第3話 現実逃避 2
翌朝7時頃目が覚め、僕は身支度を終えマンションをでた。
とりあえず、所持金が心許ないので、今日はワークギルドへ行って依頼を受ける事にする。ワークギルドは僕のマンションから、徒歩で20分位の所に在る。
前に、夜間マンションからワークギルドへ向かう途中で、危ない目に合った事があるが、日中だし大丈夫だろう。
僕は、この街に来て、間もない頃2度ほど危ない目に合っている。
一度目は夜間に人通りの少ない、マンションからワークギルドに向かう途中にある路地裏を歩いている時、いきなり背中に強い衝撃が走り、前につんのめった、振り向くと、ゴリラの被り物を被った男が立っていた。
七分丈のズボンに黒のTシャツ姿の男だ、その男が、掛かって来い、と言わんばかりに無言でファイティングポーズを取っている。
いきなり何だコイツと思ったが、僕は、ケンカは嫌いではない、小学生の頃はガキ大将気質で、荒っぽい事が好きだった、中学や高校では、よく不良に絡まれたので、場数は踏んでいる。
このVRゲームは、今までやって来たVRゲームとは違い人間離れした動きは出来ないが実際のケンカには慣れていたので自信はあった。
僕は、ゆっくり相手に近づき、パンチのフェイントを入れ腹に蹴りを入れる、まともに入る、が相手は、びくともしない。
今度は顔面にパンチを二発、腹に膝をぶちこむ、3発とも綺麗に決まる、普通ならこれで方が付く、だが相手は何事も無かったかの様に立っている。
焦った僕は連続でパンチや蹴りを繰り出した、全て綺麗に決まっているのに、相手は全く効いた素振りを見せない。
さらに攻撃を続けるが、殆んどダメージを受けている様子は無い、その内僕の息が上がってしまい動きが鈍る、それを見て相手は、今度は自分の番だと言わんばかりにパンチを放って来た。
変なパンチだ、ケンカをした事が無いのは明らかだった、そんなパンチを、得意気にどんどん繰り出してくる。
相手のパンチは次々と空を切る、子供のケンカの様なパンチを一発だけブロックした。
腕に、強い衝撃が走る、腕が痺れ痛む、おかしい、あのパンチでこの衝撃はあり得ない。
ハッと、僕は気づいた、装備だ、武器や防具は非表示にすると、目には見えない、武器は使って無い様だが、手と足の防具は素手での攻撃力を上げる。
こいつはきっと良い防具を装備しているに違いない、それに引き換え僕は何の防具も装備していない。
最初の一撃と今のパンチだけで、体力の半分以上が削られているのに気づいた、ヤバイこのままでは殺られる。
僕は、暫く相手の攻撃をかわし続け、相手の息が上がるのを待った。
相手の息が上がった所で、人の多い広い通りに向かい猛ダッシュで逃げた、幸い相手が追って来る事は無かった。
今までケンカで負けた事はあっても、相手に背を向けて逃げた事が無かった僕は、かなり落ち込んだ。
でも、もう一発でも食らっていたら、僕はこの世界に居なかったかもしれない、そう考えると逃げて正解だったと思っている。
相手の目的は分からないが、武器を使って無かった所を見るとただ単にケンカがしたかった、だけかも知れない。
二度目は、忘れもしないクリスマスイブの夜。
この街はクリスマスの時期だけ雪が降り積もる。
柄にもなく窓から見えるクリスマスの飾りで飾られた、夜景や、外から聞こえて来る、クリスマスキャロルのメロディーに、誘われる様に表にでた。
雪化粧を施された街の中は以外に人通りが少なくカップルや、酔っ払って騒ぐサンタクロースの格好をした男女のグループばかりが目立つ。
きっと皆イブの夜は現実世界で楽しくやってるんだろうか、そう考えると、なんだか惨めになって来た、はしゃぐカップルや酔っぱらい達の間をトボトボと一人で通りを歩く。
そんな人々から、逃げる様に暫く歩いていると、いつの間にか人通りが殆んど無い通りに迄来てしまった。
ヤバイなと思いつつ引き返すか迷っていると、前方の通りに、赤い長い髪の女性が立って居るのに気付いた、何か困っている様子でキョロキョロと辺りを見回す姿がまるで、迷子の子供の様にみえた。
僕は、こんな場所で何かあったのかと思い、その女性に近づこうとしたが、自分がこの世界で女性プレイヤーとまともに話した事が無いのに気付いた。
一瞬迷ったが、困っている人が目の前に居るのに見て見ぬふりも出来ず、女性に近づいていった。ある程度まで近づいて僕は、背を向けている女性の頭上に、赤い逆三角形のマークが有るのに気付いた、女性はNPCだった。
この世界ではNPCにはマークが付いている、そのマークはある程度まで近づかないと現れ無いが、そのマークでNPCとプレイヤーの区別が出来る。
僕は少しホッとして女性に声掛けた。
「どうかしましたか」
女性は、オドオドした感じで、こちらに顔を向ける、目眩がする程の美形だ、赤いストレートの長い髪を真ん中で分けた、そこら辺の女優やアイドルなど目じゃない、その女性が口を開く。
「持っている物を全部出しな」
そう言いながら、こちらに伸ばした女性の手には、大口経のハンドガンが握られ、その銃口はピタリと僕の眉間を捕らえていた。
「しまった」 僕は心の中で叫んだ、完全に油断していた、僕の頭はパニックになり、暫くその場に立ち尽くす、そんな僕を見てその女性はグイっと銃口を僕の眉間に押し付けた。
僕は、我に帰り、持っている全財産の五万ゴールドを、彼女の足元にばらまく様にドロップした。
なぜ渡さずに、そうしたかと言うと、彼女の気を、そちらに反らす為だ、案の定彼女の視線が一瞬足元に向く、その瞬間を見逃さず、振り返って、もと来た道を、ハンドガンの弾が当たらぬよう蛇行しながら猛ダッシュで逃げた。
幸い、撃たれる事もなくマンションにたどり着いた。何の防具も装備していない今の僕なら1発で死んでいただろう。
しかしNPCの強盗なんて聞いた事が無い、でもいきなり撃ち殺さ無かった所を見れば、案外良心的な強盗だったかも知れない。
それ以来、僕は夜間に人通り少ない場所には行かない様にしている。
ワークギルドに行く前に、腹が減ってきたので近所の小さな洋食店に寄ることにした。
ここは僕がこの世界に来て初めて食事をした店でそれ以来、この世界に来るたびに此処で食事をしている。
場所がマンションから近いと言うこともあるが、何より僕が好きな物が置いてあるからだ。
店に到着し中に入る、他の客は居ない様だ、店員が僕に気づくと。
「いらっしゃいませー、あっモリジー」
ウェーブの掛かった緑の髪を後ろでまとめた、小柄な店員は僕を確認すると、トコトコと、人形が小走りしているかの様に奥の方へ引っ込んで行った。
僕のこの世界での名前はモリジーだ。
僕は空いている席に適当に座って待っていると、店員がトコトコと両手でビールジョッキを持って戻ってきた。
黙ってテーブルにジョッキを置くと、じっとこっちを見ている、テーブルの上のジョッキには、僕の好きなベルギービールが半分程しか入っていない。
それをいっきに飲み干す、空になったジョッキを持って店員はまた奥に引っ込んでいき、暫くすると、戻って来て今度はビールがなみなみと注がれたジョッキをテーブルに置き、また奥に引っ込んで行った。
僕は、味の濃いベルギービールを今度は、ゆっくり味わいながら飲んだ。
彼女は僕がこの店に通い始めた頃にこの店にやって来たNPCの店員だ。
名前はユミル、本人は20歳だと言うが、どう見ても15歳以上には見えない。
この店は店員1人、厨房1人の小さな店で、彼女は前の店員が急に辞めてしまった為に、教育してくれる人もおらず、なにも知らない所に、いきなり放り込まれた様なものだった。
彼女はNPCらしからぬ不器用さで接客さえまともに出来ず、店内をただオロオロ、ウロウロしているだけだった。
同じ時期にこの世界にやって来た彼女に親近感を持った僕は、放って置く事が出来ず、店に行くたびに彼女を手伝い、自分が今まで見てきた接客を見よう見まねで教えた。
やっと少し店員らしく成ってきた頃、事件は起きた。
僕が店を訪れいつものようにビールを頼んで待っていると、彼女がビールジョッキを持って戻ってきた。
テーブルに置かれたビールジョッキには、ビールが半分程しか入っていなかった。
どう言う事かと、彼女の顔を見ると、唇に、たっぷりとビールの泡を付けている、僕は思わず、ジョッキと彼女の顔を交互に見る。
「ん?ん?ん?ん?」
その状況に耐えきれなくなったのか、彼女は少し頬を赤らめ唇を尖らせて。
「ユミル飲んでないもんゲフっ」
まるで子供の様な反応に、僕は思わず吹き出した。そんな僕を見て少し安心したのか。
「デヘヘーっ」
と、頬を赤らめたまま笑った。
暫くユミルと接していて分かったのだがユミルは無知と言うか常識を知らないと言うか、人が社会で生きていく上で必要な暗黙のルールや道徳的なものを何も身に付けていない様だった。
この世界では、事件や事故、そう言った様々な理由でNPCがこの街から消えて行く、減った分のNPCは補充されるが、普通、補充されるNPCは、ある程度の道徳、知識、社会的ルールを最初から身に付けている、だがユミルは、そう言ったものを全く知らない子供の様だった。
ユミルが働き始めた頃、よく、「それ美味しい?」や「それ少し頂戴」、などと言うセリフを、客に浴びせていたのを思い出した。
気を取り直し、笑うユミルを睨んで、僕の物は他の人に見られない事を条件に、飲み食いしても構わない事、だが他の客の物には絶対に手を付けない事を約束させた。
それから店に行くたびに、ユミルの仕事の合間みて、柄にもなく基本的な社会のルールや道徳なるものを仕込んだ。
そういう時、ユミルはなぜかエメラルドの様な目をキラキラ輝かせ、色白の丸い顔に笑みを浮かべ、まるで母親のおとぎ話を聞いて居る子供の様に、僕の話しを聞いていた。
僕がそう言った事を思い出しながら、ゆっくりビールを飲んでいると、ユミルがステーキ皿を持って戻って来た。
ジュージューと良い音たてる分厚いステーキの乗った皿をテーブルに置く、辺りにステーキ良い香りが漂う。
ユミルは細い首を伸ばし身を乗り出してテーブルに手を突くとピョンピョンと跳び跳ね、小鳥のヒナの様に大きく口を開ける。
僕はナイフとフォークでステーキを切り分け、一切れユミルの口元に運ぶ、ユミルは小鳥のヒナの様にパクつく、僕は今度は自分の分のステーキを切り分る。
それを見ていたユミルはまた大きく口を開ける、また一切れユミルの口元に運ぶ、またヒナの様にパクつき満足気な表情を浮かべている。
今度こそ自分の為にステーキを切り分け、一切れ自分の口に運びかけチラっとユミルの方を見ると、ユミルがまた、こちらを見ながら大きく口を開けている。
「だめっ僕はお腹が空いてるんだ」
と、僕が言うと、ユミルは頬を膨らませ、唇を尖らせて。
「ユミルも空いてるよっ」
と、また大きく口を開ける、仕方なくその一切れをユミル口元に運ぶユミルはフォークにカブリ付く。
「モグモグ今日は、モグモグ何処に行くのモグモグ」
と、その場で屈み込み、テーブルの上に顎を乗せて聞いてきた。
「口に物を入れたまましゃべるなっ、ほらテーブルの上に顎を乗せないっ」
僕がそう言うとユミルは、僕の向かいの席にチョコンっと座った。
ユミルはテーブルに両肘を乗せ頬杖を突くと、僕の答を待った。
僕はステーキを一切れ口に入れビールを一口飲んで。
「今日はワークギルドに行ってくる」
僕はそれだけ答え食事を再開した。
「ワークギルドって何?」
「仕事を紹介してくれる所」
「何しに行くの?」
「仕事を貰って来る」
「モリジーは仕事してないの?」
「定職には付いてないよ」
「じゃあモリジーはニートだね」
ユミルが矢継ぎ早に質問してくる為に、中々食事が進まない、いつもこんな感じだ。
ユミルの質問に答えながら、やっと食事を終えた頃、他の客が入って来た。
「ほら、お客さんが来たぞ」
と、僕が言うとユミルは元気な声で、
「いらっしゃいませーっ」
と、言うと席を立って行った。僕は残りのビールを飲み干すと、会計を済ませ店を後にした。
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