第116話 二人きりのバルコニーで・上
グラスをもってテレーザの方に行くと、テレーザが歩み寄ってきた、
テレーザがわざとらしく周りを見回す。
「団長殿以外、誰もお前に話に来ないとはな、おかしなものだ。まったく見る目が無い連中ばかりだな」
白々しく言うが……いや、お前のせいだろ。
「だが、安心しろ。私がいるからな。お前が壁の花になることはないぞ」
そう言ってテレーザが俺に寄り添うように立った。
「で、どうする?踊るか?」
「いや、やめておく」
なんだかんだで踊っているのは貴族出身の団員ばかりで、それぞれ堂に入った動きだ。
あれに混ざるのはちょっと気が引ける。
「そういえば、お前は踊れるのか?」
「……うん、まあ、人並みには踊れるぞ、うん」
テレーザがちょっと目を反らしつつ言う。
偉そうに言ってはいたが、どうやらあんまり上手くはないらしい。
「踊らないなら、外の風にでもあたるか?」
テレーザが言った。
◆
会場を出て少し廊下を歩いて、広いバルコニーに出た。
バルコニーには誰もいなかった。ひんやりした夜風が吹き付けてくる。
石造りの机と、ところどころに篝火の台のようなオブジェが置かれていて、その先端ではライフコアのランプがつけられていた。
「ほお」
思わず声が出た。
目の前には宝石箱をひっくり返したような美しい夜景が広がっていた。
街灯の白っぽいライフコアの明かりが光の網のように見える。
アルフェリズも坂の多い街だからこんな感じの夜景を見たことはあるが、王城は高い位置に建っているし、そもそも街自体がアルフェリズより広いから、見栄えがはるかに良い。
窓越しに音楽と話し声がかすかに聞こえてくる。静かだな
「どうだ?」
テレーザが俺の前に立って言う。
どうだ、が何を意味するかはさすがにもう言いたいことがわかる。
「ああ……うん。綺麗だぞ」
今日のテレーザは、白いロングドレスを着ている。
襟元がV字に空いていて白い肌と華奢な肩と鎖骨が覗いていた。
長い袖もあちこちにレースで飾られたスリットがあってそこからも肌が見える。
銀糸で刺繍を入れた極薄の飾り布が短めのマントのように上半身を包んでいた。
ランプの薄明りに照らされただけの夜闇の中で時々それが光って見える。なんとも凝ったドレスだな。
テレーザがあからさまに不満げに俺をにらんだ。
「お前はいつもそれだ。もう少し言い方は無いのか?」
「何度も言うが、冒険者にそういうのを求めるな」
「お前は誰か恋人はいなかったのか?」
「お前な、失礼なことを言うな」
メイとオードリーへの仕送りもあったし家庭を持つのは無理だったんだが、恋人がいたことはある。
冒険者の恋人は大抵は冒険者だ。俺もご多分に漏れず何度かできた恋人は冒険者仲間だった。
背中を合わせて戦うというのは強い結びつきを生むから冒険者同士が恋人同士になることは多い。
ただ、冒険者同士の恋人関係は、戦場という特殊な場が生むもので、案外普通の生活に戻ると壊れてしまうケースが多い。
俺もパーティ解散とかなんとかでなかなか長続きしなかった。
冒険者以外の人と恋愛関係になる奴も勿論いる。
ただ、普通の人と戦いの中に身を置いている冒険者ではかなり感覚が違うから、これも長く続かないケースもまた多い。
なので冒険者は引退してから家庭を持つケースが多いと思う。
まあ普通の人と結婚して帰るべき家のために戦うってやつもいるし、夫婦で戦い続ける奴もいるから、結局は人それぞれなんだが。
「……つまりどういうことだ?」
「俺にだってそう言う人はいた」
テレーザの顔がさっとこわばった。
「その人には……何も言わなかったのか?」
「冒険者同士だったからな……というか面倒だ」
「私に言うのも……面倒か?」
「いや、そう言うわけじゃない」
「その人に言ったこと、全部私にも言って」
テレーザが真剣な顔で俺を見る。
「きれいだ」
「それだけか?」
「変に言葉で飾っても仕方ないだろ?本当だ、嘘じゃない」
正直言うと、かつての恋人にもあまり気の利いたことを言った覚えはない。
だからうまくいかなかったのかもしれないが。
「じゃあその人に言ってないこと……私だけのこと、一つだけでいいから言って」
テレーザが真剣な顔で繰り返す。
こっちも真剣に答えないといけないな、ということは分かった。頭の中で言葉を探す。
「お前の心の強さに敬意を表するよ……お前は俺が今まで会った中で最強の魔法使いだ。戦っていると分かる。心の気高さというか美しさってのがな。だから守り甲斐があるよ」
見た目が美しい美しくないということは、それは俺にはうまく言葉にできない。
だがこいつが積みあげた鍛錬は分かる。
鍛えあげた太刀筋、不利な時にも折れない勇気、強力で多様な魔法。
剣士でも魔法使いでも、冒険者でも貴族でも、強くなるというのは簡単なことじゃない。それは変わらない。
時代遅れと言われて逆風に耐えて、それを乗り越えてここに至るには並大抵の苦労じゃなかっただろう。
だからこそ、その強さは美しいと感じる。宝石のようなきらびやかなものとは違うが。
美しさは見た目だけじゃない。
「これじゃダメか?」
テレーザがちょっと不満げなような満足そうな顔をした
「うん……まあいい。でも、次はもう少し他のこともいろいろ言ってほしい」
「善処するよ」
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