第4話 現実逃避 3

 手っ取り早くお金を稼ぐなら依頼を受けるのが一番だ依頼を完遂させると報酬としてお金が貰える上にアイテムまで貰えるらしい。

 らしい、と言うのは僕はまだ貰った事が無いからだ。依頼にはレベル1からレベル99まで有り、依頼のレベルが上がれば難易度も上がる、僕はまだレベル3までしか完遂した事が無い。

 低レベルではアイテムは貰え無いのかも知れない、なので今回は依頼のレベルを上げて見る事にする。

 

 

 

 

 ワークギルドに着くと、カウンターの中には何人かの担当が居た、その内の1人に依頼を探している志を伝えた。

 その担当の人は、NPCなのだが、やる気が無さそうな、現実世界にも居そうな、中年の男だった、名札には山田、と書いてある。

 その担当者は、いかにも面倒くさそうに、

  

 「えーと、今日は、これが御座います」

 

 そう言うと僕の目の前にディスプレイを表示させた。ディスプレイを見ると、レベル1からレベル99までの依頼がズラリと並んでいる。


 依頼の内容を、いくつか確認してみる

ペットの〇〇を探して。とか、〇〇に〇〇を届けてくれ。や、悪人に誘拐された〇〇を救出してくれ。

 などの、探し物、お届け物、救出物がメインだ。

 後、〇〇を退治してくれ。とか言う退治物も幾つかある。

 

 

 

 結局、レベル10の、ペットの猫探し、を受ける事にした。

 担当者は、猫はトラ毛で首に鈴を付けてるらしい事、猫を確保したら、連絡すれば回収しに来てくれる事、その時に報酬も支払う事、猫の捜索ポイントはワークギルドから、東に向かって、徒歩1時間位の所に在る、闘技場の駐車場付近らしい事、と言ったことを、面倒くさそうに説明してきた。 

 

 結構な距離だが、散策がてら、向かう事にする。

 お金が貯まったら乗り物を買ったほうが良さそうだ。

 

 今までの行動範囲が比較的安全な自分のマンションの周辺だけだったので武器や防具の必要性を感じておらず、2度ほど、危険な目には合ってはいたが、自分が注意さえしていれば防げた事なので、武器や防具に関しては、いずれ程度にしか考えていなかった。

 

 闘技場が在る辺りには、まだ行った事が無い、何があるか解らないので、念のため、途中に在った武器屋で装備を購入する事にした。


 

 

 

 武器屋に入ると、棚に陳列された武器や防具、アクセサリーが目に入る。

 店の中には、5、6人のプレイヤーやNPCの客がいた。


 店員はNPCの男性店員と、なんとプレイヤーの女性店員が居る、よりによって何で武器屋なんかに就職したんだろ、武器や防具が好きなんだろうか、などと考えつつ店内の物色を始めた。

  

 品揃えを見てみると、この武器屋はグレードの高い装備は扱ってないらしい。

 近接武器は、ナックルダスター、から始まり、鉄の短剣、止まり。

 遠隔武器は、パチンコからハンドガンまで。


 防具は、ヘルメット、アーマー、グローブ、レガースの4つがあり、そのどれもが革製から鉄製までしか無い。

 アクセサリーは、色々な効果をもたらす物があるが、全体の品揃えから見て期待出来そうに無い。

 

 他の武器屋を覗いた事があるが同じ名前の装備はデザインが全て同じだった。

 だが、この武器屋は、同じ名前で素材が同じでも、デザインの異なる物が、色々置いてあり、品数は豊富だ。

 

 一通り見て回り、気付いたのだが、装備の値段が、どれもが想像していたのより高い、ハンドガンと防具一式が、欲しかったのだが、僕の手持ちでは、一番安いハンドガン一丁を買うのがやっとだ。

 

 ハンドガンは諦める事にし、他の装備を探して見る事にした。

 暫くして、購入する物を決めた僕は、男性店員に近づいて行った、しかし男性店員は、近くに居た他の客の接客を始めてしまい、僕は焦った。

 なぜなら、もう一人の店員がプレイヤーの女性店員だからだ。

 

 僕が男性店員の接客が終わるのを待つか、店内をもう一回りするか、迷って居ると、ふと視線を感じて横を向くとニコニコと、こちらを見ている女性店員と目が合った。

 

 仕方なく、女性店員の方に近づいて行く、女性店員はピンク色の髪を後ろで束ねた、20代前半といった感じの中々可愛い子だった。

 名札には、ユリ、と書いてある。

 

 「おきまりですか」

 

 と彼女はニコニコした表情のままで尋ねてきた、僕は持ち前のコミュ障を発揮して緊張しており、

 

 「あれと、あれと、これと、これを、下さい」

 

 と、緊張を隠す為に、ぶっきらぼうに答えた、僕は緊張すると、いつもこんな喋り方になる。

 

 「少々お待ち下さい」

 

 彼女は笑顔でそう告げると、僕が言った商品を、取りに向かった、暫くして戻って来た彼女は、商品を一つ一つカウンターに並べると、

 

 「他にはございませんか、この商品などはいかがですか、この商品は・・・」

 

 などと、パンフレットを取り出し、武器や防具の説明を熱く語りだした、僕は一生懸命に説明を続ける彼女の姿を見て本当に此処が好きなんだな、などと思いつつ、熱く語る彼女の話しをぼーっと、聞いていた。

 

 一通り熱く語り終え、顔を少し上気させた彼女に向かい、

 

 「これだけで」

 

 と、彼女に伝えると、相変わらずの笑顔で、

 

 「承知しました、お会計致します、ポイントカードはお持ちですか」

 

 「いえ」

 

 「お作りしますか」

 

 「いいです」

 

と、答え、会計をすませ商品を受けとると出入口へ向かい歩き出した。

 後ろから、

 

 「ありがとう御座いました、またお越し下さい」

 

と、言う彼女の元気な声が聞こえて来た僕は振り返ってカウンターまで戻り、

 

 「やっぱり、ポイントカード作って下さい」

 

そう告げると、彼女は笑顔で、

 

 「承知しました、今日は私の初仕事の特別な日なのでサービスしますね」

 

そう言うとポイントカードを取り出してスタンプを連打し始めた。

 オイオイ大丈夫かよ、と見ていると、スタンプが一杯になったカードを見せ、

 

 「ポイントカードが一杯になったので好きな商品とお引き換え出来ます」 

 

と、ニコニコ顔で告げてきた、さすがにそれは、まずいだろ、と思ったが彼女の気持ちを無下にも出来ず、店で一番、安いのを選んで新しいポイントカードと一緒に受け取った。

 

 新しいポイントカードにはしっかりスタンプが押してあった、出入口のドアをくぐる僕の背後から、

 

 「また来て下さいねーっ」

 

 と、少しフレンドリーになったユリの声が聞こえて来た。

 

 久しぶりに女性と話した気がする、僕は、彼女がクビに成らないよう祈りつつ武器屋を出た、僕の黒淵丸メガネとマスクの下の顔は、なぜか、だらしなく、ニヤケていた。

 

 

 

 

 武器屋を出て早速、買った物を装備する事にした。

 ステータスは、体力、攻撃力、防御力、の三項目だけで初期値は、一律で誰でも体力1000、攻撃力1、防御力1。

 体力の1000は固定で、変化する事は無い、ダメージを受けると減っていき0になると死亡と言うことになる。

 

 攻撃力は、近接攻撃で相手に与えるダメージに影響を与える、攻撃力が高ければ高い程与えるダメージも高くなる。

 防御力は、硬さ、みたいなもので高ければ高い程、受けるダメージが少なくなる。

 

 現在の自分のステータスは何も装備していないので初期値のままだ。

 まず革のグローブとレガース、この二つの防具は、防御力だけでなく攻撃力も多少上げてくれる、この二つを装備して見てみると、攻撃力が5、防御力が11、に上がった。

 

 革製だから、こんなものか、次にナックルダスターこれは、拳にはめて使う近接武器だ。

装備して見てみると、攻撃力が10、に上がった。

 

 攻撃力が10、防御力が11、このステータスが高いのか低いのか、よく解らないが値段を考えると、大した事は無いだろう。

 

 次にハンドガンタイプの、麻酔弾5発を装填できる麻酔銃を装備する、麻酔弾は10発買ってある。

 遠隔武器は、その武器の攻撃力のみで相手にダメージを与える、自分の攻撃力が影響する事は無い。

 ちなみに麻酔銃の攻撃力は1だ、元々相手を眠らせるのが目的なので、攻撃力は期待してい無かった。

 

 武器や防具、アクセサリーは服の上から装備する事ができ、アクセサリー以外は非表示にする事も出来る。

 殆んどのプレイヤーは非表示にして、買った服などで好きな格好をしている。

 僕も、非表示にした、なので見た目は今までどうりだ。

 

 装備を買ったせいで10万ゴールド有った所持金が殆んど底をつく、依頼をどんどんこなして稼がねばならない。

 

 

 

 

 ポイントの駐車場に到着した闘技場から歓声が聞こえて来る、試合でもやっているのだろか。

 ペットのトラ毛の猫は、首に鈴を付けているので、近くに居れば、鈴の音で分かるらしい。

 早速、捜索を始める、この駐車場で猫が隠れられる場所は、車の下くらいしか無い、かなりの台数の車が停めてあるが、車の下を覗いて見る事にした。

 

 最後の車の下を、覗き込む、しかし猫は見つから無い、他に隠れられそうな、場所は無い。

 依頼放棄が頭をよぎる、と、その時、微かに鈴の音が聞こえた、音は駐車場の外の草むらの方から聞こえて来る。

 

 息を殺し、身を屈めながら、鈴の音がする方へ、草さをかき分けて、ゆっくり進ん行く、暫く進んで行くと草むらが途切れた。

 

 居た、30メートル程、前方の開けた場所に、首に鈴を付けたトラ毛の猫が寝転んで居た。

 

 しかし、猫と言うより、猫科、大きなトラ毛の猫科、その大きな猫科が寝返りを打つと鈴の音が聞こえて来た。


 ふと頭に退治、と言う文字が浮かぶ、いやいや、確かに、ペットのトラ毛の猫の捜索だった、確かにトラ毛だが、あの大きな猫科は、などと自問自答した後、どう見てもトラだろ、レベル10の仕事じゃねーよ、終了終了ー、自分に言い聞かせる様に心の中で叫んだ。

 

 そうと決まれば長居は無用、音をたてない様に、ゆっくりと後ずさる、二メートル程後退した所でトラを確認する、幸い、トラに起きる気配は無い、さらに二メートル程後退したその時、

 

 「ポロリンポロリン」

 

スマホのメールの着信音が鳴り響く、慌ててスマホを取り出し、音を止める、ワークギルドの山田からだ。

 件名、「依頼の方は順調にお進みでしょうか」と、

 

 「ざけんなーっ」

 

思わず大声を張り上げる、はっ、と我に帰りトラに目を向ける、見ている、頭だけをもたげ、こちらの方を疑視している、心臓の鼓動が速くなる、トラが上体を起こした。

 

 こちらが、草むらの中に居る為、よく見えないらしい、何かを探す様にこちらの方を見ている、ふいにトラは伏せの体勢をとると頭を低くした、何かを見つけたかの様に。

 

 さっき迄とは、明らかに違う目つきでこちらを見ている、僕は知っている、あの目を、あの目は野良猫がスズメを見つけた時の目と同じだ、美味しそうな獲物を見つけた時の目だ。

 

 死が頭をよぎる、死を意識した瞬間、自分の顔から血の気が引き、全身が硬直するのが分かった。

 この世界に来てまだ1年、まだまだ行ってみたい場所、やってみたい事が、山ほどある、そんな希望が全て消滅する。

 

 今の僕の唯一の心の拠り所である、この世界に、二度と戻れなくなる、死にたくない、そう思った瞬間、麻酔銃を抜き狙いを定める、さっき迄の恐怖や緊張が嘘の様に消えている、30メートル以上の距離がある、トラに狙いを定め引き金を引く、プシュッ猫科が飛び上がる、命中。

 

 トラは着地と同時に臨戦体勢をとる、残りの四発全弾を、続けざまに発射する命中したか分からない、トラがこちらに向かい走り出す。

 自分でも驚く位、冷静に素早く残りの5発を装填し狙いを定め、立て続けに引き金を引く、5発を射ち尽くし素早くナックルダスターに切り替え、身構える。

 

 その時点でトラとの距離は15メートル、しかし、そこからトラのスピードが急速に落ちていく、残り2メートルの所で完全に動き止め、崩れる様に倒れた。

 

 目の前には、自分の裕に倍はある、大きなトラ毛の猫が横たわっている。

 僕は全身の力が抜け膝をつく、自分の両拳にはめられたナックルダスターを見て思わず笑ってしまった、こんな物で何をしようとしたのか。

 

 ワークギルドに連絡入れ、どんな言い訳をするか楽しみに待っていると、檻の付いたトラックに乗った、担当者の山田が何人かのお供を連れてやって来た。

 

 早速トラックから降りてきた山田に大きな猫を指差し。

 

 「これが猫か」

 

と、少し怒気を込めて言うと。

 

 「はい、間違いなくネコと言う名前の探          していたペットで御座います」

 

と、山田は、すました顔で答えやがった。

 

 「トンチかよっ、一休かよっ」

 

 叫ぶ僕に、報酬を渡すと、ネコを数人がかりで運び、トラックの檻に入れて、さっさと帰って行った。

 

 駐車場に一人取り残された僕は、ぼんやりと、先程まで間近に迫っていた死への恐怖心、絶望的な場面で変化した自分の内面、失い掛けたこの世界の事などを、考えていた。

 

 我に帰り、僕は、改めて装備の重要性を実感した、この世界では、いつ、何処で、何があるか分からない、それは現実世界でも一緒だが、この世界では、目の前にいきなり恐竜が現れても、可笑しくないのだ。

 

 つまり、この世界で生き残るには、優れた危機管理能力と、優れた装備が必要なのだ、危機管理は、自分の心掛け次第だが、優れた装備には、それなりのお金が必要になっくる。

 

 ということで、先程貰った報酬を確認してみる、ディスプレイを開いて、見てみると、10万ゴールド。

 

 「ざけんなーっ」

 

 思わず叫んだ、確かに、今まで貰った報酬の中では一番高い、がこっちは命まで落としかけたのに、これはあり得ない、何かの間違いではと、もう一度確認してみたが、間違いなく10万ゴールドだった。

 

 がっかりしながら、ディスプレイを見つめていると、10万ゴールドの横にリボンの付いた箱が有るのに気が付いた。

 報酬のアイテムだと気付き、箱を開けてみた、パチンコが入っていた、

 

 「ざけんなーっ」

 

 空に向かって叫んだ僕の耳に闘技場の歓声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

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