第2話 捕食者
-第二話-
「今朝の地震、震度五弱だって。その割にはここのコテージは案外平気だったな」
テレビのニュースを見ながら関がつぶやく。
「市内の方は振動を吸収するために大げさに揺れるんだよ。支柱の耐震システム。知らないのか?」
「あー、そういやそうだっけか」
葛西の説明を受けて関が頭をポリポリ掻く。
「それに自然区は元々天然の山を利用してるからな。地盤が丈夫なんだよ」
「空気も景色も格別だろ?」
西園寺(さいおんじ)がくいっと眼鏡を押し上げ自慢気に言う。
北堵(ほくと)ドームシティの西ブロックの更に西側。
突き出た山の中腹に自然区がある。
ここは汚染除去された自然林が生え、川や湖などがあり市民の憩いの場となっている。
自然区は北側がO2供給用の保安林地区、ついで厳重に管理された家畜飼育場、中央部分に一般市民が入れるキャンプ場がある。
南側は富裕層のための別荘地区で、そこに西園寺(さいおんじ)家が所有するコテージがあった。
コテージと言っても二階建ての広々とした豪華な建物だ。
西園寺雅彦(さいおんじまさひこ)は自分と同じ北堵(ほくと)大学生の取り巻き四人を引き連れてコテージに来ていた。
時刻は十八時半になろうとしている。
「腹減ったなあ」
誰かの一言でみんなが騒ぎ出す。
「オレも腹減った」
「俺もー」
「そろそろ飯にするか」
西園寺はほくそ笑んで多田と後藤に車から食料を取ってくるように命じた。
ほどなくして二人がそれぞれ大きなバッグを抱えて戻ってくる。
「みんな、好きなものを食えよ」
西園寺の言葉に取り巻き四人が床に置かれたバッグの中を覗き込んだ。
「ビーフシチュー? なんだこれ?」
「あ、バゲットってやつだ! 本で見たことある!」
「えーと、デミグラスソースハンバーグ?」
「オムレットってのもあるぞ?」
みんながきょとんとして西園寺を見上げる。
西園寺は軽く咳払いをした。
「バゲットの原料は合成小麦だが、他のものは全部本物だ」
「本物って?」
「合成食料じゃないってことさ」
「ええっ」
四人は手にしたレトルトパックや真空パックをまじまじと眺めた。
普段ドームシティの住民は『バランススティック』という合成食料を食べている。
二センチ✕十五センチの長さで、厚みが一センチある総合栄養食だ。
どこの店でも売っていて様々な種類の味がある。
それ以外の食料と言えば安価な合成スナック菓子か、とてつもなく高い天然素材のスイーツくらいしかない。
「腹が減っているんだろ? さっさと食べようぜ」
遠慮がちな仲間を西園寺がキッチンへ追い立てた。
キッチンに設置されている電子レンジで封を切り、一袋ずつ温める。
一品できるたびに周囲にいい匂いが漂った。
「本当に食ってもいいのか? 高価なものなんだろ?」
「構わんさ。気にするな」
皿に移されたビーフシチューを渡された後藤はこぼさないように気をつけた。
なんとも言えない香りがする。
恐る恐るスプーンで一口食べて絶句する。
「……うまいっ!」
「だろ?」
西園寺がにやりと笑う。
「この、塊が肉なのか? 口の中でほろほろ溶ける!」
「そうだよ。本物の牛肉。めったに手に入らないんだぜ?」
言いながら熱々のフォアグラソテーを西園寺が上品に食べる。
「このオムレットってやつ、もう一個食べてもいい?」
「どうぞどうぞ」
待ってましたとばかりに関が手にしてレンジに飛びつく。
「俺もおかわり!」
「次は何を食べようかな……」
「たくさん持ってきたから、好きなだけ食べていいぞ」
周囲の反応に気をよくした西園寺は皆に大盤振る舞いをした。
極上の食事をたらふく胃に押し込んだ五人は満足して上機嫌になった。
「なあ。腹も膨れたし、運動がてら肝試しでもしないか?」
多田が言い出すと葛西がそっぽを向く。
「嫌だよ俺は。小学生じゃあるまいし……外は真っ暗だろ?」
「んなこといってビビってんじゃねーのか?」
「んなわけねーだろっ」
「じゃ、決まりな」
あっさり言う多田に葛西が舌打ちをする。
やり取りを見ていた西園寺が懐中電灯を出してきた。
「ドーム内とは言え自然林だからな。みんな気をつけろよ」
「おう!」
じゃんけんで順番を決め、五分おきに一人ずつコテージを出る。
一番目は関だった。
慣れないじゃり道を歩いていると葛西が追いついてくる。
お互いにホッとして二人で歩く。
「肝試しといっても実際にやると怖いな……」
葛西が愚痴をこぼす。
「まあ、暗闇に恐怖するのは本能だからな」
「にしても、いないとわかっててなんでやるんだろうな?」
「さあな。それが人間なんだろ。つい意外性を求めてしまうのさ」
「ったく、わかんねーな」
ぶつぶつ文句を言う葛西に関が苦笑する。
「なあ、先にいってみんなを待ち伏せしようか?」
「お、いいぜ。多田をギャフンといわせてやるっ」
「いちいち根に持つなよ」
「いーや。腰を抜かすまでビビらせてやるっ。覚悟しろ、多田!」
「ほどほどにしてやれよー」
ずんずんと先をゆく葛西の背中に関が声をかけた。
コテージでは三番目に後藤、四番目に西園寺、最後に多田が出発していた。
多田は思いのほか風情のある自然林にビクつきながら西園寺を追った。
小走りに進むと人影が見えた。
西園寺だ。
「おーい!」
慌てて走り、合流する。
「自分が言い出したとはいえ、なかなか……」
ピタリとついて歩く多田を西園寺が鼻で笑う。
ガサッ。
「うわあああ、なにか動いたっ」
動転した多田が周囲の林を照らす。
「慌てるな。ただの小動物かなにかだろう」
「はあ……」
「お化けなんているわけがない」
冷静な西園寺に多田が苦るしい言い訳をする。
「確かにもののけの類は存在しないと思ってるよ。でも、隠れた犯罪者や危険人物とか潜んでる可能性だってあるし……」
「どうかな」
「化け物だって……科学者が作った生物兵器だと考えれば、可能性はあるかもしれないだろ?」
「さあな」
全く相手にされずに多田が黙る。
沈黙しながら歩いていると林をつんざく悲鳴が聞こえた。
「ぐわあああああああっ!」
「うわああああああああああっ!」
冷静だった西園寺が叫ぶ。
「なんだっ!? 後藤と関の声かっ!」
「ふ、ふたりになにかあったのか……?」
つかまる多田の腕を振り払い、西園寺が懐中電灯をかざしてじゃり道を走り出す。
「多田! 行くぞっ!」
「お、おう」
へっぴり腰で置いていかれまいと多田も走る。
西園寺達は懐中電灯を頼りに暗がりの中を声がした方に向かって急いだ。
関は目の前で起こったことが信じられずにいた。
あまりにも突然で声も出ない。
その光景が目に焼き付く。
慄然のあまりに足がわなないた。
『……冗談キツイぜ……。一体なんだっていうんだ?』
本能的に身を翻してその場から駆け出す。
足元でじゃりがうるさいほど鳴った。
『……これは夢か、映画の撮影だろ……?』
走りながら恐怖で全身の汗が大量に吹き出す。
『誰かそうだといってくれっ!』
振り返らずに一心に走る関の背後に黒い影がうごめく。
『誰か……誰か……っ』
関はダッシュで走ったつもりだったが、実際は数メートルの距離しか動いていない。
影は音もなく関に近づいた。
グチャッ。
嫌な音と同時に関の動きが止まった。
懐中電灯を握りしめて走っていた西園寺はいきなり立ち止まった。
林の中の少し開けた場所である。
後ろを走っていた多田が西園寺の背中に突っ込む。
「え、どうし……」
いぶかしむ多田が懐中電灯の光の先を見る。
「ご、後藤っ!」
地に倒れた後藤の体は腹部で上半身と下半身とに綺麗に分断されていた。
切断部からドクドクと血が流れ出し、血溜まりを作っている。
むせ返るような血の匂いが辺りに立ち込めていた。
「こ、これは……」
「真っ二つ、だと……? 人間の仕業じゃない……一体なにがあった……?」
ようやく声を絞り出した西園寺の手が恐慌に震える。
「お、おい。あれ……」
立ち尽くす西園寺の腕を多田が掴んだ。
声に誘導されて視線を動かすと、七メートルほど先に巨大な影が動いている。
ゴリッ、バキッ、ゴキッ。
無意識に西園寺が懐中電灯を向けると光の先に異形な生物の姿が浮かび上がった。
硬いものを噛み砕く咀嚼(そしゃく)音をたてながら無心に何かを食べている。
「……関……?」
人だったはずの下半身が大地に転がっている。
上半身は頭部を噛み砕かれ、内臓と大量の血を飛び散らせながら異形生物の口から垂れ下がっていた。
それは見たこともない生物だった。
高さは百七十五センチの西園寺の倍ほどあり、体の長さは懐中電灯の光でははみ出して目測できない。
頭部は狼のような形状でたてがみが赤い。
口は鋭い牙が上下二本ずつ生えている。
体つきはかなりの筋肉質でライオンのような猫科の動物に近く、四足歩行できるようだ。
また首の辺りから生えている背びれが恐竜のそれに似て爬虫類を思わせる。
西園寺と多田が呆然としている間に謎の生物は関らしい人体の上半身を食べ尽くした。
口から血を滴らせて一声鳴く。
ガアァァァァァァッ!
謎の生物がゆっくりと振り向いた。
懐中電灯の光で目がキラリと光る。
「な……っ」
怯えた多田が失禁しながら西園寺の腕を強く握った。
今度は自分達が狙われる!
わかっていても恐怖で身動きが出来ない。
声を上げたら最後、という緊張感。
こわばる西園寺の手から思わず懐中電灯が滑り落ちた。
ガコッ。
その音が引き金になり、謎の生物が高く跳躍した。
ザシュッ。
瞬きをする間もなく多田が寸断され、西園寺は数メートル先の木の幹に激突した。
「がはっ」
眼鏡が吹き飛び、背骨と頭部を強打して吐血する。
体のいたる箇所が軋(きし)むのを感じながら西園寺がとっさに頭をかばう。
しかし、抵抗もそこまでだった。
苦しい呼吸をする前に彼の体は鋭い爪で真っ二つに切断された。
ガアァァァァァァ……
謎の生物は仕留めた西園寺の頭にかぶりついた。
大げさに周囲一帯へ血臭をまき散らす。
シンとした林に不気味な咀嚼(そしゃく)音が鳴り響き続けた。
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