第117話 二人きりのバルコニーで・下

 家の水道が壊れて修理に立ち会ってたら公開が遅くなりますた。スマン。



「他には何かないのか?その人にしたことは」


 テレーザが聞いてくる。なかなかこだわるな。

 その人にしたことを全部、と言われても……さすがにここでできないこともあるんだが。


 此処でも出来そうなことと言ったら、せいぜいこのくらいだろうか。

 自分でしてくれっていうってるんだからこのくらいはいいだろう。

 軽く抱き寄せた。


「このくらいはしたぞ」

「待て……ちょっと待て」


 腕の中でテレーザが身じろぎする。胸を押されて体が離れた。そのままテレーザがバルコニーの端まで歩いていく。

 向こうを向いたまま大きく深呼吸してまたこっちを向いた。

 流石にちょっとやり過ぎたか。


「ああ……悪いな」

「違う、そうではない」


 テレーザが首を振った。


「馬鹿者、もう少し考えろ。突然するな……こっちにも……心の準備というものがあるのだ」


 片眼鏡を位置を直しながらテレーザが言って、手を差し出してきた。


「貴族の抱擁を教えてやる。まずは手をつなぐのだ。ダンスのようなものだぞ」


 手のひらを合わせるように触れさせると、細い指がきゅっと絡みついてきた。


「次は優しく肩を抱き寄せるのだ、ゆっくり優しくだぞ……冒険者の抱擁が悪いとは言わないが……今やお前は騎士なのだぞ、いいな」


 そう言うと、テレーザがダンスのように俺の目の前に立った。魔法の詠唱をしている時のように真剣な顔で俺を見上げる。

 肩に触れると、滑らかなドレスの生地越しに体温が伝わってきた。


 加減が今ひとつわからないんだが、なるべくゆっくり抱き寄せる。

 テレーザが体を預けるように寄り掛かってきた。


 安心したかのようにテレーザの体から力が抜ける。

 思っていたより細いな。俺の背中に回された手に力が入って体が体がぴったりと張り付いた。


「このような抱擁を……したことがあるか?」

「勿論ない」


「私が最初だな。うん……ならばいい」


 暖かい息が胸に触れる。

 整えた髪からほんのりの花の香りがした。


「ちなみに……」


 どのくらい抱き合っていたのか、長く感じる時間が過ぎてテレーザが不意に呟いた


「なんだ?」

「口づけは婚儀の時にする……それが貴族の習いではある」


 テレーザが俯いたままいう。


「ああ、それは知っている」

「ほう、なぜだ?」


「俺だって歌劇の一つや二つくらいは見たことある。ああいうのは結婚式で二人が仰々しくキスして終わるのが多いだろ?」


 まあ普通に俺たち冒険者や市民も結婚式のときにキスはするが。

 貴族のほうが意味合いが重いのはわかる。


「そうだ、よく知っているな。だが現実はそこまで堅苦しいものではない」

「ああ、そうなのか?」


「結婚式の口づけは、それぞれの家の代表である二人の婚姻を皆の前で誓う儀式という意味あいが大きいのだ。

つまり、誰にも見られなければ差し支えないし黙認されている」


 貴族といっても同じ人間だ。まあそんなもんか。


「貴族の館にはそういうのを見なかったことにする場所というのもあってな、そう言う場所もあえて作られているのだ。バルコニーの外れの死角や、人が入らない小部屋とかだな」


 なるほど。逢引きの場があるわけだ。合理的というべきか、面倒というべきか。

 俺達冒険者なら普通に二人で会えばいいだけだが、貴族だと付き人がいたりとかして自由にはならないんだろう。 

 テレーザが周りを伺うように視線を巡らせた。


「例えば……此処とかも……それにあたる」


 テレーザが小声で言った。

 言われてみると、今いるバルコニーの端は小さめの柱のようなもので扉からは見えにくくなっている。 


 周囲はランプに照らされていて、人影はない。

 遠くから舞踏会場の楽器の音と風の音が聞こえるだけだ。


「だから、今なら……例えばお前が口づけをしたいというなら……ここでなら問題にはならない……だから安心していいぞ」


 テレーザがそう言って俺を見上げる。

 どうはぐらかそうかと考えるより早く、頬を真っ赤に染めたテレーザが何かを待つように目を閉じた。


 この状況で何をするにしてもしないにしても、この状況を長引かせるのも不味いという程度の経験はある。

 決断しなくてはいけない。迅速に。


 促すようにテレーザが体を寄せてきたその時、背筋に悪寒が走った。

 舞踏会上からガラスが割れるような音が聞こえた。



 テレーザも気づいたらしい。目を開けて舞踏会場の方を見た。

 さっきまでの表情と一転して、魔法使いの顔に戻っている。

 わずかな間があってまた悲鳴と叫び声が聞こえた。


 もういい加減慣れてしまった、魔族と対峙してる時のあの気配。異様な感じの魔力の流れと肌で感じるほどの敵意。

 テレーザが会場の方を一瞥して俺を見た。


「気のせいじゃないよな」

「ああ……だが……まさか。こんなところに?」

 

 テレーザが首を傾げる。

 魔族のことは知らないが、少なくとも魔獣が現れれる時のゲートは普通は市街地には開かない。


 この理屈はよくわからないが、門の開きやすさ、開きにくさというのは場所によって差がある。

 門が開きにくい場所に人は街を作り、城壁で身を守りながら生きてきた。


 それに街の中は儀式魔法ソーサリーのよる守りも施されている。

 街中に現れるというのも殆ど聞いたことが無いのに、王城のど真ん中に突然何かが現れるなんてことは前代未聞だ。


「ライエル」

「ああ」


 ただ、そんなこと言っていてもどうしようもな。

 理屈上いるはずが無いといっても仕方ない。事実として居るのなら対応しなくては。


「刀を取ってくる」


 バルコニーを出て廊下に戻る。テレーザが頷いて舞踏会場に走っていった。

 錬成術師は触媒が無いと戦力にならない。入り口で預けた刀を取って会場に戻る。

 会場から悲鳴を上げて貴族らしき着飾った男女が飛び出してきた。


 人ごみをかき分けて会場に入ると、さっきまで優雅な音楽がかけられて男女が踊っていた会場には張り詰めた空気が漂っていた

 ヴェパルやフォロカルの時の重苦しい圧迫感とは違う、喉に刃物を突き付けられたような、冷や汗が出るような緊張感。


 師団のメンバーと人の輪に取り囲まれて、闘技場を思わせるような円状になった空間が生まれている。

 シャンデリアに照らされた広間の真ん中には、人のような魔族が立っていた。



 続きは大体書けてますが、細かいシーンの詰めをやるので、少しお待ちを。

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