和side

 私は部屋のベッドに寝転がり、窓から外を見ていた。


 ――ピピッピピッ……。


 小さな電子音に、わきに挟んでいた体温計を取り出す。体温計の表示は三十七度八分。


「微熱がまだ下がらない」


 ベッドの枕の横には各教科のテキストが数冊積み重ねてある。体温計を置き、英語のテキストをパラパラと捲った。


 テキストを捲っているのに……。

 脳裏に浮かぶのは光月君の顔。


 ベッドの横にあるサイドボードの抽斗から、お気に入りの小さな手鏡を取り出す。


 ぼさぼさの髪、泣いたせいか、発熱のせいか、瞼は腫れぼったい。


「……ひどい顔してる」


 右手の人差し指で、唇をなぞった。


 光月君に……キスされた唇。

 ファーストキスだったのに。

 焼肉食べ放題の賭けに利用されたなんて、このまま泣き寝入りするのはやっぱり悔しい。


 ◇


 ―五日前―


 私は電車の中で、突然男子に声をかけられた。優しい声に振り返ると、そこに立っていたのは、同じ高校の光月聖也君だった。


『林、一人?』


 私はいつだって一人だよ。


 以前は友達もいたけど、成績が学年一位を独走し始めた頃から、みんな私に近寄らなくなった。


 『ガリ勉』と陰でアダナをつけられ、勉強ばかりしている私を笑っていることも知っている。


 ひとりぼっちが好きなわけじゃない。

 私だって友達が欲しかった。

 でも、誰も友達になってくれなかった。


 電車に揺られながら、チラッと光月君を見上げた。


 『学園のアイドル』『学園の王子様』女子からそう呼ばれている光月君が、私に微笑みかけている。


 いつも日陰にいる私には、光月君のきらきらと光る白い歯が太陽みたいに眩しかった。

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