第36話 強くなるために

 すぐに建物の中から10歳くらいまでの子供たちが駆けだしてきた。

 30人ほどだ。前と少し顔ぶれが変わっている気がするな。

 どこかの商家とかに貰われたのか、恩恵タレント持ちは冒険者の養成機関に行ったのかもしれない。


「魔獣の討伐をしていた冒険者って、ライエルさんのことなんですか?」

「お話、聞かせて」

「すげぇっすね。全部の依頼を片付けたってマジですか?」

「強い魔獣はいました?」


 子供たちが俺たちを取り囲んでやいのやいのと騒ぐ。

 テレーザは女の子に囲まれていて、どちらかと言うと俺の方には男の子が寄ってきてるな


「おじさん、お姉さん、ご飯食べていくでしょ?」

「今日はオムレツなんだよ、美味しいよ」


 二人が俺たちの手を引いた。


「おい、ライエル……時間がだな」


 同じように子供たちに取り囲まれたテレーザが渋るが。

 

「大丈夫だ。軽く食事をする程度の時間があるさ。時報の鐘が鳴ったら行こう」

「まあ……ならいいだろう。お前は出発の準備はできているのか?」


「安心しろ。抜かりはない」

 

 話しつつ孤児院の中に入る。

 大きめのホールというか食堂には長テーブルが置かれていて、テーブルには野菜スープと硬めに焼かれたパン、大きめのオムレツが並べられていた。

 昨日の残りと思しき焼いた肉や魚の煮込みが添えられている。

 

 天窓からも明かりが差し込んできていて結構明るい。

 ホールにはいい香りが漂っていて、和やかな空気だ。


「イヴェリースと王様の名に置いて。今日の食に感謝しましょう」


 シスターが言って皆が復唱する。

 普段はあんまり言わないが俺達もそれに合わせた。



「はい、おじさん」

「お姉ちゃん、ずるい。あたしがよそうの」

「あなたはお姉さんによそってあげなさい」


 メイとオードリーが何やら言い争いつつ、皿にオムレツをよそってくれる。

 卵の柔らかいにおいとチーズのちょっと酸味のある味が口になかに広がった。とろりとした感じで焼かれたオムレツの中には野菜や干し肉が刻まれてはいっている、

 結構豪華だな。


「あなたの篤志のおかげです」


 シスターが察したように教えてくれた。

 毎日の食は子供たちの楽しみだと思う。それに貢献できているならよかったな。


「しかし、かなり危険な仕事を請けておられるのでは?オードリーとメイも心配しています」


 シスターが心配そうに聞いてくる。

 確かに前に比べたら送金額が相当増えているから心配されるのも分かるが。


「大丈夫ですよ」


 簡単にテレーザとの取り分の差について説明するとシスターが胸をなでおろした。


「そう言う事なら安心しました」 


 話している向こうではテレーザが子供たちに取り囲まれていた。


「お姉さん、ありがとう。ライエルおじさんを助けてくれて」

「凄い魔法使いなんだってね」


「いや……私が助けているわけではないのだ。むしろ私がだな……」


「ねえ、どんな魔法を使えるの?」

「教えてください」

「魔獣が怖くないの?」

「どうやって勉強したんですか?」


 テレーザは子供たちから質問攻めにされている。俺より年が近い分聞きやすいんだろうな。


 それに、魔法使いの戦闘における地位は下がり続けているが。

 一方で武器は無くても呪文を唱えて強力な稲妻や炎を作り出し魔獣を打ち倒すという魔法使いは子供達には人気のポジションでもある。

 実際に一昔前に作られた歌劇とかでは昔の大魔法使いが主役という演目も珍しくはない。


 助け舟を求めるかのようにこっちを見ているが……まあ放っておいてもいいだろう。

 普段は冷静だからちょっと困ったような表情は珍しいな。

 食卓の上のパンを取ってかじる。バターの香りがしっかりついていてこっちも美味い。


 そんなこんなをしているうちに、時刻を告げる鐘が鳴った。

 テレーザが助かったと言わんばかりにこっちを見る。

 そろそろ行かないとな。



「あの!」


 あわただしく別れの挨拶を済ませて門を抜けて坂を降り始めたところで、後ろからオードリーの声がした。

 振り返るとオードリーとメイが立っていた。


「どうした?」

「あの……お姉さん。もう少しお話させてもらっていいですか?」


「ああ……構わないが。だが手短に頼むぞ」


 路面汽車の時間を気にしているんだろう。まだ余裕はあるから大丈夫だと思うが。


「お姉さん……私にも魔法の恩恵タレントがあるんです」


 オードリーが言った。

 恩恵タレントは大体10歳ごろに発現する。そういえばもうそういう年なのか。

 姉さんは前衛よりの戦士タイプだったがオードリーは魔法使いなのか。


「……だから、いつかお母さんみたいに冒険者になりたいと思ってます」


 そう言ってオードリーがテレーザを見上げた。


「お姉さんみたいな強い魔法使いに……どうやったらなれますか?」


 オードリーの質問にテレーザが複雑な表情を浮かべた。

 あいつは確かに強いが、一般的な意味において強いかと言われると分からない。

 それに魔法使いのポジションは今はあまりにも微妙だ。


 オードリーが期待に満ちた目でテレーザを見つめる。

 言葉を探しているんだろうなと言うことが何となくわかった。


「私たちに与えられた恩恵タレントは変えることはできない……いいか?どうにもできない」


 テレーザが言って、オードリーが頷いた。


「だが……それをどう磨くかは私たち次第だ。

君が訓練をしたら、きっと君の周りにも……もう無理だ、そんなことはもう止めてしまった方がいい、と言うものが現れるかもしれない」

「はい」


 テレーザが噛みしめる様な口調で言う。

 恐らく自分の事なんだろうな、と言うことくらいは察しがついた 


「でもそれに耳を貸してはいけない。何かになりたいなら、辛くとも自分を信じて磨くんだ……いいな?それは君にしかできない。

自分を信じて諦めずに前に進めば必ず道は開ける」 


 オードリーが神妙な顔で頷く。

 あの子が冒険者の道を歩くことを姉さんは喜ぶのかどうなのか。これはわからないな。


「そして、いいかい?いい仲間を見つけるんだ。君と共に歩んでくれる友達を。私たちは一人ぼっちでは強くなれない

信じて前に進めば、きっと君の前にもよい仲間が現れる。君とともに歩んでくれる誰かがね」

「お姉さんとおじさんみたいに?」


 オードリーが俺を見て言う。


「その通りだ」


 テレーザが躊躇なく答えた……なんというかちょっと気恥ずかしいな。


「ありがとうございます、お姉さん」

「君の行く道に幸運があることを祈っているよ、オードリー、それにメイ」


 オードリーとメイが嬉しそうに笑って俺の方を見た。


「また来てね、おじさん」

「わかったよ」

 

「絶対だからね」

「分かってる」


「絶対に……死なないでね。また来てね、約束だよ」

「……ああ、安心しろ」


 オードリーとメイを抱き寄せた。二人がしがみついてくる。

  

「行くぞ、ライエル。もう時間だ」


 テレーザが声を掛けてきた。行くか。


「ああ、そうだな。じゃあな、オードリー、メイ。また会いに来るよ」

「必ずだからね!」

「すぐ来てね!」


 手を振る二人を見て坂を下りた。

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