第21話 現れた敵
こっちが先に接敵したか
「
「ああ、間違いない」
オーグルとかかと思ったが、そんなことは無かった。確かにトロールだ。しかも2体か。
見上げるような巨体で一体でも圧力を感じるが、2体は予想外だった。
前に一度戦った時の姿そのままだ。
岩のような硬そうな皮膚に、歪に膨れ上がった筋肉。長めの右手には巨大なハンマーが握られていた。
猫背で醜いカバのような顔が前に突き出ていて、デカい口からは乱杭歯がのぞいている。
どう見てもケダモノそのものの見た目で知性がありそうには見えないんだが、こっちを一瞥して何か言葉を交わしあっている。
この状況では正面から叩き潰すしかないな。
「頼むぞ。ライエル」
「よし」
トロールが左右に分かれた。
オーグルならまっ直ぐ突撃してくるだけだろうが、左右から挟むように動く。的を絞らせないつもりだ。
「まとめて仕留める。防御は頼む」
テレーザが言って目をつぶった。
詠唱を始めると、いつも通り書棚のようなものが周りに浮かびあがって本が彼女の前にふわりと浮く。
右の奴がこっちの不穏な気配を察したのか大股で間合いを詰めてきた。
「風司の71番【数多の侵略を退けた十層の城壁のごとく、風よ立て】」
詠唱に答えて風の分厚い壁が立ち上がった。
右のトロールが壁にぶち当たる。巨体がぐらついて何歩か後退した。
火砲くらいは止められるくらいの密度の風だが、サイズがデカいからこれでもイマイチ効果がないな。
左の奴の方に目をやる。地響きを立てて巨体が突進してきた。
壁は効果が薄い、ならこっちでどうだ。
「風司の59番【地を走れ
剣を振る。
ごうっと風がなって草がなぎ倒される。風の塊が足に当たった。
トロールの巨体が大きく傾いでしりもちをついた。
トロールが鈍重な動作で立ち上がった。テレーザの詠唱は続いている。
今までの感じだと、発動まであと呼吸5回ほどか。
トロールが警戒するように顔を見合わせあう。
乱戦になるとあのサイズとパワーは脅威だが、この距離ならトロールには有効な攻め手がないからさほど恐ろしくない。
このまま警戒して距離を取ってくれれて、そのまま魔法を食らってくれればありがたいが。
トロールが頷きあって、転がっていた一抱えもありそうな石を軽々と拾い上げた。
同時に手に持ったハンマーを振り上げる。
……投げてくる。
●
ハンマーと岩が木をなぎ倒しながら飛んできた。
「風司の71番【数多の侵略を退けた十層の城壁のごとく、風よ立て】」
片方の岩とハンマーが風に弾かれて轟音を立てて地面に突き刺さる。
が、もう一本のハンマーがうなりをあげて迫ってくる。詠唱は間に合わない。
「風よ!」
剣に風がまといついた。正面からは流石に受けられない。
姿勢を低くして、回りながら飛んでくるハンマーを下から跳ね上げる。
一瞬、柄に重い手ごたえがあった。巨大な鉄塊の軌道が変わる。ごつごつしたハンマーの穂先が目の前をかすめた。
そのまま高く舞い上がったハンマーが地面に突き刺さって地面が揺れる。
タイミングを合わせてくる辺りは頭を使ったなって感じだが、この程度ならどうってことない。
息をつく暇もなく、トロールが地響きを立てながらこっちに突撃してきた。
「風司の71番【数多の侵略を退けた十層の城壁のごとく、風よ立て】」
もう一度風の壁を立てる。正面からぶつかってトロールが倒れた。
すぐに立ち上がる……が。
時間は十分に稼いだ。もう詠唱は終わるはず。
「……待たせたな」
そう思ったところで、テレーザの声が後ろから聞こえた。
「『ここは最果て北端の城郭、此の地にて炎の燃ゆるは禁じられし行い。全ては凍てつき永久に眠るべし、其は王命なり』術式解放!」
詠唱が終わった。
同時に気温が一瞬で下がる。白い霧が濃い膜のように浮かび上がって突進してくるトロールに絡みついた。
トロールが一瞬悲鳴を上げて動きが止まる。
さっきまでの地響きがうそのようにあたりが静まり返った。
霧が薄れる。
森の一角が雪と氷で白く染め上げられて、凍り付いたトロールが彫像のように立っていた。
★
見ているとトロールにひびが入って粉々に砕けた。
ばらばらと氷の破片が散って、そのあとにはライフコアが残される。
「片付いたな」
「ああ」
「やはり、私たちの敵ではなかったな」
個人的にはハンマーを投げられたのはちょっと危ない所だったと思うが……こいつは気づいていなかったのか。
いや、詠唱中に状況は見えてないわけではないらしい……だから危ない場面だったことは分かるはずだが。
それでも詠唱に乱れも無かったし。度胸なんだろうか、なんなんだろうか。
テレーザが氷を踏みしめてトロールのライフコアを拾い上げた。
満足げに眺めて背負い袋に入れる。
「我々の勝ちだな」
何が?と聞き返そうとしたが、ロイドたちとの話か。
「彼らはどうしたんだろうな?」
「さあね」
テレーザが聞いてくるが。
トロールがそんなにゴロゴロいるとも思えんから、あいつらは接敵しなかったんだろう。俺達が先に接敵できたのは運が良かったな。
いずれにせよ、目的は達した。
空を見上げると、太陽はもうかなり傾いていて雲が赤く染まっていた。
時間的にもそろそろ戻った方がいいだろうな。
「じゃあ行くか」
そう言ったところで、遠くから大きな爆発音が聞こえた
★
「なんだ?魔法か?」
「いや……剣劇の音……前衛の音だ」
テレーザは分からないようだが、俺には聞きなれた音だ。
誰かが戦っている。だれか、というかロイド達だろう。
「他に何か居るということか?」
「おそらくな」
「どうする?」
テレーザがの言葉を遮るように立て続けに爆音が響いた。
多分ロイドの火炎属性付き
別の魔獣がいても、あいつらがあれだけ殴って倒せないのがいるのか?
ロイドは俺を追いだした張本人ではあるが、それでも前衛としての戦闘力は確かなのは認めざるを得ない。
「行こう」
「援護する気か?放っておけばいいだろう……お前をパーティから追い出した連中だろう?」
素っ気ない口調でテレーザが言う。
まあそれは確かではある……わだかまりは無くはないが。
「討伐評価が稼げるかもしれんぞ」
「そうか?それなら悪くないが……ふん。しかし、お人よしだな。それは冒険者の流儀か?」
「さあね」
いずれにせよ急がなくては。もう一度大きな音が遠くから聞こえる。
林の中を走る。音が近づいてきた。
●
林の一角が切り取られたように平らになっていた。そこかしこに立ち切られた木と砕かれた岩が転がっている。
地面には二人が倒れてていて、ロイドとヴァレンだけがかろうじて立っていた。
彼らを見下ろすように空中に浮いていたのは。
ヤギような頭に細身の筋肉質な細身の人の体。腕には鉄の板のような剣を握っている。
背中からはカラスのような黒い羽根。
胸には胴体に磔にされたように女の体が張り付いている。
「なんだ、これは?」
見たことがない相手だが……無機質なヤギの目が俺を見た瞬間、氷室にでも入ったかのように鳥肌が立った。
そこそこ長くやってきたカンが告げている。魔族……しかもかなりの難敵。
テレーザがしばらく考えて叫んだ。
「バフォメッド!」
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