第66話 叙勲式の前・下
都の見物もしたいところだが、しばらくは勉強に専念せざるを得ない。
今日も深淵の止まり木亭の食堂で、カタリーナが付き添って教えてくれている。
分厚い教本を毎日読んではみているんだが。
脚の運びとかを覚えるのは剣の型の稽古にも通じるんだが、王との問答の決め事は芝居の台詞を覚えるようなもので、今一つ頭に入ってこない。
「お前も覚えたのか?アステル」
「まあ一応一通りは」
アステルが思い出したくもないって感じで顔をしかめる。
アステルは平民らしく、アレクト―ル魔法学園の卒業後は騎士叙勲を受ける予定らしい。
そんな話をしているところで、深淵の止まり木亭のドアが音を立てて開いた。
昼下がりの誰もいない食堂に大きな音が立つ。
駆け込んできたのはテレーザだった。
「どうした?」
息を切らせたテレーザの顔には、珍しく焦りがはっきり浮かんでいる。
「まずいことになった」
「どうした?」
どう考えてもいい話ではないのは分かるが……聞きたくないと言っても聞かないわけにもいかない。
「王陛下からの使いがあった……叙勲が……2日後になった」
◆
あまりにも唐突すぎる。
あと2週間以上あるはずだぞ。
「なんだって?なぜ……」
と聞こうとしたが聞くまでも無いか。
フェルナンが手をまわしたんだろう。あの時の嫌な笑いは何かと思っていたんだが、こういう手でくるか。
「叙勲の場で失態があれば推薦者の責任になる。あいつらは……母様に恥をかかせるつもりなのだ」
礼法の覚えるべき部分はまだ相当ある。
さすがに2日間でしきたりを覚えてというのは厳しい。
「修正できないのか?」
ヴァーレリアス家は無理でも、カタリーナの家も結構な名家らしい。
どうにかならないかと期待したいが。
「正式に通告があったのなら、王陛下の予定が関わっているわ……多分難しいと思う」
カタリーナが申し訳なさそうな顔で言った。
どんな敵であっても風で薙ぎ払える相手なら恐れはしないが……さすがにこの手は俺にはどうにもできない。
敵ながら嫌なやり方をしてくれるな。
「ひとつ……アイディアがあるわ」
重い雰囲気の中、カタリーナが口を開いた。
「この方法なら覚えることは殆どないわ。ただ、かなりの賭けだけど……」
そう言ってカタリーナが口ごもった。
だが。
「それしかないんだろ」
そう言うと、カタリーナが黙って頷いた。
テレーザが不安げにカタリーナと俺を見る。
「戦闘の場において、完璧に最善の手を打てることなんて殆どない……これと同じだ」
戦闘ではその場その場でどうにかするしかないなんてことはいくらでもある。
万全の対策を整えて最善の状況で戦えるなんてことは残念ながらほとんどない。
カタリーナが頷いた。
「分かったわ、ならやり方を教える」
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