第3話 魔法学園から来た彼女

 ガラス越しに太陽の光を浴びて美しく輝く銀髪に青の瞳。長めの銀髪は後ろで綺麗に結い上げられてる。


 若い……たぶん18歳くらいだろうか。

 理知的って感じの学者のような顔には銀の鎖がついた片眼鏡モノクルをかけている。整った顔立ちだが、なんというか仮面のようだ。

 俺を睨むような鋭い目線も値踏みするような冷たさを感じる。


 整えられた髪には髪飾りがあしらわれている。

 着ている白のローブや椅子に掛けられている白の外套もいかにも仕立てがいい。冒険者というより学者とかそんなイメージだ。


 横には付き従うように杖が浮いていた。魔法使いか。

 その子が俺を見上げるように一瞥した。

 

「あー、俺は……」

「先ほど亭主より話を聞いた。ライエル・ピレニーズ・オルランド、風系統の錬成術師。ギルド公認ランクはA3」


 俺の機先を制するように彼女が言う


「私はテレーザ・ファティマ」


 名前は?と聞くより先に彼女が名乗った。


「お前は防御に優れた錬成術師と聞いた。違いないか?」


 片眼鏡の位置を直しながら女の子が聞いてくる。

 何やら教師の様な口調だ。俺のほうが年上なんだが……


「ああ……そうだな」


 風で攻撃ももちろんできるが、俺はどちらかというと進路妨害や敵の分断とか守備的な使い方をすることが多い。

 属性に関して言うなら、火は攻撃に強く、地と風は攻守兼任、水は防御に長ける、というのが定説だ。

 風属性は雷撃系を使うものもいるので攻撃に偏ることもあるが。


「経験は?」

「10年ほど」


「今はほかのパーティには入っていないな」

「先日、違う方向に進むことになったっていわれたよ」


 そういうとその子が首をかしげた。どうやら意味が分かっていないらしい。駆け出しか?


「入っていない」

「分かりやすく言え。今後は注意しろ」


「今後は、とは?」

「お前をパーティに入れる。以後私の指揮に従ってもらう」


「ちょっと待て。パーティって?」


 少なくともこの場には彼女しかいない。


「他に誰かいるのか?」

「私だけだ。私とお前でパーティを組む」


 当たり前だろって感じの口調で彼女が言う。


「お前の仕事は戦闘において私を守ることだ。いいな、それに専念せよ」

「守るって……あんた魔法使いだろ?」


 当世の魔法使いの主な仕事は前衛に防御系の魔法をかけたり、遠距離の敵への牽制が主だ。火力はあくまで前衛が出す。

 防御寄りの錬成術師が火力を出せない魔法使いを守っても仕方ない。


「お前の懸念はわかっているが、気にすることはない」

「ちょっと待て」


「私は十分な吟味をした上でここに居る、お前が必要だ」


 テレーザが真剣な目で俺を見て言う。


「ああ……それはありがたいが、だがな」


 ここしばらくの境遇を考えれば、いまはその言葉は胸にしみるものがある、と言いたいところだが。

 ただ、全く知らない相手にそんなこと言われても信用できないって面もあるのだ。

 テレーザが俺を無視してマスターのほうを向いた


「主、ここの宿代はいくらだ?」

「ああ……一泊12クラウンから」


「1か月分、この男の分も前払いする」


 そういってその子が机の上に金貨を並べた。マスターが口を開けて金貨を見る。

 この町では主に使われるのは銅貨や銀貨で、金貨なんてほとんど見たことがない。しかも顔が映るほどきれいに磨かれている。


「これで足りるか?」


 マスターが手に取って確かめてうなづいた


「手付け替わりだ。不満はないだろうな?そもそもお前に選択の余地はないと思うが」


 そういわれると返す言葉もない。

 今の蓄えなら宿は一月は泊まれるが、俺には稼がないといけない事情があるからそれを全部宿代に突っ込むわけにはいかない。

 その間に不人気錬成術師に引き合いがかかるかといわれると怪しいもんだ。

 

「私には一番いい部屋を用意してもらいたい。明日からこちらに世話になる。食事もできればよいものを頼む」


 そういってその子が立った。杖が付き従うようにふわりと浮く。

 薄い外套を羽織りなおした彼女がそのまま店を出て行った。



 ドアが閉められてホールに静寂がもどった。ガラス越しに雑踏の物音が聞こえるだけだ。


「よかったな……とりあえず次のパーティの口があって」


 マスターがなにやら疲れた口調で言う。

 よかったんだろうか。魔法使いと防御寄りの錬成術師なんてちょっと近年はあり得ない編成だ。


「お前を評価しているってことだろ、これは」


 マスターが金貨を眺めつつ言う。

 これだけの額をポンと置いていくのだから、それは確かにそうだと思うが。


 だが懸念はそう言う事とは別にある。

 編成もそうだがあいつはかなり若い。つまり経験が浅い駆け出しの可能性が高い。

 強力な恩恵を持っていても、経験不足は不安要素だ。

 

「だがな、ライエル」


 不安げな表情が出ていたのか、マスターがフォローするように言う。


「おそらくなんだが」


 そういってマスターが金貨をつまみ上げて俺の前に置いた。


「あの子はアレクト―ル王立魔術学院の人間だ。この金貨の紋章がそうだからな」

「そうなのか?」


 金貨には指輪と交差する杖と王冠をモチーフにした文様が入っていた。

 俺でも名前くらいは知っている、アレクト―ル王立魔法学院。


 この国パルカレル王国の王都ヴァルメーロにある、貴族に仕える魔法使いを多数輩出する超絶名門だ。

 あそこの学生なら素人と組むなんてことはないか。ただ。


「まあでも、正直言うといい性格じゃなさそうだ」

「がんばれ。路頭に迷うよりはいいだろう」


 駆け出し魔導士のお付と路面汽車トラムの車掌なら冒険者の方がいいが。さてどうなることやら。

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