第68話 魔導士団の団長
控室に戻るとテレーザとカタリーナがすぐに駆け寄ってきた
「どうだった?」
「大丈夫だったよ」
そう言うと二人が安心したように息を吐いた。
あの場に立ってるのも大変ではあるが、待ってるのも気分的には大変だろうな。
「やはり私の見識は正しかったわね」
自慢げな顔でカタリーナが言う。確かに助けられたな。
「ありがとう、カタリーナ」
「だが、もうこういうのは止めておきたいね」
騎士になったとはいえど、実際は宮廷魔導士団でのテレーザの護衛役だ。
戦いならともかく、こんな風な礼節がどうだのというので冷や冷やする場面はもうない方がありがたい。
「ところで、あれは何なんだ?」
周囲の反応を見る限り、恐らく殆どの奴はあの作法は知らなかったようだが。
「古い作法よ。戦場で武功をあげた冒険者とかを急遽騎士に任ずるときとかに使われたものね」
「なるほどな」
「サルドーニャ公……ジョアン宰相閣下がお側に居られればお分かりいただけると思ったのよ」
「やるね。いや、助かったよ」
博識なのは
正直言っていつ衛兵が切りかかってくるか真面目に心配していた。
当てが外れたって感じの憮然とした顔で拍手するフェルナンたちの顔は見せてやりたかったな。
「そう。その通りだ」
そんな話をしていたら、控室の扉が開いて、誰かが入ってきた。
◆
ノックも無しに誰かと思ったが……さっきまで会っていた、国王ジョシュア三世だ。
その後ろにはジョアン宰相ともう一人、俺より背の高い女の人が付き従っている。
慌ててカタリーナとテレーザが膝をつく。
「私も見るのは3回目だよ。若いのによく知ってたね」
ジョアン宰相が言う。
「我が国がまだ貧しく、騎士に恩賜の剣を渡す余裕が無い時の作法でもある……だが今はそんなことは無い」
ジョシュア3世が少し棘のある口調でそう言って、一本の剣を差し出してきた。
「受け取れ。本来ならこれを渡すはずだったのだ」
「ありがたく頂戴します」
跪いて剣を受け取る。金と銀の柄飾りが美しいサーベルだ。
柄飾りには国の紋章が刻まれている。
「なぜあのような古風な作法を用いたのかは聞かん。だが、次はこのような礼節に反することは許さん。いいな」
ジョシュア3世がちょっと厳しい口調で言って、くるりと踵を返す。
そのまま部屋を出ていった。
「君たちの活躍に期待しているよ」
ドアの方を一瞥して、気さくな感じでジョアン宰相が言う。
冒険者あがりの騎士と王や宰相とじゃ身分の差がありすぎるが、露骨に身分差を感じさせる王とはちょっと違う。
この人も王族のはずだが、なんとなく漂わせている雰囲気は柔らかい。
「ありがとうございます」
「この師団の編成を進言したのは私だからね。国と民のために戦ってくれ」
「お前がライエルか」
後ろに立っていた背の高い女性が声を掛けてきた。
ぱっと見、俺より年上っぽい。35歳ってところだろうか。
ウェーブのかかった長い黒髪を後ろで結っていて、鼻筋が通った凛々しいって感じの顔だ。ほんのり日焼けした顔、額と頬に引き攣れたような痣がある。
射貫くような値踏みするような鋭い目つきが俺を見た。
女性はドレス、男性は今日俺が着たようなロングコートが宮廷の正装らしいが、女性なのに男と同じ男性の正装だ。裾が短めでより簡易な仕立てだが。
両方の腰には綺麗に飾られたサーベルを1本づつ刺している。
「魔族ヴェパルと戦い生き延びた、経験10年の練成術師。違いないか?」
「はい」
問い詰めるような口調に、思わず敬語になってしまった。
俺より年上で身分も高いんだろうが……それだけじゃない。言葉にえも言われない圧力がある。立ち姿にも全く隙が無い。
正騎士か何かかと思ったが、雰囲気的にはS帯の冒険者と相対しているときのようだ。
S帯は冒険者が多いアルフェリズでも殆ど見かけない、能力、戦功、人格も含めて本当のトップクラスだけが登れる領域だ。
俺はA1まで上がったが、Sまでは上がれる気がしないぞ。
「学校を出たてのお坊ちゃんお嬢ちゃんを押し付けられるのかと思ったが、お前のような経験を積んだものがいることは僥倖だ」
「あなたは?」
「対魔族宮廷魔導士団の団長となる。準子爵、アグアリオ・シューデウス」
「………本物?」
「ああ、本物だ」
その名前は全く接点が無い俺でも当然知っている。というかしらない冒険者はいないだろう。
冒険者の最高位のS帯のさらに上、敬意を持って
魔族との戦いで死んだという噂もあったが。
確か精霊剣士というかなり特殊な恩恵の持ち主で、前衛の剣の加護と、練成術師の相の子のような恩恵だったはずだ。
氷を操る練成術師であると同時に、前衛に比肩する近接能力を持つ万能型剣士。
まさかこんな人と共に戦うことになるとは。
「優秀さを実戦で証明することを期待している」
表情を変えないままアグアリオ団長が言った。
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