第115話 団長の過去
食事のテーブルに戻った。テレーザはまだあいさつ回り中らしい。
向こうにテーブルで何か話しているのが見えた。
ノルベルトは相変わらず女性陣とまだ子供って感じの年齢の子に取り囲まれている。
団の中でもひときわガタイがいいから目立つんだろう。
フルーレは栗色の髪の薄い黄色のドレスを着た貴族っぽい女の子と踊っていた。足さばきが大分怪しい。
なにやら女性にリードされている感じだな。ぎこちない感じだがなんというかほほえましい。
髪に合わせたような黒いドレスを着たラファエラは、背の高い金髪の男性貴族とにこやかに話している。普段の素っ気ない感じはない。
貴族の家の付き合ってところだろうか。
それぞれの団員も何か囲まれて話しているのが多い。
この師団は英雄候補などとも言われていたらしいが、思った以上に評価は高いのかもしれない。
優秀な人間を取り込めば貴族の家としてもメリットあるってことなのかどうなのか。
そして、師団の連中はなんだかんだといろいろ囲まれているが、俺の方には誰もあまり寄ってきてくれない。
ノルベルトのように女の子に囲まれたいわけではないが、放っておかれるのもなんだかさみしいぞ。なぜなのか。
仕方ないので給仕が出してくれた食事をつまむ。
クリーム色のさっくりしたパイをかむと、中はあっさりとした酸味が効いたソースで煮込まれた白身魚が入っていた。
香草の味とソースの酸味が染みた魚の身がなんとも美味い。
料理も酒も今まで食べたことが無いレベルだな。流石は王様の舞踏会ってことか。
しいて言うなら、料理の味付けがちょっと上品すぎるのが難点かもしれない。
「楽しんでいるか。ライエル」
声を掛けてきたのは団長だった。
今日も青い男性用の礼装に身を包んでいる。腰にはいつものサーベルを挿している。
俺は刀を預けたが、ここでも武装していてもいいのか。まあ俺の刀は長くて食事には邪魔になるだけだが。
男性の礼装を着て黒髪を後ろで結い上げた姿は美女というより、凛々しい美男子って感じだ。
ただ、男性貴族からは敬遠されている感じがする。あまりに強いと近寄りがたいのは男としては何となく分かるな。
俺だって同じ師団にいるから話せているが、冒険者として会ったら同じように感じるだろう。
「今日もその恰好なんですね。踊らないんですか?」
「この私がひらひらスカートで踊る姿を見たいのか?」
そっけなく団長が言う。どうやら初めから踊る気はなかったらしい。
「しかし、なんで俺は放置されてるんですかね」
着飾った貴族の娘さんか奥さんか分らんが、遠巻きにちらちらと視線を送ってきているのがいるのは分かる。だが近寄ってきてはくれない。
ローランを除けば人が寄ってこないのは俺だけだ。そんなに殺気立っているわけじゃないと思うんだが。
団長が呆れたように鼻で笑った。
「お前は知らんのか?」
「なにがです?」
「あのような大仰な馬車で男女が二人でこれば、その二人は特別な関係であると言っているようなものだ。そんな相手に近づく者はそうはいるまいよ」
団長が教えてくれる。
なるほど。そこまで大げさな風に捉えられるのか。
「あいつの指示通りにしただけなんですがね」
「宮廷雀への牽制のつもりだったのだろう。ノルベルトのように貴族のお嬢様、奥様方に取り囲まれたいのか?」
「そういうわけでもないですが」
認められるは嬉しいが、付きまとわれるのも煩わしさはある。
というか対応に困る。
「そういえば一つ聞いていいですか?」
「なんだ?」
「なぜ魔族と戦うんです?」
団長は冒険者の最高位、ES帯に到達した最強冒険者だ。金にだって困ってないだろう。
仕官しようと思えば何でもできるはずだ。
あえて危険な魔族との戦いに身を投じる必要があるとも思えない。
ノルベルトのように戦いに楽しみを見出すタイプでもなさそうだし。
「私のパーティは魔族に全員殺された。最初の私の氷を避けもせず、奴は魔法使いを殺した」
前置き無しに世間話でもするかのようにとんでもない話が出てきた。
止める間もなく団長が話を続ける。
「あとはどうしようもなかった。仲間はほとんど私の前で死んだ。私は一人をつれて逃げた。辛うじてな。そいつも私の手の中で死んだ」
勝てなければ逃げろ、は冒険者の鉄則ではある。ただ、言葉で言うのと実践するのの間には大きな違いがある。
傷ついた仲間を見捨てられず逃げずに戦って全滅するなんてことは珍しい話じゃない。
逃げた奴は白い目で見られることも多い。
「よってあの連中を駆除しなくてはならないと誓った。一匹残らず。というわけだ。
だが私だけではそれは為しえない。分かっているだろう?」
「……ええ」
「お前の風はマナを帯びているから魔法に近いようだが、私の氷はあくまで氷だ。私の力だけでは魔族は倒せない」
あの速度であの量の氷を作れるのだから魔獣なら殆どどんな相手でも一蹴できるだろう。
ドラゴンの首を切り落としたという逸話は聞いていたがあれなら可能だと思う。
だが、魔族は倒せないってことか。
「たまたまその時に師団の編成が始まって、宰相殿から声が掛かってな。魔族を殺すために一番早かったのは師団に入る事だった。こういうわけだ」
「……失礼しました」
自分で聞いたこととはいえ、深刻な話をさせることになってしまった。
北部最強のS帯の冒険者パーティに関しては、アルフェリズでは噂を聞く程度しかなかった。俺の人生に関わることも無いと思っていたから特に大きな関心も払わなかった。
この人も魔獣との戦いで死んだ、という噂を聞いていただけだったが、そんなことがあったとは。
「特に隠すことでもない」
団長が何事もなかったかのように言うが……自分の目の前で仲間が全滅なんてことは俺も経験が無い。
俺から見れば無敵にちかい化け物じみた強さだが、この人の心の中には何が眠っているんだろう。
ただ、フォロカルとの戦いでユトリロたちが死んだときの怒りを思い出す。
冷静沈着な姿は仮初のものだろうな。
「では私も問おう」
「なんでしょうか?」
「なぜお前はこの師団にいる?危険な魔族と戦わず、面倒な貴族になることもなく、冒険者としてアルフェリズで生きて行く道もあっただろう?」
団長が聞いてくる。言われる間でもなくその選択肢はあったが。
「理屈をいろいろとつけることはできますけどね……まあ結局のところ、あいつの力になりたいってだけです」
あいつが魔法を身に着けるためにどれだけの苦労を払ったか。
そして、魔法使いは同じ傾向はあるが、あいつは誰かが守らなければその力を発揮できない。
あいつは俺が来なくてもこの師団に入っただろう。
誰かが守らないといけないなら、俺が守ってやろうと思った。ばかばかしい話かもしれないが、必要とされて戦うことは俺に力を与えてくれる。
団長が鼻で笑った。
「ふん。A帯冒険者も随分甘っちょろくなったな。こんなお人好しがよくここまで生き延びてきたものだ」
揶揄するようなセリフだが、口調には嫌味な感じははしなかった。
甘っちょろいと言われればそうかもしれないな。
ただ、人のこと言えますか?あなただって仲間のかたき討ちのために戦っているんでしょ、と言おうかと思ったがやめておいた。
団長が少し視線をそらして苦笑いする。
「……お前の姫君が睨んでいるな」
視線の先にはテレーザがいた。漸く用事が終わったらしいな。
何やら不満げな顔で俺たちを見ている。
何を話しているんだとか、私のことを放っておくつもりか、とかそんな感じの雰囲気が伝わってきた。
「行ってやれ。私も後ろから魔法で殺されるのはごめん被るし、団員と無用な不和を生むのは本意ではない」
団長がグラスのワインを飲み干す。
「良き仲間に恵まれて嬉しく思う……私は幸運だな。これからも戦果を期待している」
そう言って団長が別の卓の方に歩き去っていった。
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