第20話 三度目の討伐

 トロールの目撃情報があったのは、アルフェリズからトラムで1日ほど離れた町、シューネス。

 一度だけ行ったことがある。谷あいの中規模の町だったはずだ。

 ワインが名産だった覚えがあるが。


 アルフェリズに比べれば小さな町だが冒険者ギルドもある。

 それでもここに依頼が来ているってことは、あっちでは手に負えなかったってことなんだろう。


 行きには路面汽車トラムを使ったが、幸いにもあいつらとはいっしょではなかった。

 ……明らかに友好的な物言いではなかったからな。行く途中でもめなくて助かった。


 長距離用の路面汽車トラムは二両仕立てで、街中を走る奴よりは少しはシートの座り心地もいい。空いた窓からひんやりした風が社内に流れていた。

 中はさほど人は多くなくて、冒険者らしき一組と、あとは旅行者とかそんな感じだった。

 後ろの車両は貨物車だ。

 

人獣鬼トロールとはどんな魔獣だ?」

「一度だけ交戦したが、手ごわいぞ。単純に力が強いっていうだけじゃなく、知恵がある」


「ふん、だとしても私たちの敵ではない」

「甘く見るなよ」

「無論分かっている。油断も過度に恐れもしない。それだけだ」


「しかし……時間がかかることは覚悟しておけ」

「なぜだ?」


「今までみたいに敵がどこにいるか特定しづらいからな。あと、本当に人獣鬼トロールかどうかもあやしい」


 個人的にはこの依頼、本当に人獣鬼トロールが出るのか怪しいと思っている。

 人獣鬼トロール、というか魔族はかなりレアな相手だ。そんなによくいる相手じゃない。


「どういうことだ?」

「オーグルとかそんなのの可能性もあるってことだ」


 そういうとテレーザが顔をしかめた。

 オーグルは人型の大型の魔獣だ。人型ではあるが知性は無いから魔族とは呼ばれない。

 デカイだけでそれこそ俺たちの敵じゃないんだが、討伐評価は大したことは無い。


「そんなことあり得るのか?」

「残念ながら珍しくない。冒険者以外の奴が魔獣を正確に見分けられると思うか?」


 そう言うとテレーザが黙った。見間違いは珍しくない。

 ブラッドハウンドとかのように知名度が高いというかよくあらわれる魔獣や、ブラックウッドのような見た目が特徴的な奴はともかく、そうじゃない奴は意外に見間違いがある。

 依頼を受けてみたら全然違う相手と戦うことになった、なんてことは珍しくないのだ。

 

 想定より弱い、というケースでも報酬は変わらない。討伐評価は下がるが。

 俺としては別にそれでもかまわないが、テレーザ的には微妙だろう。


 厄介なのは想定より強いケースだが、実はそれはあまりない。

 目撃した奴が大げさに話すことはあっても控えめに話すことは殆どない。なので、周到な準備をしていっても、遭遇したら数段格下の魔獣でしたというケースの方が多い。

 しかも今回は人獣鬼トロールだ。あれより強い相手にぶち当たることもそうはないだろう。


「まあこればかりは祈るしかないな」


 実際にそうとしか言いようがない。

 そういうとテレーザが物憂げに俯いた。



 一日がかりっていうのは結構面倒な移動だ。 

 着いたのは夜だった。


 汽車は一緒じゃなかったが、流石に宿までは分けてくれなかった。

 ロイドがこちらを睨んでいて、食事のときは微妙な緊張感が漂っていたが、とりあえず無視することにする。


 緊張感を生みだした本人は、視線には気づいていたと思うが、我関せずという顔でいつも通り食事を済ませて、あてがわれた部屋に入ってしまった。

 まああの図太さは冒険者向きと言えるかもしれない。



 人獣鬼トロールの目撃情報は町からさらに離れたところにある林に覆われた丘陵地帯だった。

 今までの森よりは木が薄いから見通しもいい。


 あいつらの姿は見えない。

 今回はこのあたり、という以外の情報がない。ある程度歩いて探すしかないな。

 幸いにも相手が大きいから見つけやすいが。


 歩き回って昼になったが収穫は無い。

 弁当として用意してもらったロールサンドを食べた。

 薄く焼き上げた生地に野菜やハムとちょっと辛いソースを巻き込んである。サクッと軽い生地は食べやすいが意外に腹にたまる感じで、弁当にはちょうどいい。

 

「現れるだろうか?」


 水袋から水を一口飲んでテレーザが聞いてくる。昼までに足跡とか痕跡の収穫は無かった。

 疲れが顔に滲み出ているのはそれが原因だろう。

 あたりを見回して少し考えた。


「分らんが……静かすぎる。普通ならこの辺は獣がいても不思議じゃないんだが音沙汰がない」

「つまり?」


「デカイ魔獣がいても不思議じゃないってことだ」 


 そういうとテレーザの顔に少し元気が戻った。

 気休めかもしれないが沈んでいるよりはいいだろう。



 昼過ぎもひたすら林を歩く。

 空気はひんやりしているが、樹の間から照り付ける日差しは結構強い。 

 足場も悪くて体力を奪われる。

 

 テレーザは足元を見つつ無言で歩いている。

 ブラッドハウンドのときも、ブラックウッドのときも比較的早い段階で接敵して戦闘になったからこれだけ長く捜索するのはこいつにとっては初めてだ。


 しかも今のところ成果が見える気配がない。

 こういう状況は精神的に疲れる。


「これでも食べておけ」

「なんだこれは?」


 背負い袋に入れておいた砂糖菓子ドゥルスを渡す。砂糖と少量の塩と砕いたナッツや薬草を蜜で丸く固めたものだ。


「冒険者の携帯食だ……食べておけ」

「必要ない」


 テレーザが首を振るが。


「食べておけ。冒険者の先輩の知恵だ」


 そういうと彼女が渋々って感じで丸い菓子ドゥルスを取って口に放り込む。すぐに顔をほころばせた。


「これは……なかなか甘くていいな」

「そうだろ?昔はこれが不味くてな、砂糖がザラザラして甘すぎて最悪だった」


「そうなのか?」

「昔は少しでも疲れをとれればいいって感じだったんだ。だがあまりに不味くてあまり食べなくてな。ここ数年でずいぶん良くなった」

「なるほど……確かに、これは上質の菓子にも劣らないな」


 冒険者の移動しながらの携帯食としては歴史は古いが、改善されたのは最近だ。

 王都ヴァルメーロの冒険者ギルドが菓子屋と協力して作ったらしく、今はどこのギルドで売られている。

 テレーザが食べ終わったらしく、名残惜しそうな表情を浮かべる。


「もう一つ食べるか?」

「ああ……有難く貰うぞ」


 そう言ってテレーザが俺をじろりと見た。 


「今まで出さなかったのは……勿体ぶっていたのか?」

「今まではこんなに探索が長引かなかっただろ。それに、これは菓子じゃない。結構高いんだぞ」


 上質の粒の細かい砂糖とハーブと高品質の蜜を使っているので結構高いのだ。

 歩きながら水を飲んで口をゆすぐ。甘味と塩気が疲れた体に染みる気がした。


 そろそろ影が長くなってきている。夕方までどのくらいだろうか。

 夜に森の中を探索するのは自殺行為だ。町に戻ることも考えていなければいけない。


「さあ行こう」


 大きく息を吐いてテレーザが促した。少しは元気が出たらしい。

 それに時間制限についてはこいつの方がよほど気にしているだろう。どうにか日没までに遭遇したい。


「そうだな」

 

 背負い袋を担ぎなおしたところで、かすかな振動と音が伝わってきた。

 テレーザも気づいたらしい。動きを止めて警戒した表情になる


 音が少しづつこっちに近づいてくる。

 こっちを認識して向かって来ている音だ。 

 

 わずかな間が開いて、木々の向こうから巨大な魔獣が姿を現した。


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