「……それで、あなたは?」


女性は:「あ、申し遅れました。私、中央即応連隊の第2中隊に所属しております、衛生兵の栗山 梢(くりやま こずえ)と申します!」


そう名乗った女性は、肩までの長さのあるウェーブのかかった栗色の髪をなびかせ、訓練されたように行儀の良い敬礼をする。


山田:「それで栗山さん、コレは何ですか?」


栗山:「手錠です」


山田:「見れば分かります。聞きたいのはどうして、俺は手錠で繋がってるんですか? 夜這いですか?」


山田は手錠で掛けられた両手を、これでもかと栗山に見せつける。


栗山:「私の名誉の為にお答えします。そんな趣味はありません、上司の命令です」


山田:「夜這いが趣味の上司?」


栗山:「夜這いから離れてください。見知らぬ男性を野放しにするのは、些か

危険であるとの判断です」


山田:「危険、ですか………。察するにここは女性用軍キャンプですね?

じゃあ納得の処置ですけど、一応自己紹介をします。名前は山田太郎。

好きな食べ物はレモンパイ。趣味はゲーセンでシューティングゲームをする事。

好きな音楽は失恋ソング。嫌いな事は自由を奪われる事。

これで見ず知らずじゃないので、手錠を外してもらえますか?」


栗山:「無理です」


山田:「でしょうね」


深々とため息をついて、肩を落としわざとらしく落胆してみせる。

目線を手錠に落とした。しかしふと自分に対する視線を感じた。

猫を彷彿とさせる二重の大きな瞳が、山田を凝視していた。

顔に何か付いてるのかと思い「何ですか?」と聞く。


栗山:「あなたが山田さんなんですね、宮部さんからお噂はかねがね」


山田:「宮部さんはここにいるんですよね?! 無事ですか?怪我は無いですか?」


食い入るように身を乗り出した山田の迫力に、栗山は思わずのけぞってしまう。


栗山:「ええ、無事ですよ」


山田:「はぁ~、よかったぁ。ものすごく心配した……」


栗山:「羨ましいご関係ですね」


山田:「?」


今の発言に対して疑問が浮かんだので、どういうことか聞こうと口を開いた。

喋りかけたその直後、外から怒鳴り声が聞こえて来る。

この怒鳴り声には聞き覚えがある。


立ち上がるのを栗山に手伝ってもらい、隣りで寝ている落合を置いて

医療用テントから出た。


三木大佐:「だから何度も言っているだろ! 階級は大佐だ、上官の命令が

聞けないのか?さっさと手錠を外せ!」


案の定怒号の主は三木大佐だった。

彼もまた山田達と同じように両手を手錠で塞がれていた。

大佐は自分より少し背の低い女性に怒鳴り散らしている。


女性:「ですから何度も言うように、それは出来ないと言っているじゃないですか」


三木大佐:「ええい!あんたじゃ話にならん、あんたの上司を呼べ!」


女性:「上司は今席を外しており、この場は私が一任されています」


山田:「大佐と渡り合っているあの人は?」


栗山:「ジェシー・ハミルトン・上田(うえだ)。第1中隊の隊長です」


山田:「階級がどうこうって言ってましたけど?」


栗山:「ジェシーさんは伍長です。これで察して頂けるかと」


察するより何よりも山田は絶句した。

階級社会である軍隊からすれば異常と認識せざる得ない。

大佐からすれば遥かに下であろう者に歯向かわれるのは我慢ならないのであろう。


三木大佐:「上官の命令を無視しただけでなく、挙げ句の果てに拘束するとは!

この後どうなるか分かって………」


ジェシー伍長:「関係ありません」


三木大佐:「何っ……!!」


腰にまで伸びた青みがかった黒髪を揺らしながら、ジェシーと呼ばれる女性は大佐に近づき、下から睨(ね)め上げる。


ジェシー伍長:「ここにはここのルールがあります。階級も立場も関係ありません。郷に入っては郷に従えという言葉はご存知ですよね?ここにいる間は否が応でも、

私達女性の指示に従ってもらいます。拒否権はありません、いいですね?」


三木大佐:「女が好きに言わせておけば………ッ!!」


山田:「大佐!そこまでにしてください。……周りを見て」


二人の間に割って入って怒(いか)っている大佐を無理矢理なだめ、小声で

話しかける。辺りを見渡すといつのまにやら大勢の、女性兵士が周りに集まり

中には武器を持つ人もいる。


「状況的に俺達が不利です。それに助けてもらった恩もありますので、これ以上

騒ぐのは得策じゃありません」


三木大佐:「………………テントに戻る」


不本意だという顔をしながら大佐はそのまま踵を返し、医療用テントへと

入っていく。それを見送った山田はため息をつく。


山田は何気なしに振り返る。そこには顔があった。驚き後ずさる。

キツ目なつり目、涼やかな鼻筋、柔らかそうなピンク色の唇、ハーフ特有の

色気を持った、女の顔が目の前にあった。


ジェシー伍長:「それで? あなたは?」


彼女が山田を見上げ訊ねると、美女を間近にしたからなのか、彼は

心臓をバクつかせながら答えた。


山田:「…ぁ~、ぇぇ~と………。山田、太郎です……」


ジェシー伍長:「……そう、あなたが……」


?:「太郎さん!」


誰かが山田の名を呼び、話を遮るようにして野次馬の中から近寄って来た。

その女性はポニーテールにした金髪の髪を揺らし、彼に抱きついた。

少しフラついたが、倒れずにその女性を手錠のまま受け止める。


山田:「雅さん!無事だったんですね、よかった」


宮部:「太郎さんも、元気そうでよかった。……会いたかったです」


潤んだ瞳で見つめて来る宮部に微笑む山田。彼は彼女の両肩に手を置いて向き直る。


山田:
「大丈夫ですか?怪我とかは無いですか?何もされてませんか?」




宮部:
「はい、大丈夫です。ここの人達はよくしてくれてます」




宮部は振り返り、女性兵士達を見渡す。




ジェシー伍長:
「あぁ~怖かったぁ~……。あの上官根に持ってないかなぁ~?

査問委員会に掛けられちゃうかなぁ~?」




栗山:
「大丈夫ですよ、事が事なんですから大目に見てもらえますって」




ジェシー伍長:
「だといいなぁ~、このプレッシャーに耐えられないよ……」




さっきまでの威勢は何処へやら。弱気になって部下に慰められているジェシーを、

あっけにとられた山田は驚きの表情を崩せなかった。




宮部:
「ジェシーさんは三日前に救命活動をしていたんですけど、その時に

上司が死にその地位を受け継いだみたいです。
その階級の名に恥じぬよう

男性に舐められないよう、それなりの態度を示しているんですけど、

根は優しい人です」




栗山:
「後、可愛い小動物が好きで占いとかを信じちゃう、ピュアな所がある

可愛い人です」




ジェシー伍長:
「梢ちゃん、余計な事言わないでぇ……。恥ずかしいからぁ……」




山田はギャップにめまいを覚えたが、ただただ閉口するしか無かった。




宮部:
「ジェシーさん、この人が太郎さんです」




ジェシー伍長:
「命の恩人だっていう人でしたっけ?」




山田:
「いえ、それほどじゃないです。改めてよろしくお願いします」




ジェシー伍長:
「よろしくお願いします」




宮部:
「あの、ジェシーさん。お願いです、太郎さんの手錠外して頂けませんか?」




栗山:
「それくらいいいんじゃないですか?少し話てちょっとエッチな人ですけど、面白い人ですから害はないと思います」




ジェシー伍長:
「…そうですねぇ、宮部さんが信頼する人ですから大丈夫だと

します。責任は私が取ります」




栗山の発言でいぶかしげな表情で、宮部に見つめられる山田だが、ジェシーに手錠を外してもらう。
その時だった。医療用テントから悲鳴が聞こえ、落合が

地面に倒れながら現れた。




落合:
「く、熊がぁあーー! 変な熊とカマキリに手錠をかけられたぁああーーー!! 食われるーー!」




どうやら悪夢を見たのか寝ぼけていてるようだ。




宮部:
「あ、落合さん。生きていたんですね、ついでによかったです」




落合:
「ついでって何?!ヒドくない?」


宮部:「ついでに紹介しますね。ジェシーさん、一緒に逃げて来た落合さんです」


落合:「だからついでって……。ん?ジェシー?」


宮部:「落合さんこちら、ジェシー上田。伍長さんですけど、

とってもいい人ですよ」


山田:「どんな紹介の仕方?」


落合:「どうもお嬢さん、初めまして。落合統治と申します。あなたの落合です」


顔をキリッと変え、ズイッと伍長に迫る。


ジェシー伍長:「え?ヤマタノオロチ?」


落合:「蛇じゃないです、あなたの落合です。何か困った事があれば何なりと、

この僕にお申し付けください。きっと力になれます」


宮部:「どうしたんですか落合さん、頭でも打ったんですか?」


落合:「ハッハッハ、宮部さんは面白い事を言いますね。

男として女性を守るのは当然じゃないですか」


宮部:「気持ち悪いです」


落合:「たとえ気持ち悪くてもいい、必要がない強く凛々しい女兵士だとしても、

僕はあなたを守る為の力になりたい」


ジェシー伍長:「こ、こんな事言われたの、初めて………」


片膝立ちをし、伍長の片手をそっと握り、落合は上目遣いで甘い事を言う。


宮部:「ジェ、ジェシーさん?しっかりしてください。その人ただ色ボケてる

だけですからね?」


栗山:「ちょっと離れてください!」


栗山は強引に伍長から落合を離し、宮部は熱で浮かれている、伍長の顔の前で

手を振る。ため息をついている落合に山田が近寄って、小声で話す。


山田:「ああいう女性がお好みで?」


落合:「ジャスト・マイ・タイプ!」


何故英語で言ったのか?と脳内で疑問符を付けながらも、山田は冷めた表情で

落合を見返す。


その直後山田の視線は、落合の頭頂部に移った。

落合の頭の上にはレイブンが停まっていた。


山田:「お、落合さん……。あ、頭……」


落合:「え?頭? カラスがいるね……。……ぎゃああーー!! カラスーー!!」


叫んで尻餅をついた。その拍子にレイブンは飛び去る。

悲鳴を聞きつけ何事かと寄って来た伍長達は、山田の説明を聞き腰を抜かしている、落合を飽きれた顔で見た。


宮部:「カラス一匹にその体たらくなのに、女性を守るのが男の勤めって

どの口が言うんですか?」


落合:「それは言ってませんけど……」


宮部:「似た様な物でしょう、男性の口から出る言葉は、大体そんな感じ

なんですから」


栗山:「そうですよ。それにジェシーさんは、もっと場数を踏んだマッチョな

人がいいんですから。ね?ジェシーさん」


ジェシー伍長:「えっと……。その……」


山田:「あの~、皆さん」


宮部:「太郎さんはちょっと黙っててください。同じ男性として擁護したい気持ちは分かりますが……」


山田:「そうじゃなくて! 空!」


山田は空を指差した。上空には無数のレイブンが、奇声を上げながら旋回していた。あまりの圧倒的な数に、一瞬場が凍り付く。


ジェシー伍長:「……スカイライン防衛体勢! 火炎放射器準備!

迎撃守備に着いて!」


鶴の一声で場の雰囲気が一変し、女性兵士達を始め忙しなく散らばっていく。

レイブンが一斉に下りて来て、現場は戦場と化した。


落合:「ぎゃああーー!! こっちこないでぇええーー! 動きづらいのにーー!」


数十匹のレイブンに追いかけられる落合。手錠をカチャカチャと鳴らし、

無様に逃げ回る。その直後後ろから熱さを感じ振り返った。

火炎放射器を持った女性兵士が、落合を追いかけたレイブン達を焼き殺していく。


ジェシー伍長:「8時の方向! マシンガン放射!」


マシンガンを持った数人の女性兵が迫ってくるレイブンの群れに、容赦なく

雨霰の弾丸をぶち込む。


栗山:「手榴弾部隊、準備出来ました!」


ジェシー伍長:「2時の方向に投下!」


数十個の手榴弾が近く大木に投げられ、大爆発を起こしレイブンを巻き込みながら

倒木する。火炎放射器で焼かれ、マシンガンで木っ端微塵になり、手榴弾で

迎撃されていくレイブン達。的確な指示により被害者は無く、敵が一掃され

この場の平安が戻った。


「……それで?ヤマタノオロチさん、誰が誰をどう風に守るんでしたっけ?」


頭を庇い地面に伏していた山田と落合に近づき、女性兵士達が取り囲む。

したり顔で落合達を見下ろすジェシー達を、冷や汗をかき無言の引きつった顔で、

見つめ返すしか二人は出来なかった。


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