第22話 魔族との戦い・上

「テレーザ、知ってるのか?」

「本で読んだだけだ。トロールなどとは格が違う。中位の魔族だ。魔法を使うぞ」

 

 黒とドス黒い赤で彩られた刀身は禍々しいとしか言いようがない。

 そいつがロイドに向けて剣を振り下ろした。


「風司の101番!【逆巻け風、降る雨を払うは旅路の助け!】」


 すんでのところで間に合った。

 振り下ろされた黒い剣が風の壁にぶち当たってそれる。ヴァレンのすぐそばの地面に切っ先が突き刺さった。

 ロイドとヴァレンがこっちを見る


「ライエル!援護してくれ!頼む!」


 こっちに気付いてヴァレンが悲鳴のような声を上げた。

 空中に浮いたバフォメットが剣を持ちあげて、完全にこっちに向きなおった。

 ヤギの頭の額に着いた眼が俺をじろりと見降ろす。やるしかないか。


 バフォメットが吠えて胸に磔られた女が叫ぶように詠唱を始めた。魔法か?


「【書架は南東・理性の七列・五十二頁21節。私は口述する】」

「風司の29番【薙ぐ風よ、聳えよ。嘗て栄し王城の壁のごとく高く】」


 風の壁が立ち上がる。


「შავი ცეცხლი」


 聞いたことのない言葉とともに女の前に黒い魔法陣が浮かんだ。

 魔法陣から黒い炎がほとばしる。

 風の壁に当たったが殆ど止まらない。普通の炎じゃない 


「【『災いは影のごときものなれば、光満つれば其はおのずと退くが理』術式解放】」


 テレーザの詠唱が終わった。

 青い光の幕が浮かぶ。黒い炎がそれにぶつかって、すんでのところで止まった。

 攻撃じゃなくて防御の魔法だったのか。対応が早い。


「やるな!」


 テレーザが軽く笑って応える。


「くたばりやがれ!」


 ロイドの悪態が聞こえて、炎を纏った斧槍ハルバードがバフォメットの体をとらえた。

 袈裟懸けに胴体をざっくり切り裂いたが、傷がすぐに埋まっていく。何なんだこいつは。

 物理攻撃への耐性でもあるのか。


「なんなんだ!」

「さっきからずっとこんなんだ。俺の斧槍ハルバードが通じねぇ」


「テレーザ!魔法を頼む。俺たちであいつの足を止める」

「分かった」


 物理攻撃が通じないならテレーザの魔法で何とかするしかない。受けに回ったら押しつぶされるぞ。

 テレーザがうなずいて詠唱に入った。


「こいつは魔術師メイジだ。こいつを守れ。詠唱の時間を稼ぐ」

「分かった!」

「おう!」


「風司の67番【白き吹雪の中を征く者よ、この外套をもて。凍てつく災いより汝を守らん】」


 風が巻いてロイドとヴァレンの体に纏いついた。魔法相手にどのくらい有効かは分からんが、あの物騒な剣の攻撃には効果があるだろう。

 ロイドとヴァレンがそれぞれ武器を構える。

 

「援護する!」

「頼む!」


 二人が突撃する。


「風司の43番【風は姿なきものなれど侮るなかれ。束ねれば其の強さは鋼の斧】」


 詠唱とともに剣を振り下ろす。

 風がなって、風の刃がバフォメットを捉えた。胸からドス黒い血のようなものが噴き出す


 ……一応、巨木を断ち斬るくらいの威力はあるはずだが……致命傷とかには程遠い。

 テレーザと比べても仕方ないんだが、やはり火力は不足だな。


 だが、大したダメージにはなってないが、これは牽制目的だ。

 左右からロイドとヴァレンがタイミングを合わせて切りかかる。

 

 ロイドの斧槍ハルバードが剣とぶつかり合った。赤い火花が散る。

 気合の声とともに振られたヴァレンのメイスががら空きの胴に突き刺さった。


 何かが砕ける鈍い音がして胴の半ばまでメイスがめり込むが。

 ヤギの顔がじろりとロイドを見下ろした。あれでも効いてない。


「風よ守れ!」


 ハエでも叩くようにバフォメットが手を振る。鈍い音がしてヴァレンの体が軽々と吹っ飛んで藪に突っ込んだ。

 一瞬ひやっとしたが、ヴァレンがすぐに立ち上がる。 


「大丈夫か!」

「なんとか。助かった、ライエル」


 風でクッションを作ったが、間に合ったか。

 だがざっくりと抉られた胸の傷が見る見るうちに元に戻っていく。

 オーグル程度なら一撃で仕留める威力があるヴァレンのメイスを受けても無傷なのか。

 

「風司の71番【数多の侵略を退けた十層の城壁のごとく、風よ立て】」

 

 風の壁を立てる。トロールでも弾き飛ばせる壁だ。さすがに、一瞬動きが止まるが


「გაქრა」


 胸の女が何か唱えたら風の壁が掻き消えた。横でロイドが歯ぎしりする。

 バフォメットが勿体ぶるようにじりじりと近づいてきた。

 だめだ、これじゃ止まらない。


 テレーザの詠唱はまだ続いている。

 使いたくなかったが……これならどうだ。


「風司の7番。【遥か野に響く遠雷を聞け。其が示すは審判の槌音。見よ、今汝の頭上より降り注がん!】」


 空気が震えて髪が逆立つ。

 久しぶりの感覚、体から力を一気に引き抜かれるような感覚がした。

 一瞬遅れてまばゆい光がきらめく。そして雷撃がバフォメットを貫いた。

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