第3話 遭遇-encounter-①

-第三話-



 トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル……

 地震があった日の深夜。

 アイオミ宅の電話が執拗に鳴り続ける。


 寝ていたアイオミ創(はじめ)は、パチっと目を開けると寝室の電話の受話器を素早く取った。

「なんだ? こんな夜中に」

「市長! 緊急事態です! 大至急タワーの会議室に来てください!」

 緊迫した秘書の声にアイオミはただならぬものを感じた。

 受話器を置くやいなやスーツに着替えて邸宅を出る。


 セントラルタワーまで車を走らせるアイオミの背中がザワつく。

 彼は人一倍勘のいい人間だった。

 齢(よわい)四十一にして八十万人都市の市長になったのも伊達ではない。


 三十五分ほどしてセントラルタワーに着いたアイオミは、急いでエレベーターに乗り込むと『五十』と書かれたボタンを押した。

 重力に逆らって高速でエレベーターが上昇する。

 ほどなくして『チン』という音を立てて扉が開く。

 アイオミは足早に大会議室へ向かった。



 会議室には青ざめた顔の秘書と幹部職員十二名が既に集まっていた。

 アイオミが所定の位置に座る。

 幹部職員の一人が手際よく用意されたプロジェクターを操作する。

 巨大なスクリーンに謎の生物の画像が映し出された。


「なんだ……、これは……?」

 目をみはるアイオミに別の幹部職員が口を開く。

「自然区に設置された定点カメラがとらえた映像です。西園寺家が所有するコテージ付近の林に突然現れ、宿泊していた男子学生五人を襲いました。見たことのない化け物です」

 アイオミの眉間にシワが寄る。

「これを見てください」

 プロジェクターが別の画像を映す。

「!?」

 驚いて身を乗り出したアイオミの目に人を喰らう化け物が飛び込んだ。

「この生物は……人を食べるのか……?」

「そのようです」

「生存者は?」

「全員死亡しました。即死です」

「そうか……」

 アイオミが唸る。


「現在の状況は?」

「化け物の行方が解りません。自然区の全定点カメラをチェックしましたが、どこにも映っていませんでした。恐らくカメラの死角のどこかに潜んでいるものと考えられます」

「市内に行った可能性は?」

「接続部の西ブロックゲートの監視カメラの映像をチェックしましたが映っていませんでした。

自然区にとどまっている模様です」

 報告を聞いてアイオミが腕を組む。

「こいつの侵入経路は?」

 別の幹部職員が椅子から立ちあがった。

「恐らく今朝起こった地震でできた外壁の亀裂を破ってきたものと思われます」

「亀裂……? 大きさは?」

「高さ四メートルくらいの穴です。大規模な空気漏れや汚染物質の流入は今のところ確認できていません」

「なるほど」


 組んだ腕をじっと見つめ、考え込むアイオミに秘書が更に情報を告げる。

「市長! この問題は早急に解決しないとまずいです。何しろ、犠牲者の中に西園寺家のご子息が含まれています」

「資産家の連中か……。西園寺家はなんといっている?」

「烈火の如く怒り狂い、化け物を見つけ出して八つ裂きにせよ、と」

「八つ裂きか……」

 アイオミの眉間のシワが更に深くなる。

「市長、ご判断を」

 重い沈黙がおりる。


 五分ほど経った頃、アイオミが組んだ腕を会議机に置いた。

「即応部隊を出動させる。ただし、サイレンは鳴らすな。無駄に市民を刺激したくない。報道規制を敷く。少数精鋭で迅速に片付けさせるんだ。夜明けが来る前に問題を解決せよ。いいな?」

「では、そのように手配致します」

 秘書が携帯端末に指示を書き込む。

「亀裂のほうはいかがいたしますか?」

 アイオミは尋ねる幹部職員に視線を移す。

「資材の搬入を貨物シャトルで行えるよう準備を。工事業者には夜明けと共に着工するように連絡。計測員と除染作業員も現場に同行させるように」

「了解しました」


 バタバタと皆が出て行った後の会議室で一人残ったアイオミは、プロジェクターに映し出された化け物を見つめた。

「オオカミのような牙に、ライオンのような胴体、恐竜のような背びれに尻尾か……。まるで合成生物のキメラといったところか……」

 アイオミは今後の対応をシミュレーションしながら、飽きもせずにスクリーンのキメラを眺め続けた。



 午前三時。

 即応部隊の宿舎にスクランブルのコールがかかった。

 獣のようなうるさいイビキの分隊長、犬養(いぬかい)が同じ分隊の小西にゆさゆさと体を揺さぶられる。

「ああ?」

 ようやく目覚めた犬養(いぬかい)に小西が早口で告げる。

「緊急スクランブルです。急いでください」

「場所はどこだ?」

「自然区の南、別荘群周辺です」

「そうか」

 よっこらしょ、と起き上がった犬養(いぬかい)は意外にも素早く身支度を整えた。

 二十分後に犬養(いぬかい)を含めた分隊八人が車両に乗り込み、自然区に向かって出発する。


「なぁ小西、呼ばれたのは俺の分隊だけか?」

 犬養(いぬかい)が隣に座る小西に訊く。

「そのようですね」

『ふん』と犬養(いぬかい)が鼻を鳴らした。

「市長のやつ、相当内密にしたいらしいな」

 無精髭を撫で回した犬養 毅(いぬかい つよし)は今年三十三歳。

 戦闘能力は卓越しているがそれ以外はからっきしの駄目人間だ。

 小西拓也はまだ若く二十六歳で、犬養(いぬかい)の舎弟のような存在である。

 尻のポケットからスキットルを取り出して犬養(いぬかい)がグビリと飲む。

「酒くさっ。 ダメじゃないですか、犬養さん! せめて終わってから飲みましょうよ!」

「うるせーなぁ、どうせ腹に溜まってしょんべんになるだけだ。後でも先でも一緒だろーが」

 小西は『このアル中が!』と思いつつ、いつものことなので呆れ気味に肩をすくめた。


 車両が自然区に入り、ガタゴトと揺れる。


「五人殺(や)られたらしいな」

 犬養(いぬかい)は急に真顔になった。

「化け物のような生物に喰われた……って話ですけどね」

「この都市は二十年間ずっと平和だった。だが、どうにもここ最近キナくさい動きが多い」

「この前のクーデター未遂事件のことですか?」

「ああ……実際はただのチンピラの集会だったがな」

 ふと犬養(いぬかい)は遠い目をする。

「二十年か……この辺りが限界かもしれねえなぁ」

 小西は意味がわからず首を傾げる。

 犬養(いぬかい)はわかりやすく説明してやった。

「閉鎖都市で人間が正気を保ってられる時間だよ。どいつもこいつも『ガス』がたまってきてやがる」

「『ガス』?」

「みんな不満や不安を抱えてる。このままでいいのかどうか、とかな」

「ああ、そうですねぇ」


 犬養(いぬかい)と小西が話していると、いきなり車の揺れが止まった。

 エンジンが切られ、周囲が静になる。

 目的地に到着したようだ。

「用心しろよ。つまらん死にかただけはするな」

 犬養(いぬかい)の言葉に隊員達がうなづく。

 装備を確認しつつ、分隊は車から次々と降りた。



 犬養(いぬかい)を先頭に分隊が林の中を進んでいく。


「最後に確認されたのがこの辺りらしいですね」

 小西がライトで辺りを照らす。

「必ず近くにいるはずだ。見つけたら迷わず撃て!」


 分隊が林の中をライトで照らしながら捜索する。

 不意に分隊の一人が暗闇から飛びかかってきたキメラに脇腹を食いちぎられた。

「ぎゃああああああーーーーっ!」

「くそっ! 出やがったな! 全員で応戦しろっ!」

 犬養(いぬかい)の怒号と同時に七丁のアサルトライフルが火を吹く。


 ガガガガガッ。


 キメラは軽々と跳躍して次々と攻撃を避ける。

「は、はやいっ!」

 小西が叫ぶのとキメラが旋回するのが同時だった。

「うわーーーっ!」

 キメラ振り回したしっぽで分隊の一人、ラムサスがはじき飛ばされる。

「ラムサス!」

 ラムサスは十メートル近く吹っ飛び、背中から大樹に激突した。

「ぐは……っ」

 口から血を吐き、ピクリとも動かない。


「くそぉ! 小西、下半身を狙えっ! 動きをとめろっ!」

「は、はいっ!」


 ガガガガガガガガッ。


 犬養と小西の銃撃がキメラの下半身に命中した。

 一瞬、キメラの動きが止まる。

 しかし、あろうことか傷口がみるみる塞がってゆく。

「な、なんだと……!?」

 受け入れがたい現実に犬養(いぬかい)がその場で硬直した。

「隊長っ! くそっ、くたばれーーっ!」

 分隊メンバーが犬養の前に出てキメラに銃撃を浴びせる。


 ガガガガガッ、ガガガッ。


 アサルトライフル二丁ではさほどダメージを与えらない。

「隊長っ!」

「しっかりしてくださいっ……!」

 叫んだメンバーが応戦しながら犬養(いぬかい)を叱咤する。

 その間キメラの爪が他の分隊メンバー二人を切り裂いた。

「ぐわあーーーーーーっ!」


「畜生っ! なら、頭はどうだっ!」

 分隊の惨状を見て我に返った犬養(いぬかい)がキメラの頭を狙う。


 ガガガガッ、ガガガガッ。


 銃弾がキメラに命中し、少しよろめく。

「やったか!」

 叫ぶ犬養(いぬかい)の目の前で、またすぐに傷が回復する。


 ガァアアアーッ!


 興奮したキメラが咆哮(ほうこう)を上げながら犬養(いぬかい)と小西に突進してくる。

「小西っ」

 すんでの所で二人はローリングで左右に分かれてそれぞれ回避した。

その間にも応戦していた分隊の仲間が地に倒れる。


「犬養さん、このままじゃあ全滅ですよっ!」

「くそっ、あいつは普通じゃねぇっ。撤退するぞっ!」

「しかし、始末してこいとの指令ですっ」

「対人装備じゃ歯がたたん。無駄死にする気かっ! いいから来いっ!」


 犬養(いぬかい)は急いで口から血を滴らせるラムサスのところまで行き、背負いながら車両へ走った。

 駆け寄る小西にラムサスを預け、犬養(いぬかい)が運転席に飛び込む。

「くっそおおおおっ!」

 アクセル思い切り踏み込みドリフトしながらその場を離脱する。

 生存者は犬養(いぬかい)、小西、重傷のラムサスの三人のみだった。


 キメラが執拗に車両を追いかけてくる。

 五キロほど走ったところで、逃走する車両に危険なしと判断したのか、キメラは追うのを止めて林の奥へと消えていった。

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