第67話 叙勲式当日

 二日後。王宮の控え室にいた。


 白い壁には金の象嵌模様施されていて、それが天井まで美しく飾っている

 天井からはガラスか何かで作ったらしいシャンデリア。

 壁には王家の紋章を織り込んだ手の込んだタペストリーが貼られていて、部屋の隅の暖炉の上には金の燭台が飾られていた。


 どこまでも豪勢だ。少なくとも俺の人生の予定に置いてこんな部屋に入るなんて完全な想定外だな。

 しかし。

 

「本当にこれでいいんだろうな」


 仕立ては間に合わなかったから正装はアステルから借りた。

 黒のロングコートのような長めの上着に刺繍入りの白いシャツ。サイズがあっていて良かった。

 

 普段は背中に背負っている刀は、これまた豪華な帯で腰に吊るされた。

 抜けないように柄と鞘と鍔にきれいな飾り紐が巻かれているが……武装して王の前に出るのがヤバいことくらいは俺でも分かるぞ。


 テレーザが不安げな顔で俺を見る。カタリーナがなんか自信満々って顔で頷いた。

 逆にその表情が不安なんだが。


「時間です」


 呼びに来た侍従の人が腰に下げた刀を見てぎょっとした顔をした。当然の反応だろうが。

 不安そうにまたテレーザが俺を見る……まあここまで来たらカタリーナを信じるしかないか。



 侍従が扉を開けてくれた。一歩広間に足を踏み入れる。

 アーチ状の高い天井が長く伸びていて、鮮やかに染められた国旗が何枚も飾られていた。

 

 赤い絨毯がまっすぐ敷き詰められていて、左右には儀礼的な感じの斧槍ハルバードを持った兵士たちが列を作っていた。

 その後ろにはそれぞれ豪華な衣装をまとった貴族たちが並んでいる。


 赤い絨毯のその向こう、30歩ほど離れた一段高い所に二人の男が立っているのが遠目にも見えた。

 誰だかは俺でも分かる。


 深紅のマントを纏っている1人は、国王ジョシュア3世だ。

 たしかまだ20歳にもなってないはずだ。勿論会ったことも見たこともない。

 先王が亡くなって後を継いだということくらいは俺も知っているが。

 

 後ろに控えているのはジョアン・サルドーニャ公。

 ひょろりとした長身に縦長の帽子をかぶって臙脂色のローブで包んでいる。

 

 こちらは依然アルフェリズに来たときに遠くから見た。

 先王の弟で、先王に仕えてその後は王の座をジョシュア3世に譲って宰相に収まっているはずだ。


 しかし、まさか王に会う日が来るとは思わなかったな。

 アルフェリズで魔獣の討伐をして、オードリーとメイの成長を見守る以外の人生を考えたことは無かった。

 人生、何が起きるか分からないもんだが……どうせならもう少し気楽に景色や雰囲気を楽しみたかったな。


 刀を腰に佩いたままでじゅうたんを踏みしめて歩く。普段は背中に担ぐしかなり長いから足を引っかけないかちょっと心配だ。

 周りの衛兵たちの視線が突き刺さってくるのがわかった……本当に大丈夫なんだろうな。

 ひそひそと話し声が聞こえる。風の錬成術で音を拾うまでもなく、好意的な言葉じゃないことくらいは分かるぞ。


 フェルナンとマヌエルの姿が視界の端に見えた。

 フェルナンの前と同じような不健康そうな顔には勝ち誇ったような薄笑いが浮かんでいる。

 今から起きることが楽しみでならないって顔だ。


 ……ああいう顔を見ていると絶対に失敗してやるものかって気分になるな。

 背筋を伸ばして堂々と歩く。

 ここは戦場だ。怯えて逃げる奴は生き残れない。


 段の前まで進み出る。

 段の近くにはイザベルさんがいた。硬い表情でこっちまで緊張が伝わってくる。


 段の上から王が見下ろしてきた。戦士を思わせるがっちりした体格と顔立ちだ。

 若いんだが威圧感がある目つきだな。

 濃い赤の巻き毛には金色の王冠が乗っている。肖像画で見た王の姿そのままだ。

 

 腰の帯に結んだ刀を外して膝をつく。

 鞘の端を持ってそのまま王に向かって刀を差しだした。鞘の方を持って王に差し出せ、それがカタリーナの指示だ。


 周りが静まり返った。

 黙って反応を待つしかない時間は長く感じる。重たい空気で押しつぶされそうだ。


 目の前位にいるのが敵ならば待ち一辺倒じゃなくて、こっちから切りかかるという選択肢もあるんだが。

 そうはいかない。

 ……慣れない戦場は嫌なもんだ。


「……この剣は抜けぬようだ」


 恐ろしく長く感じた間が過ぎて、芝居がかった口調で王が言った。



 声を聞くのは初めてだが。若々しくて張りのある声だ。

 そしてこの台詞はカタリーナに教えられたとおりだ。頭の中で自分の言うべき台詞を思い出す。


「私は王の剣なれば……その剣を抜けるのは我が王のみです」


 静かな中で自分の声がやけに大きく聞こえる。


「よき心がけ。では」


 跪いたまま見上げると、宰相が王にナイフを手渡して、王が飾り紐を切った。

 紐がじゅうたんの上に落ちる。


「我が名においてこの剣を抜くことを許そう。名を名乗れ、剣士よ」

「ライエル・ピレニーズ・オルランド」


 差し出された刀の鞘を取って、教えられた通り床に置く。


「私と国と神のために戦え……汝を我が騎士と認める」

「拝命いたします」  

 

 どうやら上手く行ったらしい。

 安堵の息を吐くより早く、静けさを破るように不意に周りから湧き上がるように拍手が起きた


「ジョシュア三世陛下、万歳」

「国王陛下に栄光あれ!」

「新たな騎士に祝福を!」


 兵士たちが謳うように声をあげる。

 ようやく気が抜けた……が退場するまでが仕事だ。

 立ち上がって刀を腰の帯に留める。顔をあげると、イザベルさんが軽く微笑んで一礼してくれた。


 拍手に見送られるように赤絨毯の上を一歩づつ歩く。

 目をやるとフェルナンとマヌエルが悔し気に唇をかみつつ手を叩いているのが見えた。

 ……当てが外れて残念だったな

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