第35話 オードリーとメイ
翌日朝。
少し早めに起きて宿を出た。いい天気だ。朝日が眩しい。
目抜き通りを抜けて丘の方を目指す。
目抜き通りは昨日の騒ぎがウソのようにきれいに片付けられていた。
俺達が宿に戻ってからも騒ぎ声は聞こえていたが。そのあとに片付けまでやったのか。
「どこへ行く?」
のんびり歩いていたら、後ろから突然声を掛けられた。
テレーザだ。会わないようにこっそり出てきたつもりだったが。もう起きていたとは。
「ちょっとな」
「こんな朝早くになんなのだ」
テレーザはもう普段通りに服を着ていて出発準備万端って感じだ。
そんなにさっさとアルフェリズに戻りたいのか。
「一応言っておくが、まだ
「それは分かっている。それで?」
テレーザが答えを促してきた。
別に隠すようなことじゃないからいいか。
「一緒に来るか?」
「どこへだ?」
「来ればわかるさ」
●
この町も坂が多いが路面汽車は走っていないから上るのは少し体力を使う。
ちょっと街外れなこともあって、アルフェリズの整えられた石畳に比べると凸凹も多い。
狭めの道路を長い塀が挟んでいて、溝か谷の中を歩いている感じになる
時折伸びる木が適度に日陰を作っていて暑さを和らげてくれていた。
「ところで一つ聞くが」
「なんだ?」
後ろから声が聞こえた。
「昨日は私は眠ってしまったと思うが……宿の者が運んでくれたのだろう?
だとしたら宿の者に迷惑をかけてしまったな。
いや、私としてはそんなに飲んだわけではないが。やはり野営が続いたからな。
正直言ってあれはまだ慣れない。疲れが出ていたのだろうと思う。すまないことをしてしまったな。
後で詫びねばならないと思っているよ」
普段と違って妙に饒舌だ。
「いや、俺が運んだ。案外軽かったから大したことは無かったぞ。安心しろ」
そういうと後ろの声がぴたりと止んだ。
「一応言っておくが、着替えさせたのは俺じゃないぞ、宿の……」
言い終わるより前にドンと後ろから押された。とっさに石畳の手を突く。
「お前な……」
「どうした、くぼみにでも引っかかったのか?」
その横を顔をそむけたテレーザがすたすたと歩いていった。
押された、と言うか今のは蹴られたな
礼を言えとは言わんが……蹴ることはいだろうに。
というか、ただ運んだだけだというのに、なぜそんなに怒るのだ。
理解できん。
◆
しばらく階段を歩くと塀を切り取る様につけられた見慣れた門が見えて来た。
パルカレル王国の国教であるイヴェリースの紋章が彫刻されている。ただし門は結構くたびれた感じになっているが。
「ここは?」
「孤児院だ」
門に付いたノッカーを叩くとすぐに門が開けられた。
門の間から初老の女の人が顔をのぞかせて、すぐ親し気な笑顔を浮かべる。
「ああ、ライエルさん」
「お久しぶりです。シスター」
何度か来ているから馴染みになっている。この孤児院のシスターだ。
「いつも篤志をありがとうございます。ライエルさん。助かっております。ご活躍のようですね」
「ええ、おかげさまで」
「しかしなぜここに?」
「ここしばらくこの町で討伐任務をしてましてね」
そういうと、シスターがなるほどって顔で手を打った。
「ああ、町で噂になっていた二人組の冒険者が魔獣討伐の依頼をすべて終わらせた、というのはあなただったのですか?」
「ええ。昨日のパーティは来られましたか?」
「いえ、でも料理は分けていただきました。皆喜んでいましたよ」
「それはよかった」
どうやらおすそ分けがこっちにも届いていたらしい。
「ああ、立ち話は失礼でしたね。お入りください
メイフェア、オードリー、ライエルさんがお越しですよ」
シスターが呼ぶと、建物の中からバタバタと走る音がしてドアが開いた。
二人の女の子が走り出てくる。俺の顔を見てぱっと表情が明るくなった。
確か11歳と9歳だっただろうか。
二人とも姉譲りのつやのある茶色の髪だが、姉のオードリーは長く伸ばして三つ編みにしていて、妹のメイフェアは短くしてる。
優し気な雰囲気を漂わせるオードリーと、背が小さめで活発なメイ。
俺の目から見ても可愛いと思う。オードリーは姉さん、メイには義兄さんの面影があるな。
「おじさん!」
「久しぶり!」
二人が駆け寄ってきて抱き着いてきた。
前に会ったのはいつだったか。半年ぶりくらいだろうか。前より少し背が伸びたな。
「前に会いに来てくれてからもう半年だよ」
「遅いよ」
「ああ、すまないな。色々あってね」
特にこの1か月ほどは本当に色々あったな。
「いつもありがとう、おじさん」
「ねえ、この人は?」
抱き着いたまま、二人がテレーザを見上げる。
「今の俺の相棒だ。魔法使いのテレーザだ。こいつらは俺の姪だ」
「よろしくお願いします。オードリーです」
「初めまして、メイフェアです。メイってよんでください」
二人がパッと俺から離れて、元気よく挨拶する。
テレーザがようやく合点がいったという顔で周りを見回した。
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