第65話 叙勲式の前・上

「叙勲式に備えてやるべきことは多いわよ、ライエル」

 

 とりあえず、騎士叙勲の方はイザベルさんの推挙を受けて正式に動くらしい。

 イザベルさんと会った次の日、朝から叙勲式の話をすることになったが。

 テレーザが紹介してくれた冒険者の宿、深淵の止まり木亭にはなぜかカタリーナとアステルも来てくれていた。


「まずは正式な礼法を学ばないといけないわ。一挙手一投足に決まりがあるのよ」

「それに衣装も必要だ。早急に仕立て屋に行って衣装を整える必要がある」


 テレーザとカタリーナが口々に言うが……ちょっと聞くだけでうんざりしてきた。


「面倒だ」

「そうだろ、先輩。分かってくれるか」


 アステルが真顔で同意を求めてくる。

 どうやらこいつも似たような目にあっているようだな。


「ああ、よくわかった」

 

 しかし、戦ってばかりの冒険者のこんなことをやらせてどうすると言うのか。


「安心しろ、王もお忙しいし手続きもある。まあ早くても3週間は先だ。十分に時間はある」


 テレーザが言う。

 時間があるからいい、というもんじゃないんだがな。

 

 ……だが、そのあとにカタリーナが貸してくれた礼法の教本を見てやはり叙勲は辞退しようかと思った。

 魔獣の辞典並みの厚さで、おそらくこれで殴れば人を倒すことくらいはできるだろう。

 これを覚えるのか


 

 翌日は仕立屋に連れていかれた。

 深淵の止まり木亭から少し離れたところにあるガラス張りの店には、イザベルさんが来ていたようなドレスや、この間のフェルナンたちが来ていたような長めのコートのような上着が人形に着せて並べられている。


 アルフェリズではよく見る防具屋のような感じだが、店の内装がやたらと豪華だ。あちこちに置物や飾りが置かれていて、壁には大きな肖像画が掛かっていた。

 鎧を磨くための油と革のにおいが漂う防具屋と違って、店内にはふんわりと香のようなものが炊かれている。


 テレーザが店の人に何か言うと黒一色のシャツに身を包んだ上品そうな初老の男がこっちに寄ってきた。


「ようこそ、お客様。今回は騎士への叙勲を受けられるとのこと。おめでとうございます」

「ああ……ありがとうございます」


 どう答えていいものか分からんぞ。男が軽く笑みを浮かべる


「ヴァーレリアス家の御依頼ですし、腕によりを掛けさせていただきますよ。ではサイズを測りますのでまっすぐに立ってください」


 言われたとおりに立つ。

 男が体に紐を当てて、いちいちそれを紙に書きつけていった。時々手をあげさせられたり横に伸ばしたりする。


「流石に現役冒険者ですな。見事な体格です」


 男が言ってきびきびした動作で作業を進めていく。

 なんというか冒険者ギルドのデキる受付のようだ。


「これで終わりです」


 しばらくの作業が終わってようやく解放された。 

 服一枚に大袈裟なもんだな、と思ったが。

 S帯の冒険者になると自分の恩恵タレントに併せた武器や防具を工房に発注したりするらしいからそれと同じようなものかもしれない。


「好みの色はありますか?お好みの色で仕立てます」


 そう言って男が何枚かの色の生地を並べてくれた。

 漆黒から鮮やかな赤、深みのある青、純白までいろんな色があるな。それぞれに三本のように刺繍が入れられていた。

 どれもなかなかいいが。


「これで頼む」


 緑の生地を選んだ。

 風の練成術のイメージは木の間を吹き抜ける風、そして風で揺れる葉の緑色だ。


「いい選択と存じます」


 男が恭しく頭を下げてくれた。

 

「どのようになる?」

「そうですな……こちらを着ていただきましょうか」


 テレーザが聞くと男が上着とシャツを渡してくれて、試着室に案内してくれた。

 この辺は防具の試しをするのと同じだな。

 白いシャツを着て上着を羽織る。


 シャツは上質の絹を使っているらしく肌触りで作りの良さがわかる。

 上着も見た目は裾が長くて重たそうに見えたが軽く動きやすい。


 今まで装備には金をかけたが服は実用性最優先だったが……こういう服ってのは確かにいいもんだ。

 いい剣は持てば良さが分かるし、鎧は着れば分かるが。服も同じなんだな。

 試着室を出た所で、男が首にスカーフを巻いてくれた。

 出た所でテレーザと目が合う。


「どうだ?」


 声を掛けたがテレーザは黙ったままだ。

 いつもと似ても似つかぬぽかんとした顔で俺を見ている。


「こういうのは……孔雀の尾羽根をつければ鶏も良く見えるっていうんだっけか?」


 店の真ん中に置かれた鏡に映った自分の姿はちょっと自分とは思えない。

 いい装備を持てば強そうに見えたるするが、服も同じだな。

 だが、声を掛けてもテレーザは無反応だ。


「どうした?」 

「いや……あの」

 

「おい?」

「あの…………とっても……似合ってる」


 小さくそう言うとテレーザが俯いた。


「……ああ、そうか?」


 なんというか、いつもと反応が違うとこっちも対応に困るぞ。

 テレーザが顔を背けて大げさに咳払いした。 


「どのくらいで仕上がる?」

「そうですね。1週間ほど頂ければ、と思います」


 普段通りの口調でテレーザが聞いて男が答えた。


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