第114話 ノルベルトとローラン

 王と宰相のあいさつが終わると舞踏会が始まった。

 すこしテンポの速い優雅な弦楽器の音が流れて、何人かが広間で踊り始める。


 中には師団の連中も混ざっていた。普段は同じ隊服で戦っている姿しか見ないが、正装で踊っている姿を見ると貴族なんだなと思う。

 踊っていない連中も何人かに取り巻かれて話をしている。

 

 広間の踊るスペースの周りでは立食用の高いテーブルから普通のテーブルが置かれていた。 

 きちんと身支度を整えたメイドさんが料理とワインを入れたグラスを運んできてくれる。


 テレーザはあいさつ回りに行くといって行ってしまったからなんとなく暇だ。

 グラスを取ってワインを一口飲む。

 渋みが少なくて葡萄の味の甘味が強い。酒場で飲むのものとは格が違うな。美味い。


 グラスも透明で華奢なつくりの、職人の技術が垣間見えるようなものだ。

 これも酒場の重いワイングラスとは違うな。


「すごいですね!見上げるような大きさです」

「前衛をお勤めなのですか?」


 広間の一方から声が上がった。

 見るとノルベルトの周りには人だかりができている。

 10歳くらいの男の子や女の子が集まっていて、その周りには多分その親っぽい着飾った貴族たち。

 

 ノルベルトは師団の中でも一際体が大きくて目立つ。

 貴族の一部のように太っているとかじゃない、鍛えあげた大柄な体躯だ。

 今日は赤い正装に身を包んでいたが、いかにも窮屈そうだな。


「おうよ、前衛だ。俺はA帯冒険者だからなぁ、強いんだぜ」


 そう言って子どもを一人軽々と抱えあげる。

 ちょっとかしこまっていた周りの子供たちが歓声を上げて自分もしてといいたげにノルベルトに群がった。

 子供を2人肩車しつつノルベルトはご満悦だ。出たくないとか言ってたが気が変わったらしいな



 ふと見ると、クレイというかローランの周りには誰もいない。

 仮面姿はいつも通りだから近づきがたいのは分かる気がする。あいつの正体はどの程度知れているんだろうか。


「よう、飲んでるか?」


 声を掛けるとローランが俺の方を一瞥してグラスを掲げてきた。

 無視されるかと思ったんだが……ちょっと意外な反応だな。


「この間の戦いは鮮やかだったな」

「ええ、貴方もね。ライエル」


 この間の魔族との戦いでのとどめの一撃はローランの魔法によるものだった。

 テレーザは詠唱が間に合わなかった。


「一つ聞きたいのですが、いいですか?」

「ああ、構わないぜ」


「なぜ私を守ったのですか?この間の戦いで」


 この間の魔族との戦いでは俺がこいつを風で庇う状況もあった。それを言っているのか。


「あなたが私を守る理由はないはずですが」

「いや、今は同じ師団で戦っているんだからな。当たり前だろ」

「……ですが」


 ローランが口ごもる。

 一度は殺し合いをした、と言いたげだが。


「冒険者ならそういうこともあるってことだ」


 冒険者を長くやっていれば、過去に因縁というか競争したり対立したりした奴と一緒に戦うこともある。

 だがそう言うときにも、少なくとも戦うときは余計なことは考えず共に戦う。


「お前とは前に戦ったからな。思うところはあるが、感情を優先して連携しないバカは生き残れない。そんなことしたら共倒れだ」

「なるほど……少し理解しかねる感覚ですね」


 ローランが首を傾げる。

 冒険者はある意味気楽だ。パーティを抜けるも共に戦うも自由。

 いやな奴と組みたくなければ、そのパーティから去るなり、依頼から降りればいい。


 だが、貴族は面倒な家やしきたりに縛られている。 

 だからこそ、貴族の方がその辺のしがらみとかは強いのかもしれないな。


「それに、だな。そんなことしたら団長に殺される」

「ふ……確かにね」


 ローランの口元に小さく笑みが浮かんだ。


「団長殿に言われましたよ、機会は与えるが私憤に駆られて足並みを乱せば容赦はしない、とね」

「一応言っておくが、お前がもう一度俺と刀を交えるなら遠慮はしないぜ」


 そんなことはない、と言わんばかりにローランが首を振った。


「お前こそ、よく師団のために戦う気になったな」


 師団に入団するときに、俺やテレーザがいることは分かっていただろう。


「……屋敷の奥に幽閉されて余生を送るはずでしたからね」


 ローランが静かに呟く。


「だから、この師団のことは大事に思っています。貴方に今更詫びても取り返しがつきませんが、この師団のために戦う」


 そう言ってローランが言葉を切った。

 

「……それに思い知ったんですよ。上には上がいる……団長も、貴方もね」

「ほお……意外なお言葉だな」


 団長は兎も角、俺を認めるようなことを言うとは思わなかった。


「だが、勘違いしないでいただきたい。この師団でもっともすぐれた魔法使いは私だ。それを証明するためにここに居るというのもありますのでね」


 静かだが強い口調でローランが言った。


「あの団長が言ったんですよ。

箱庭の学園の首席や宮廷に控える魔導士などに何の価値もない。真に優れた魔法使いと示したければ実戦の場で戦え、とね」

「……まあ確かにそうかもな」


 テレーザのことや主席どうこうは置いておいても、こいつが強ければそれは師団全員にとっていいことだ。

 というか、あの団長は人を煽るのがうまい気がするな。


 しかし。

 戦った時や師団に入った時からからみれば大分雰囲気が柔らかくなったとは思うが、それでもやはり自分の能力への自負は強いらしい。

 まああいつを超えてやるとか、そういう強い気持ちが無ければ強くはなれないんだが。


「手柄を立てれば、また家に戻れるのか?」


 そう聞くと、ローランが薄く笑って首を振った。


「もう家に未練はありませんよ。貴族の身にもね。功績はすべて金に換えています」

「そうなのか」


「ずっと家のために生きてきましたが……私は家に関わらなくても生きて行くことができる。それが確信できたのは、少し嬉しいですね」


 ローランがしみじみした口調で言う。

 貴族ってやつは生活に困らなくて楽だとか、お高く留まっていて偉そうだと思っていたが、こいつらにはこいつらの面倒というか生き難さがあるんだろうな。


 アマラウさんが言っていたことを思い出した。

 貴族とは高い給金を貰う代わりに家に縛られる役者、か。


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